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国産ハチミツが大不作。その原因を探ると意外な現象が見えてきた

田中淳夫森林ジャーナリスト
レンゲから蜜を吸うミツバチ。しかし肝心のレンゲが……。(ペイレスイメージズ/アフロ)

 近年、国産ハチミツの生産が激減している。

 その話を聞いたのは、全国の養蜂業者を訪ね歩き、純粋な国産ハチミツだけを探して直に買いつけてきた方からだ。

 とくに一昨年、昨年と大不作で、もはや満足のいく品質のハチミツを十分に確保できなくなり、そのため開いていた複数の店を閉じ、百貨店への卸しも諦めたという。

 もともと日本のハチミツ生産量は縮小していた。それは安価な中国産ハチミツに圧されているうえ、高齢化や後継者不足によって養蜂家の数が減っているからとされていた。

 しかし近年は、いくら熱心な養蜂家が頑張っても十分な蜜が採れなくなっているのだという。

 日本の養蜂現場で何が起きているのか。

 そこで養蜂家に話を聞きに行ってみた。

 すると、幾つもの要因があるものの、最大の問題は蜜源が急減していることだという。だからいくらミツバチが広く飛んでも蜜を集められなくなっている。ミツバチも、下手すると栄養が足りずに病気などに弱くなるうえ、数が増えない。

 日本で蜜源となる植物を上げると、草本ならレンゲ、クローバー、ナタネ、ソバ、イタドリなど、樹木ならニセアカシア、サクラ、ボダイジュ、トチ、ソヨゴ、ユリノキ、そして果樹のミカンにリンゴ、クリなど。さらに野菜や果物など数々の農作物があるから非常に幅広い。一説によると600種以上もある。

 養蜂家は、花のある場所を探してミツバチの巣箱を置く。何も自然任せで設置場所を決めるのではなく、農家に蜜源となる花の種子を渡して栽培してもらったり、自ら樹木を植林したりもする。また農家と契約して農作物のハウスや果樹園に置いて交配を手伝うとともに蜜を得るのだ。

 なお養蜂は農政上は畜産分野に入り、ハチミツ採りだけでなくポリネーション(農作物の受粉交配)としても重要だ。この点については、以前記した「養蜂で重要なのはハチミツより花粉だ」を参照してほしい。

 なぜ蜜源が減ったのだろうか。

 まず農業が衰退して、休耕と開発などで農地が減っていることがある。すると大きな蜜源であるレンゲやクローバーの栽培が減ってしまった。とくにレンゲの花を外来害虫が食い荒らす問題も起きている。野菜や果樹も作付けの転換などでいきなり栽培が打ち切られることもある。また品種改良により、蜜や花粉の量が減らされた果樹や園芸品種が栽培されることも影響しているようだ。なお蜜量の多いニセアカシアは、要注意外来種に指定されたため、新たな植樹ができなくなった。

 だが、それらだけでは完全な説明にならない。農地だけでなく広く野原や森林にも蜜源はあるからだ。

 むしろ近年の事情として注目されているのが、異常気象である。とくに花の季節に雨が続くとミツバチは飛ばなくなるので、蜜が採れないことが増えたという。これまで梅雨がないとされた北海道(養蜂のメッカ)でも初夏に長雨が続く年が増えた。

 また気象変動、とくに温暖化の進行でミツバチがまだいないうちに花が咲いてしまうことも起きている。養蜂家は、通常3月中にミツバチの数を増やして4月以降の花の季節に備える。ところが3月中に咲いてしまうと蜜を採ることができなくなる。

 それに温暖化は植生も変える。これまで生えていた植物が育たなくなり、蜜源ではない別の植物の繁茂を招けば、ミツバチは餌にありつけなくなるだろう。

 頻発する台風や水害の影響もある。山や河原が荒れたため、蜜源になっていた植物が大量に倒れたり枯れた。それが植生の変化を進めてしまう。急に林内が明るくなったり土砂に覆われてしまうからだ。それでより蜜源植物が生えなくなる。

 意外な原因は、野生動物の増加だ。

 

 今や山野にシカとイノシシが増えすぎて農作物被害が深刻化しているが、考えてみれば野生動物は農作物だけを食べるのではない。むしろ野の草木の方が餌として重要だ。すでにシカの食害で森林が荒れていると指摘されているが、その中に蜜源植物も多くあるのだ。気がついたら山野がまったく草の生えていない状態になっている地域もある。それでは花も咲けない。

 この問題は養蜂用のセイヨウミツバチだけでなく、在来のニホンミツバチの減少にもつながっている。

 まだ確実な原因が突き止められたわけではない。しかしミツバチを始めとする花粉を媒介する昆虫が減ったら、農作物だけでなく自然界の稔りが激減する。実際、ミカン園でミツバチの巣箱を置くだけで収穫量が2倍になった例もある。蜜源が減ったことでミツバチが減少すると、次の稔りが奪われるだろう。その結果が農業の衰退にも連鎖する。さらに野生動物の生息にも響くかもしれない。

 ある年の台風の発生、あるいはシカの増加などは、個別の事情のように見えて、実は生態系は深くつながっている。一つの自然の変化が全体へと波及しかねないのだ。

 養蜂の衰退は世界的な問題である。

 

 十数年前から世界中でミツバチの大量死(蜂群崩壊症候群)が大問題となっている。突然、ミツバチが巣箱から姿を消すのである。原因には大敵のダニやウイルスの蔓延から始まり、ネオニコチノイド農薬、遺伝子組み換え作物、携帯電話の電波まで疑われた。また長年のミツバチの酷使による遺伝子の劣化も指摘された。しかし、いずれにも反証があり、まだ完全には解明されていない。どうやら複合的原因のようだ。

 国産ハチミツがなければ輸入ものに頼ればよいと楽観していられない。ハチミツの減少は、より大規模な自然界の変動を示す前触れかもしれないのだから。

森林ジャーナリスト

日本唯一にして日本一の森林ジャーナリスト。自然の象徴の「森林」から人間社会を眺めたら新たな視点を得られるのではないか、という思いで活動中。森林、林業、そして山村をメインフィールドにしつつ、農業・水産業など一次産業、自然科学(主に生物系)研究の現場を扱う。自然と人間の交わるところに真の社会が見えてくる。著書に『鹿と日本人 野生との共生1000年の知恵』(築地書館)『絶望の林業』『虚構の森』(新泉社)『獣害列島』(イースト新書)など。Yahoo!ブックストアに『ゴルフ場に自然はあるか? つくられた「里山」の真実』。最新刊は明治の社会を揺り動かした林業界の巨人土倉庄三郎を描いた『山林王』(新泉社)。

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