Yahoo!ニュース

海を渡るトキは、メスばかり? 放鳥計画に思う

田中淳夫森林ジャーナリスト
佐渡島以外でもトキを放す計画が進む(写真:イメージマート)

 トキを佐渡島以外でも放鳥し、野生化をめざす。環境省は、その方針を公表した。候補地には、石川県能登半島の9市町、島根県出雲市の2地域が考えられているそうだ。

 このニュースを知って、そう言えばトキの現在はどうなっているのかと気になり調べてみた。

 まずトキは国の特別天然記念物。日本産は絶滅したが、その後中国で再発見されたトキを2羽譲り受けて、佐渡島で繁殖させることに成功した。去年12月には478羽まで増えている。今年ものべ91ペアの営巣が確認され、このうち33ペアから73羽のヒナが誕生したという。

 そして2008年から放鳥を開始し、自然に帰す活動が行われるようになった。2012年以降は、野生下における繁殖も確認されている。今では野生生まれが圧倒的に多くなり、飼育中や飼育後に放鳥した個体数は頭打ちのようだ。

佐渡島はトキで満杯?

環境省HPより
環境省HPより

 ただし、現在放鳥されている場所は、佐渡島だけである。しかも数は横ばい気味。どうやら佐渡島の面積に対して、トキの密度が高くなってきて、トキの生存率と繁殖成功率が低下しているためとされる。

 佐渡島で生息可能なトキの個体数は、600羽程度とする予測もあることから、今後は本州各地にも放鳥して増やそうという計画らしい。すでに、佐渡島から本州側(新潟県内、能登半島など)に飛来するトキも出ているのだ。

 そのことを知ると、なんだ、自然と拡散が起きていたのか、とちょっと安心したのだが。

佐渡から出るトキは若いメスだけ?

 意外なことがわかった。佐渡から外に出たトキは、すべてメスらしいのだ。本州へ飛来したオスの例はないという。また渡ったメスも繁殖経験のない若い個体ばかりらしい。当然ながら飛来地で繁殖することはできず、そのうち佐渡にもどるか、その地で死亡している。

 トキは、オスよりメスの方が“冒険心”があるらしい。

 野生動物には、若いオスの個体が元の棲息地を離れて新天地を探しに出る行動をとることが多い。たとえばニホンザルなどは、若サルが群を離れることが知られている。離れサルとして旅をして、どこか新たな群に出くわして、苦労して仲間に入れてもらうか、あるいは自ら群をつくるか……といった行動をとる。だが、トキはオスが群に残り、メスが外に出るとは意外だった。

 まだまだトキの生態は十分にわかっていない。動物行動学的には興味のあるところである。

 もちろんオスのトキが島から絶対に出ないというわけではないだろう。昔は大陸からオス・メスともに渡ってきていたのだから。しかし、今のところ確率は低いようである。

 またメスが島外に出ても、その地に別のトキの群はない。トキは、佐渡島生まれしかいないのだから。そう考えたら、人間の手で島外に放鳥することも必要かもしれない。

 しかしオスを放して、ちゃんとその地に根付くだろうか。まさか、ホームシックで里帰りならぬ佐渡帰りしてしまうことはないと思うが……。

世界5000羽のトキは7羽から

 考えてみたら、現在繁殖させているトキは、中国から譲られた5羽(最初に2羽、後に3羽追加)から増えている。つまり日本のトキは、この5羽の子孫であり、兄弟姉妹か、従兄弟同士が交配していることになる。

 2018年に中国から2羽の新たなトキが提供された。これも新しい遺伝子を導入するためだ。しかし、そもそも中国も、7羽しか残っていなかったところから増殖させている(現在中国に4000羽程度。また韓国でも繁殖させており、400羽程度いる)。つまり、遺伝子的には、すべてこの7羽につながっているのだ。

 環境省は日本で成熟個体1000羽をめざしているが、いくら個体数は増えても、似たような遺伝子の持ち主ばかりになる。

 一方で、最近は世界中で猛威を振るっているのが、鳥インフルエンザだ。佐渡島だけにしかトキがいないのであれば、もし鳥インフルのウイルスが入ってきた場合、またも絶滅の危機に陥る。やはり分散飼育と野生化は必要だろう。

 すでに飼育は、佐渡島以外にも島根県や石川県などにトキ分散飼育センターを設立しているほか、多摩動物園など5か所でも飼育されているが、それも万が一の場合の隔離を目的としているという。

観光資源としてのトキ

 以前、こんな記事を書いている。

朱鷺も駆除した! 江戸時代の獣害は大変だった

 かつて日本列島では野生動物が猛威を振るっていたことを紹介したのだが、その中でトキも増えすぎて害鳥扱いだったのである。

 現在の日本列島では、放鳥したらすぐに増える、困るほど増えるという可能性は低そうだ。むしろトキの住める里山の環境整備が課題となっている。

 ただし里山には、さまざまな稀少動物がいる。それがトキの餌になるかもしれない。たとえばサンショウウオやドジョウなどを、放鳥したトキがパクパク食べてしまう心配をしなくてはならない可能性はあるだろう。

 また現在、佐渡島では、トキは大きな観光資源である。年間約5万人の観光客がトキ目当ての来島で、トキの観光経済効果は 44.5億円と推定されている。

 それだけに佐渡島以外にもトキが生息するようになったら、観光客が減ることを懸念する島民もいるかもしれない。

 こんな心配をするのは、長年トキの繁殖と保護に取り組んできた人々からすると大きなお世話かもしれないが、絶滅の淵から蘇った鳥だけに、各地に放鳥するとなると、何かと考えるべき点が多くありそうだ。

森林ジャーナリスト

日本唯一にして日本一の森林ジャーナリスト。自然の象徴の「森林」から人間社会を眺めたら新たな視点を得られるのではないか、という思いで活動中。森林、林業、そして山村をメインフィールドにしつつ、農業・水産業など一次産業、自然科学(主に生物系)研究の現場を扱う。自然と人間の交わるところに真の社会が見えてくる。著書に『鹿と日本人 野生との共生1000年の知恵』(築地書館)『絶望の林業』『虚構の森』(新泉社)『獣害列島』(イースト新書)など。Yahoo!ブックストアに『ゴルフ場に自然はあるか? つくられた「里山」の真実』。最新刊は明治の社会を揺り動かした林業界の巨人土倉庄三郎を描いた『山林王』(新泉社)。

田中淳夫の最近の記事