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千葉大停電の遠因か。倒木処理の難しさと山武杉の悲劇を振り返る

田中淳夫森林ジャーナリスト
幹の中程からポッキリ折れたスギ。

 千葉を訪れた。駆け足ながら、9月9日の明け方に千葉県に上陸した台風15号の被害を目にして、そのすさまじさを感じることになった。もっとも大変なのは、家屋などの破壊だけでなく電力の供給網が寸断され大規模な停電が発生したことだろう。そして1週間過ぎた今も停電は多くの地域で続いているのである。なぜ、こんなに復旧に時間がかかるのか?

 停電したのは強風によって鉄塔や電信柱が倒壊したうえに、おびただしい数の倒木が生じたためだろう。倒木が道をふさぎ、事故現場に到達しにくいという問題と、倒木そのものがが架線を切断、もしくは引っかかったままになっている問題が重なっている。倒木処理が停電解消には欠かせないことがわかる。

 そんな現場を見て感じたことを2点記したい。

非常に難しい倒木やかかり木の処理

 倒木なんて、人海戦術でさっさと片づけろと思われる人もいるかもしれない。だが倒木処理は、非常に難易度が高いのだ。復旧を急いで安易に取り組むと、新たな事故を生みかねない。電力会社の手際の悪さを責めるよりも、より安全な作業手順を考えないと解決しないだろう。

 ここで樹木の伐採の難しさを少し説明しておこう。

 一般に林業では真っ直ぐな針葉樹(主にスギやヒノキ)を伐採するが、それでも枝葉の出方によって重心がどこにあるのかわかりにくく、不用意に根元を伐ると思いもかけぬ方向に倒れることがある。また、見た目は真っ直ぐな幹でも繊維がねじれている場合もある。倒れている木の場合は、さらに複雑な力が各方向からかかっているだろう。そこにチェンソーで切れ目を入れると、木が割けて跳ね飛んだり、思いもしない方向に倒れたりして、大事故を引き起こしかねない。

 さらにかかり木(倒れた木が別の木、あるいは今回のように電線や建物に寄り掛かっている状態)の処理は、難易度がとてつもなく上がる。非常に不安定な状態で、一部を切り落とすと重心が一気に変わる。すると想定とは違う方向に倒れたり幹が回転したり、折れた幹、もしくは枝がまさかと思える距離まで飛ぶこともある。それだけに慎重さが求められる。

倒木処理の専門家は数少ない

 毎年林業現場では二桁の死者を出しているが、その多くは伐採時の事故だ。とくにかかり木処理、倒木処理などは、通常の伐採とは違う技術が必要なのだ。それが複雑な枝を伸ばす広葉樹になると、何倍も難しい。今回の処理にも細心の注意を払って行っていただきたい。

 仮に大木が電線の上にのしかかって宙吊りになっていた場合、処理するには高所作業車とクレーン車が必要となる。場合によっては、それぞれ2台必要だろう。宙吊りの幹を切った際に落下させないようにするためには、2か所で吊らなければならないからだ。

 そのうえで、よく樹木の性質を知っているベテラン作業員が必要だ。全国の電力会社が応援に駆けつけているそうだが、倒木処理や伐採のプロは十分にいるのだろうか。自衛隊も出動しているが、報道に映る姿を見る限り、必ずしも樹木の伐採に慣れているようには見えない。

幹の中ほどから折れる溝腐れ病のスギ

 次に気になるのは、倒木の種類だ。街路樹や庭木などには広葉樹が目立つが、気になるのは中途で折れているスギが多いこと。遠目に山のスギの梢が大量に折れて、まるで爪楊枝を立てたように見える現場もあった。通常なら、風を受けた樹木は根元から倒れやすいはずなのに、木の幹の途中からポキッと折れているのである。

 これは、千葉県特有の事情がありそうだ。なぜなら千葉の山には、スギ非赤枯性溝腐れ病にかかっているスギが非常に多いからである。この病気は1960年に発見されたのだが、これにかかったスギは幹に溝が入るように病菌が入り、中まで腐る。そのため幹が中折れしてしまうのだ。これがより倒木処理を難しくしている。

