東京の明治神宮外苑で、大規模な樹木の伐採が行われようとしている。

 具体的には、外苑の約28.4ヘクタールで再開発計画があり、その過程で苑内の樹木1904本のうち892本を伐採し、145本を別の場所に移す計画だそうだ。

 伐採予定の中には、イチョウやスダジイ、ヒマラヤスギなど、樹齢100年を超える大木が数十本含まれる。すでに新国立競技場の建設でも、約1500本の木が伐採されたこともあり、反発の声が高まってネット上の署名活動も行われている。

 また兵庫県の明石公園(明石市)では、明石城の築城400年を前に、県が「石垣から原則5メートル以内の木」「明石駅ホームや芝生広場など、公園南側の8カ所から見て眺望を妨げる木」の伐採を2018年度から進めていた。

 樹木を伐らないと史跡の石垣が崩れかねないうえ、全国屈指の約380メートルもある石垣の全貌が見渡せなくなるからだ。

 これまで伐採した樹木数は、1687本になる。まだ伐採を継続する予定だったが、市民から反発が出たため、斎藤元彦知事は中断を指示した。

 よく似たことは全国に起きている。公園緑地だけでなく、街路樹も、近年は伐採されることが増えてきた。

 それに対する反対運動も増えているようだ。たしかにせっかく育った緑をなくすことに痛みを感じる声も根強いのだが……。

 ここでは、それらの伐採事案を進めるべきか、あるいは反対なのかではなく、都会に生える樹木、とくに大木に対する様々な声と、その存在の善し悪しについて考えてみたい。

大木の持つ危険性

 報道を目にしていると、市民はみんな伐採に反対しているかのように感じるが、実は、思っている以上に都市の樹木を疎ましく思う声も強いのだ。とくに大木の扱いに困って伐採したいという意見も増えている。

 たとえば公園や庭園のほか神社仏閣、あるいは個人宅の庭木でも、植えて数十年も経つと、樹種によっては高さが10メートル以上、幹の太さも30センチ以上になる。樹冠(枝葉の広がり)もかなりの規模となり、従来の敷地を飛び出してしまう。そのため道路にはみ出したり、建築構造物を圧迫するケースも増えてきた。

 もし放置したら、近年の激甚化する気候で大風や豪雨によって折れたり倒れたりするかもしれない。そうなると周辺の建物に被害が及ぶだろう。もしかしたら人命も危険にさらされる心配も有り得る。

 また明石公園の事例のように、史跡や景観を守るのか植生を大事するのかといった優先順位も考えねばならない。

墓地周辺の木も大木になると伐らねばならない。(筆者設営)
墓地周辺の木も大木になると伐らねばならない。(筆者設営)

 街路樹も、もともと道路の付属として植えられるのだが、年々太ってくると、厄介だ。植樹桝に収まらなくなり、根を張れずに倒れる心配があるほか、地面を盛り上げて通行の邪魔になる。伸びた枝葉のために道路の見通しが悪くなり、交通障害になる可能性もある。さらに落ち葉の処理とか害虫の大発生などの問題もよく起きる。そして管理するには馬鹿にならない金がかかる。大都市では年間数十億円も費やしているという。

 実際、「街路樹はいらない」と主張する声も少なくない。何かと邪魔だ危険だ、税金の無駄だと、批判する人がわりといるのだ。

 緑、とくに大木は遠目にはよいのだが、現実に自分の身の回りにあると、鬱陶しく、また恐ろしい存在になりかねないのである。

 行政側からすると、管理のために剪定や消毒、そして伐採などをすると、クレームが来る。一方で樹木の育つままに放置すると、またクレームだ。

 大木を伐るというと、すぐ反対する意見が目につくが、現場を訪れるとなかなか複雑な問題があり、また人の心も揺れているのである。

都市の緑は気温を下げるか

 とはいえ、都市に樹木はいらないというわけではない。都市の中の緑の効用について、改めて考えてみよう。

 通常は、景観効果ばかり指摘されるが、最近の研究で都市の気候や生態系にも思っていた以上に影響があることがわかってきた。

 都市にある緑は、面積的には微々たるものだ。しかし2021年に学術誌「エンバイロメンタル・リサーチ・レターズ」に掲載された論文によると、街路樹や庭木でも、日陰効果と葉の蒸散作用によって気温を下げるほか、想像以上の地表面の冷却効果があったことを指摘している。

 ワシントンの327ヶ所を「舗装面の樹冠」と「未舗装面の樹冠」、さらに公園などの「密集した樹冠」と庭木のような「分散した樹冠」に細分化して、一日の夜明け前、日中、夕方で気温を計測したところ、木々が生い茂る公園では、木がほぼないエリアと比べて、午後に1.8度も冷却されていることがわかった。街路樹のような分散されている樹木でも、夕方に1.4度下がり、その冷却効果は夜通し続いていた。ヒートアイランド現象に対して街路樹など緑地の効用は大きかったのだ。

 また町の中で孤立しているように見える木も、実は鳥の休憩する場所となり、想像以上に頻繁に多種類の鳥類が訪れていることもわかってきた。また昆虫なども豊富に生息していた。おかげで種子や花粉を運ぶなど、生態系にもよい影響を与えているらしい。都市郊外の緑と都市内に点在している緑はつながっているのだ。

大木を伐るには特殊技能が必要

 なお、都市の中の大木を伐るのは簡単ではない。とくに狭い土地に生えている場合、根元から伐れば、隣接する建物などを壊しかねない。そこでクレーンなどで吊り上げることもあるが、クレーン車自体が入らない場所も多い。

 そこで特殊伐採(特伐)とかアーボリカルチャーと呼ばれる人が木に登って少しずつ伐り、それをロープで降ろすような特別な技術が必要になる。

 そのための仕事も増加している。もともとは造園関係者の間で技術が磨かれたが、そこに林業家や高所作業を行う土木建築業者も参入するようになってきた。言い換えると大木専門の伐採業者が増えているのだ。

建物の側の大木を伐るのは専門技術がいる。(筆者撮影)
建物の側の大木を伐るのは専門技術がいる。(筆者撮影)

 そして新たな並木づくり、あるいは街路樹の植え替えの際も、近年は大木になる木を避けて中低木を選ぶことが増えてきた。管理の手間を抑えるとともに、クレーム対策でもあるのだろう。

 そして、伐った街路樹の木材を家具などに有効活用しようという試みも行われている。都市部の樹木には広葉樹が多いが、それは世界的に減少している太い広葉樹材の供給源になる可能性も示している。

 さて、都市にはどんな緑が必要か。そして増えた大木を活かすか殺すか。そこに暮らす人々のためになるのか、よくよく考えたい。

 なお、これまで都市の緑や大木について記した記事は以下の通り。

倒伏、根上がり……街路樹は根元に注目すべし

街路樹に生態系はあるか?~街路樹サミットから見えた世界

大木の「尊厳死」を考える

伐る?伐らない?大きくなりすぎたご神木を巡る悩ましい事情

山仕事の新潮流は木登り?アーボリカルチャーと特殊伐採

これぞ都市林業? 伐られた街の木を木工品に生まれ変わらせよう