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超豪華! 吉野檜に包まれるカプセルホテルが登場したわけ

田中淳夫森林ジャーナリスト
奈良の森ホテルのエントランス。2階まで吹き抜けで吉野檜が林立する

 近鉄奈良駅を出たところにある小西さくら通り。ここはどちらかというと地元の人向きの商店街だが、最近はオシャレな装いの店も増えてきた。駅から数分その通りを歩くと、不意に目を引きつけるビルに出会う。エントランスが木いっぱいで、赤い番傘がずらりと並ぶ。奥には木製の太鼓橋まである。

 これが「奈良の森ホテル」だった。3、4階が客室になっている。

 使われている木はヒノキである。しかもその木目の細かさを見れば、かなり高級な銘木であることがわかる。実は吉野檜なのだ。吉野の銘木をふんだんに使ったホテルとなると、これは外国人観光客狙いの高級ホテルなのか?

 いや、カプセルホテルなのだ。そう、押し入れの中で寝るような、あのベッドだけのホテル。まあ、私も飲みすぎて終電逃したときには重宝しておりますが。

 吉野檜を使っているのはエントランスだけでなく、フロントも客室もすべてだ。カプセルの部屋の内側もみんな木。本当にヒノキに囲まれている。なお1名用の個室(デスク付き)や、4人用のドミトリー、そしてダブルベッドを設えた個室もある。いずれも木がいっぱい。

 なんとも豪華な……しかし、カプセルホテルなのだった(笑)。おそらく奈良県内で唯一のカプセルホテルだろう。

カプセル部屋も全面ヒノキ張り
カプセル部屋も全面ヒノキ張り

 ちなみにカプセルホテルは、嫌いではない。どうしてもチープ感が漂うが、寝るだけと割り切って泊まるわけだ。安いのは有り難いものの、FRPのカプセルの中で寝るのが心地よいとは言いづらいだろう。

 しかし、ここならホテルを楽しみに泊まってもいいじゃないか、と思わせる。

 そこで、このホテルを開業した株式会社モトイケトレーディングカンパニーの元池千弘氏に話を聞いてみた。

「私は吉野の林家の18代目なんです。祖父の代までかなりの山林を所有して林業をやっていましたが、私は高校時代にアメリカに渡り、ハワイや香港で貿易や飲食店の経営をしていました。数年前に帰国して、地元に店を出したのですが、奈良市内でも何かできないかと物件を探していたら、駅前にビルが売り出されていたので、即決で購入しました。何にしようかと考えたんですが、奈良ではホテルが不足していると聞いたので、ホテル業にチャレンジすることにしたわけです。ただし床面積が小さいので、通常のホテルだと客室が少なすぎる。そこでバックパッカー狙いで“豪華なカプセルホテル”を思いついたわけです」

 考えたのは、山への恩返し。そこで吉野檜ばかりを使うことにした。施工はなんと宮大工。そして壁に超精密な組子細工をふんだんに使用している。見かけだけでなく本物の造りだ。内部のリフォームだけで1億5000万円かけたという。

「元林業家の血が騒いだのか、ちょっと採算を度外視してしまった」と笑う。

職人芸の組子細工をふんだんに使った内装
職人芸の組子細工をふんだんに使った内装

 現在、日本の林業は危機的状況にあるとされるが、その理由は木の良さを発揮した使い方をしていないことにあると私は思う。「木を使おう」という掛け声は大きいのだが、その使い道の多くは合板のほかバイオマス発電の燃料として燃やしてしまう、という情けない状況だ。建築に使う際も、柱や梁は上からクロスを張って木を見えなくしてしまう。

 見えない・触れられない用途にいくら木を使っても、木の良さは伝わらない。しかも安さばかりを追求するから、肝心の林業側にたいして還元されない。結果として山の手入れはされず、木の品質も落ちてしまう。

 一方で「木造建築は高い」というイメージが強い。だが、それは大いなる誤解である。高級なイメージが、逆に木を人から遠ざけている面だってある。

 その点は「吉野杉の「おすぎ」を買った女」にも記した。

 また木をたくさん使おうと意識するあまり、無理して木材ばかりでビルを建てようとする動きもあるが、躯体は鉄筋でもコンクリートでもよいのである。見えない構造部分に木を使うより、内装にふんだんに木を使った方が、それを目にする人にとっては「木の良さ」が伝わる。

 その点も繰り返し書いてきた。

 木造建築は、本当に「木」を使うべきか?

 真夏の夜の夢? 木造ビルを見て木化都市を思う

奈良の森ホテルエントランス
奈良の森ホテルエントランス

 今回の吉野檜のカプセルホテルは、リーズナブルに木の良さを味わえるホテルである。すでに宿泊客の4割が外国人だというが、家族連れやカップルもいるという。最初から日本の木の文化を味わえると選択してくるのだ。

 私も泊まってみようかな、と思う。でも、我が家はこのホテルから30分圏内なんだよな。泊まる理由をどうしよう。家出か?

森林ジャーナリスト

日本唯一にして日本一の森林ジャーナリスト。自然の象徴の「森林」から人間社会を眺めたら新たな視点を得られるのではないか、という思いで活動中。森林、林業、そして山村をメインフィールドにしつつ、農業・水産業など一次産業、自然科学(主に生物系)研究の現場を扱う。自然と人間の交わるところに真の社会が見えてくる。著書に『鹿と日本人 野生との共生1000年の知恵』(築地書館)『絶望の林業』『虚構の森』(新泉社)『獣害列島』(イースト新書)など。Yahoo!ブックストアに『ゴルフ場に自然はあるか? つくられた「里山」の真実』。最新刊は明治の社会を揺り動かした林業界の巨人土倉庄三郎を描いた『山林王』(新泉社)。

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