溝腐れ病にかかったスギの切株
溝腐れ病にかかったスギの切株

 実は溝腐れ病が千葉県で蔓延したのは、房総半島に多く植えられた山武杉というスギの品種と関係が深い。この品種が、溝腐れ病に非常に弱いのだ。

 山武杉そのものは、材質がよくて大木になると銘木扱いされることもある優れた品種である。また花粉をほとんど出さないことでも昨今注目を集めている。しかし問題は育て方だ。

捨ててしまった歴史的な森の育て方

 房総半島、とくに山武地方はなだらかな丘陵地が多いが、土質は砂岩と粘板岩の風化した痩せた土壌である。乾けばホコリが舞い、雨が降れば泥になる。

 そこで江戸時代から独特の農林業技術が発達した。最初は、小麦やナタネ、落花生など畑作を行いつつ、痩せ地に強いアカマツやクロマツを植える。十数年経ち、マツの一部を薪として販売しながら、その下にスギを植栽する。スギはマツに保護される形で育つ。次第にマツとスギの落葉が溜まり、土地は肥えてくる。スギが育つと間伐しながら、その跡地にヒノキを植える。マツも大木は残しておく。

 つまり農業と平行しながらマツ、スギ、ヒノキと環境に合わせて植え継ぎ多様性を築く。落葉が土壌を保護するから、皆伐せずに森を維持し続ける。このような技術で、健全な木々を育ててきたのだ。

 しかし、戦後は長い時間をかけて多様な木を育てることが嫌われた。木材が高く売れたため、残されていたアカマツの大木も伐られてしまった。そして政策的にスギの一斉林づくりが奨励された。補助金によって全国画一的な1ヘクタール3000本の苗の植え付けが強要されたのである。

 だが皆伐してスギの苗だけを一斉に植えたのでは、土壌保全能力が失われてしまう。それに一斉林は、適切に間伐をしないと林内の風通しが悪くなり、樹木が健全に育たない。そんなスギは、溝腐れ病に罹患しやすくなった。すると芯が真っ黒になるうえ、腐って溝ができると材としてまったく価値はない。

幹が腐る溝腐れ病の症状
幹が腐る溝腐れ病の症状

防災にも重要な林業政策

 一銭にもならないため森林経営の意欲は低下し、大量の放棄山林が生じてしまった。それがより溝腐れ病を蔓延させた。そんなスギが今回バタバタと折れているのだ。

 森にも歴史がある。試行錯誤を経てよりよい状態を築いてきたのに、目先の木材生産だけを考えて伝統を崩すと、どこかに齟齬が発生する。

 今回の災害は、風があまりに強かった台風が引き起こしたものだ。しかし地域に合わせた林業技術を捨て、多様性を失わせた末に放置を招いた林業政策も、処理の難しい倒木を大量に発生させた一因かもしれない。

 ともあれ倒木処理は、二次被害を出さないよう慎重に行ってほしい。そして、今後の林業行政も一考していただきたい。林業は防災にも深く関わっているのだから。

※写真は、すべて筆者撮影。

森林ジャーナリスト

日本唯一にして日本一の森林ジャーナリスト。自然の象徴の「森林」から人間社会を眺めたら新たな視点を得られるのではないか、という思いで活動中。森林、林業、そして山村をメインフィールドにしつつ、農業・水産業など一次産業、自然科学(主に生物系)研究の現場を扱う。自然と人間の交わるところに真の社会が見えてくる。著書に『鹿と日本人 野生との共生1000年の知恵』(築地書館)『絶望の林業』『虚構の森』(新泉社)『獣害列島』(イースト新書)など。Yahoo!ブックストアに『ゴルフ場に自然はあるか? つくられた「里山」の真実』。最新刊は明治の社会を揺り動かした林業界の巨人土倉庄三郎を描いた『山林王』(新泉社)。

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