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木にハグしてコロナ・ストレスを解消、は実証されている療法だ

田中淳夫森林ジャーナリスト
木に触れて免疫力アップ! 効果は実験で確かめられている(写真:アフロ)

 COVID-19こと新型コロナウイルス感染症が世界中に蔓延する中、アイスランドの森林管理局が「樹木と抱き合おう」と呼びかけたというニュースが流れた。

 ただでさえ未知の病ということで不安が高まっているが、より厄介なのがソーシャルディスタンスだ。感染を防ぐ手だてとして、人と人との社会的距離を保つことが求められていることだ。自宅などに籠もり、他人と対面しないようになり、会話も電話やネット経由ばかり。外出しても他人とは2メートルの距離を開けろと言われている。人と触れ合うのは「濃厚接触」であり、感染リスクを高めるからだ。

 しかし、それがあまり長く続くと、今度は「人と触れ合えない」ことがストレスとなり、精神的に辛くなってくる。今度はそれで病気になりそうだ。そこで「樹木とハグしてストレスを解消しよう」というのだ。

 奇抜な提案のように思われるかもしれない。樹木に人間の代わりが務まるか!と憤る人もいるかもしれない。

 

 しかしこの行為は、すでに日本でも以前より推奨されていたことをご存じだろうか。森の中に入り、樹木と触れ合うことでストレスを解消するだけでなく、さまざまな精神的疾患を緩和し、また疾病からのリハビリテーションにするというものだ。そして免疫力アップの効果も認められているのだ。なかでも「樹木と抱き合う」のは、大きなポイントなのだ。

 これを「森林療法」と呼ぶ。

 森林療法とは、森林環境を利用して疾病治療や健康増進、また生活習慣病の予防や気分の改善、心身のリハビリテーションなどを図ることをいう。これを提唱したのは、東京農業大学の上原巌教授。すでに研究が行われて20年以上経ち、全国に森林療法を取り入れた病院や療養施設がある。療養だけでなく、教育・保育にも効果的だとされて、子供たちを園舎内ではなく森の中で育てる「森のようちえん」も広がっている。また森林療法を取り入れた地域おこしとして立ち上げられた「森林セラピー」事業も全国に広がり、そのための基地が数十カ所も設けられるようになった。

 

 具体的な内容は多岐に渡るが、まず森の中を歩くことから始まる。ゆっくりと景色を見る、森の中にどんな音があるか、どんな香りがするかを感じてみる……など五感をフルに活かすのが基本だ。

 それならハイキングや登山と同じように思われるかもしれないが、目的地(山頂など)をめざして歩くのではなく、森の中で過ごすことを目的とする点が違う。だから歩かずに一カ所にとどまってもよいし、体力がなくてもできる。

 そして、森の中でどのような「作業」をするかさまざまなメニューも考えられている。たとえば体操や瞑想、ヨガといったものもあるが、その中には「自分の木」を選ぶという作業もある。森の中で自分がもっとも気になる木を選び、そこにたたずむ、樹下に座る、幹に触る、話しかける……などする。そして森の木と抱き合うという行為も推奨されているのである。大木がよいとは限らない。細く低い木の方が自分に合うと思う人もいる。樹種もこだわらない。針葉樹がいい、落葉樹がいい、といろいろある。

 この療法は、何も思いつきではない。科学的な考証が行われている。森に入る前と後で血圧や脳波を測定したり、ストレスホルモンの量を検査したりして、明らかに有為な差が出ることを証明している。また免疫細胞の活性が高まったという報告もある。

 木材に触ることで心身に起こる変化も調べられており、同じような効果が認められている。木に触るだけでリラックス効果があるのだ。総じて森林環境と木という素材は、人の心に安定をもたらすことが示されている。

 つまり森の中で過ごすことは、メディカルな手段となると認められている。だから「木と抱き合う」ことが、COVID-19がもたらす不安や、人と交わらないストレスを和らげる可能性は十分にあるのだ。

 森林療法は日本だけでのものではない。欧米では昔から森林散策を有効な療養メニューにしてきた。だから、アイスランドの森林管理局の呼びかけは、唐突ではないのだ。実際、地元でもそんなに奇異に見られていないようである。

 なお、せっかく森に入っても他人が近くにいたり、一度抱きつかれた樹木にまたすぐ触るのではウイルス感染の危険性がある。そこでアイスランドの国有林は、ちゃんとソーシャルディスタンスを保てるように、森に2メートル間隔の印を付けているそうだ。そして適切な距離を保って樹木にハグできるようにしているという。

 日本でも樹木はいっぱいある。ただ小さな公園では雑音も多く近くに他人がいるかもしれない。できれば本格的な森を訪れてほしい。都会では、その森に到達するまでが大変かもしれないが……。少人数(家族単位)で車で移動し、人が集中していない場所でひっそり行うのが効果的だろう。

森林ジャーナリスト

日本唯一にして日本一の森林ジャーナリスト。自然の象徴の「森林」から人間社会を眺めたら新たな視点を得られるのではないか、という思いで活動中。森林、林業、そして山村をメインフィールドにしつつ、農業・水産業など一次産業、自然科学(主に生物系)研究の現場を扱う。自然と人間の交わるところに真の社会が見えてくる。著書に『鹿と日本人 野生との共生1000年の知恵』(築地書館)『絶望の林業』『虚構の森』(新泉社)『獣害列島』(イースト新書)など。Yahoo!ブックストアに『ゴルフ場に自然はあるか? つくられた「里山」の真実』。最新刊は明治の社会を揺り動かした林業界の巨人土倉庄三郎を描いた『山林王』(新泉社)。

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