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男のロマンは、女のフマン。薪ストーブ導入を巡る夫婦の攻防戦

田中淳夫森林ジャーナリスト
リビングに薪ストーブのある風景にロマンを感じるのは男だけ?(ペイレスイメージズ/アフロ)

 先日、森林学者と雑談した中で、自宅に薪ストーブを入れようとした話が出た。

「いろいろ考えて、これだ!と思うのを妻に提案したら、あっさり否定されたんですよ」

彼はそう嘆く。どの薪ストーブがよいかで意見がぶつかることはあるかと思っていたが、まさか全面否定とは。。。

 よくある話だよ~と笑ってスルーしようと思ったのだが、彼の場合は少し事情が違っていた。なぜなら、彼の妻は彼と同じ大学の研究室出身(つまり森林学を学んだ身)で、しかも林業女子会の創設メンバーだというからだ。

 

 林業女子会というのは、簡単に紹介すれば林業が好き!という女性の集まりで、林業応援団としてイベントを催したりメディアに訴えかけたり、自らも林業地でボランティア作業をしたりする団体だ。森に興味を持つ段階を超えて、林業が好きというのは相当木に対する思い入れが強いし、木を伐って使うことに理解が深いはず。最初に京都で結成されてからすでに8年、今や全国各地で結成されているが、彼の妻は某地域で林業女子会を立ち上げる際に積極的に活動したメンバーだったのだ。

 今は結婚して一線を引いているが、それでもさまざまな活動に参加しているという。また家の中にも木製グッズがあふれ、子供には木のおもちゃを与えている。まだまだ林業と木に対して思いは強いはず。それゆえ、薪ストーブにも理解があると思ったのだが……。

 薪ストーブ却下の理由は、やはり扱いが面倒なことだろう。点火も難しいし、すぐに温まらない。温度調節も難しい。焼却灰の処理や煤掃除が大変。さらに部屋が煙臭くなりがちで、臭いは近所にも配慮しなければいけない。幼児が不用意に触ると火傷するなど危険もある。なにより薪ストーブは価格が高い。薪の調達も大変で、場所をとる……。

 木が好きで、森に憧れを持つ人でも、薪ストーブを導入するハードルは高い。男は、それをムードと憧れだけで希望するが、女性、とくに主婦となると現実を見るからおいそれと旦那の憧れを認めるわけにはいかないのだ。むしろ、林業女子ゆえに、薪ストーブの大変さを知っているから「却下」したのだろう。

 その点、男はあんまり深く考えない。薪ストーブって、かっこいい!で済ます。

 これを昔から「男のロマンは、女のフマン」という。

 男にとって、薪ストーブはロマンなのだ。それが都会の住宅街の中であろうと、薪が燃える炎を見て大自然を感じて萌えるのだ。自分が何かワイルドになった気持ちにうっとり……。

 が、女にはロマンの裏側にある日常まで目配りする。結局、大変な思いをするではないか、家計を圧迫するではないか。

 両者の言い分では、100%奥さんが正しいと思う(笑)。

 薪ストーブは、基本的に住宅街にある家に設置するものではない。郊外の、できれば冬が長い寒冷地で周辺に家がないところ。そして薪の調達が簡単なところに住んでいる人の特権だ。薪もできれば買わずに自分で山から伐りだすのが理想だ。灯油より安く付くよ(ただし、山で木を伐って運び出し割るのは男の仕事。火付けも灰の処理も煙突掃除も私がやります)、と妻を説得して、ようやく薪ストーブは導入するものなのである。

「まさかあの妻が薪ストーブを嫌がるなんて!ショックだったあ~」と嘆く前に女のフマンに理解を示しましょう。フマンがフンマンになったらキケンだ。

 ところで薪ストーブ以外に、男がロマンを感じやすく、そして女も比較的フマンをためにくいものに、太陽光発電があるそうだ。

 これは某工務店の人の話なのだが、若夫婦が新居を建てる際に設計を主導するのは、ほぼ奥さん側だそうだ。キッチンやトイレ、風呂など水回りから、リビングまでほとんど奥さんが希望を述べる。どんな配置か、細かな設定までこだわるのである。旦那の出番はほとんどなし。意見を言っても、奥さんに否定されたらそこでオシマイ。

 その中で唯一男が意見を出して、通りやすいのが屋根のソーラーパネルなのだとか。太陽光発電なんて、実は設置費用を電気代の節約で賄えるのは数十年先だ。金銭的な価値はあまりない。しかし災害等非常時の対策にもなるし、なによりエネルギーの自給は男にとっては、(しょぼいながらも)ロマンなのである。

 幸い、奥さんもこの点については甘い。いや、優しい。金銭的な面はともかく、たいして手間はかからないからか、OKが出やすいのだそうだ。やはりフマン要素が少ないのだろう。

 男性諸氏は薪ストーブを諦めて、ソーラーパネルでなけなしのロマンを感じておくしかないか。どうしても薪ストーブを望むなら、周到に説得して、常に奥さんのフマンを解消するべく努力を重ねるべきだろうなあ。ちなみに私は、最初から高望みはしないことにしている。

森林ジャーナリスト

日本唯一にして日本一の森林ジャーナリスト。自然の象徴の「森林」から人間社会を眺めたら新たな視点を得られるのではないか、という思いで活動中。森林、林業、そして山村をメインフィールドにしつつ、農業・水産業など一次産業、自然科学(主に生物系)研究の現場を扱う。自然と人間の交わるところに真の社会が見えてくる。著書に『鹿と日本人 野生との共生1000年の知恵』(築地書館)『絶望の林業』『虚構の森』(新泉社)『獣害列島』(イースト新書)など。Yahoo!ブックストアに『ゴルフ場に自然はあるか? つくられた「里山」の真実』。最新刊は明治の社会を揺り動かした林業界の巨人土倉庄三郎を描いた『山林王』(新泉社)。

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