刀剣女子を縁の下で支え、日本を木工王国にしたのは世界でも稀なる砥石だった

刀ガール杏ちゃんも、京都の砥石なくして生まれなかった?

 “刀ガール杏ちゃん”のショーを見た。きらびやかな?衣装と腰にさした日本刀姿で、演歌やアニソンを歌い、時に刀を振り回すという、ちょっとシュールな舞台。

 近年、刀ガールとか刀剣女子と呼ばれる女性の日本刀ファンが増えている。『刀剣乱舞』というオンラインゲームが火付け役になってマニアックな日本刀への興味を世間に広げ、ゲームに終わらず出版や刀剣展示会などに一大ブームを引き起こした。そして刀ガールのような“アイドル”も登場したのである。

 もっとも、誠に申し訳ないが私は刀ガールに「杏ちゃ~ん!」とコールするためにショーを訪ねたのではない。実は会場となった京都府亀岡市の「天然砥石館」に興味があったのだ。

 この類稀なる砥石の資料館には、世界の砥石、日本各地の砥石、そして京都の砥石が展示されている。また研ぎの体験コーナーなどもあり、包丁、大工道具、そして日本刀の研ぎに関する文化を伝えようというものだ。

天然砥石館には日本中、世界中の砥石が並ぶ
天然砥石館には日本中、世界中の砥石が並ぶ

 刀剣ブームは、主に日本刀の美しさに魅せられて起きたものだが、それだけにとどまらない。刀の来歴に加えて、刀をつくる鍛冶師や研ぎ師にも注目が集まっている。だが、もう一歩進んで、刀を研ぐために必須の砥石まで目を向けてみてはいかがだろうか。

 実は、以前木工家に取材した際、「日本は木工王国だ」という言葉を聞いた。今も多数の木工家がいて、宮大工のような木造建築を支え、世界に誇れる木の細工物をつくる技術があるからだそうだ。

 ただ日本に木が多いから木工が発達したのではないという。むしろ木工に使われる木材の大半が輸入品というのが現実である。木工を支えているのは、よい刃物の存在だった。切れ味の優れたよい刃物があってこその木工なのだ。そして刃物を切れるようにするにはよい砥石が欠かせない。日本は世界的な砥石王国であり、それが木工王国を作り出した……というのだ。

 砥石そのものは、新石器時代から世界中にある。金属だけでなく、石器も研いで刃先を付けないと切れない。遺跡からも刃物を磨いた跡の残る石が見つかっている。ただ砥石は単に硬い石だったら何でもなるわけではない。粒の揃った粒子が、研ぐたびに脱落し常に新しい粒子が出てくる性質の石でなければよい砥石とは言えない。

 日本は複雑な造山活動により、地底奥深くで硬く固められた石の地層が採掘可能な深さまで隆起しているところが多いため、よい砥石が採掘できる。学術的には砂岩や凝灰岩、粘板岩など珍しくない岩石だが、砥石に向いた石は特殊な地層にしかないのだ。また地殻変動があまりなく地質が安定した地域には、砥石に向いた石は採れない。

 日本の神話には、アマノアラトという砥石の名を冠した神もいる。アラトは荒砥という砥石の種類で、古代の鏡づくりに砥石が重要だったからだろう。

 そしてよい砥石があるから硬い鋼が発達して、優秀な刀剣をつくれるようになった。その技術が大工や木工道具、包丁など調理道具にも広がって建築、料理などの日本文化を作り出したわけである。そして今や日本刀は刀ガール、刀剣女子も世に出したのであった。

 そんな日本でも、とくに優秀な砥石が産出したのは京都である。約2億5000万年前の地層から最高級の仕上げ砥石となる石が採れるのだ。この砥石は古代より採掘されて天皇に献上されてきたほか、各地で評判を博してきた。そして明治になると、世界中に輸出される産品となった。今も日本の砥石は、世界各地に輸出されている。

 もっとも、戦後は人造砥石が増えてきた。これは主に酸化アルミニウムや炭化ケイ素、ダイヤモンドやガーネットなどの粒子を結合剤とともに焼き固めたものだ。最近は人造砥石の性能も上がってきたうえ価格も安上がりなので、今や世間に出回る砥石のほとんどは人造ものとなった。

 それとともに天然砥石の採掘は減少の一途だ。日本で現在も掘られている砥石山は十指に満たないだろう。もはや風前の灯火か。

 それでも日本刀や包丁、そして大工・木工道具を扱うプロは、天然砥石にこだわる。とくに刀剣の研磨に最上のものは、京都市右京区から亀岡で採れる「内曇」(うちぐもり)と呼ばれる粒子の細かな砥石である。これでないと美しい刃紋が出ないとも言われる。しかし天然ものだから、品質は一品ごとに違う。だから海外から日本の砥石を求めて訪れる人も少なくない。砥石はやはり自分の目で見て、試し研ぎをしないと選べないからだ。

 価格も千差万別。通常の品でも一品数万円はするが、なかには数十万、数百万円の砥石まである。下手な宝石より高いのだ。

 刀剣ブームもよい。優れた木工細工もよい。また和包丁がつくる和食がユネスコ無形文化遺産にもなってもよい。だが、その縁の下の砥石にも、ほんの少しでいいから目を向けてほしい。

(写真は、いずれも筆者撮影)