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老木ほど生長する! 森の扱いを考え直せ

田中淳夫森林ジャーナリスト
縄文杉も、まだまだ生長している?

近年の日本の林業界でよく言われるのは「戦後植えた木が成熟してきた」「伐って使わなくてはならない」だ。「伐期が来た」という言い方もする。植えて50年経った森は、木を全部伐って再造林しようというのだ。

その理屈は、樹木も若い頃はどんどん成長するが、壮年期・老年期に入ると生長量が落ちて来る。森林全体の成長も、ある程度経つと止まってしまう。だから老木は伐って木材として使い、また若木を植えるのがよい……というものだ。木材生産という点から効率がよいだけでなく、二酸化炭素(CO2)の吸収など地球環境的にも好影響だとしている。

一見合理的で科学的なこの考え方は本当に正しいのか。また戦後植えてから50~60年くらいの木が多い日本の森林が、果たして「成熟」しているのだろうか。

実は、この考え方に根本的にひっくり返す研究が出ている。

イギリスの科学雑誌「ネイチャー」に、年老いた大きな樹木のほうが、若く小さい樹木よりも大気中のCO2を多く吸収しているという研究結果が発表されたのだ。(2014年01月15日)

研究チームは、403種の樹木67万3046本のデータを分析し、樹齢の高い大木の方が成長が速く、より多くのCO2を吸収していることを確認した。対象とした樹木の分布は6大陸にまたがり、最高齢の木は樹齢80年だった。

つい我々人間、つまり動物と同じように樹木も「老いたら成長しない」という思い込みがちだ。大木、つまり長く生きてきた老木は、生長が止まっていると考えてしまっていた。実際、若木はすくすくと樹高が伸び、幹回りも太るが、大木になると何年経っても変化しないように見える。

しかし大木ゆえ、仮に幹が1ミリ太るだけでも生長量は大きいし、梢より枝葉を広く長く伸ばすこともあるだろう。あるいは見えない根系が生長しているかもしれない。

そう考えると、老木を伐って苗木に植え替える方が地球温暖化に寄与する、という考え方自体を考え直さないといけない。すでに一本の樹木だけでなく、森林全体でも古い(大木の多い)森林の方が若木ばかりの森林よりCO2を吸収することが確認されているのだ。CO2の吸収量は成長量と比例するから、木材生産的にも長伐期の方が有利ということになる。

加えて森林の役割は、もっと多様だ。生物多様性や水源涵養機能などさまざまな面がある。それらの機能について調べた藤森隆郎博士(元森林総合研究所森林環境部長)は、森林の構造の発達段階に応じた機能変化のパターンをグラフに表わした。すると純生産量以外はみな、もっと成熟して老齢段階に入った森林の方が高いことを示した。

藤森隆郎著「林業がつくる日本の森林」より引用
藤森隆郎著「林業がつくる日本の森林」より引用

改めて考えると、50年程度は樹木にとって成熟とはとても言えない。上記の「ネイチャー」論文では80年生を老木としたが、実際は100年200年以上生きる樹木は多数あり、とくに林業の対象となる樹種は長生きするものばかりだ。

それなのに木材生産ばかりを考えて「伐期が来た」と伐ってしまうというのは、森林の機能を十分に発揮させないうちに破壊しているのも同然だ。50年で皆伐なんてとんでもない。「金の卵を産むニワトリを殺す」ようなものである。

抜本的な政策の転換を図るべきではなかろうか。

森林ジャーナリスト

日本唯一にして日本一の森林ジャーナリスト。自然の象徴の「森林」から人間社会を眺めたら新たな視点を得られるのではないか、という思いで活動中。森林、林業、そして山村をメインフィールドにしつつ、農業・水産業など一次産業、自然科学(主に生物系)研究の現場を扱う。自然と人間の交わるところに真の社会が見えてくる。著書に『鹿と日本人 野生との共生1000年の知恵』(築地書館)『絶望の林業』『虚構の森』(新泉社)『獣害列島』(イースト新書)など。Yahoo!ブックストアに『ゴルフ場に自然はあるか? つくられた「里山」の真実』。最新刊は明治の社会を揺り動かした林業界の巨人土倉庄三郎を描いた『山林王』(新泉社)。

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