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「割り箸は危険」都市伝説の起源と進化(笑)

田中淳夫森林ジャーナリスト

まずは、写真を見てほしい。冒頭には

中華スープに割り箸をつけたとき、モワッと何か白くにじみ出るのが見えた。」

ここを読んで、ああ、最近このニュースが週刊誌やネットの世界でよく紹介されているな、と思った人がいるかもしれない。中国製は食品だけでなく、割り箸も危険なんだ……。

残念でした。この記事は、2007年8月17日号の「アエラ」である。7年も前のものなのだ。最近流れているのは、主に「週刊大衆」の記事のようである。

「上海のレストランで食事をしていた一般客が、割り箸を澄んだスープに入れたら、瞬く間に濁ったことから発覚しました。報告を受けた当局が調査のために割り箸を水槽に入れたら、元気に泳いでいた金魚が、ぷっかり浮かんできたそうです」(通信社中国特派員)

これはネットで公開されたものだが、私はほかにも目にしたことがあるから、このところ、いくつもの媒体で取り上げられているのは間違いない。いずれも伝聞で場所も時もはっきりせず、そして匿名だ。

しかも、今回が初めてのスクープ?ではなかったのである。

割り箸危険論の登場を探ると、アエラの記事の前に、日経ビジネスオンラインの2007年8月24日配信にも割り箸の記事があった。これは「中国・キタムラレポート」で、こちらはちゃんとネタ元を記している。大連市の新聞「半島晨報」だ。

こちらで問題にしているのは割り箸の品質保証期限の遵守だが、その中で割り箸の中には「漂白」や「乾燥」「艶出し」、そして「防カビ」に化学薬品などを使っているケースがあることも記している。この新聞は、全体にしっかり取材した様子が伝わる。

割り箸批判の起源をたどると、かなり古い。古くは、1940年に軍から出た「割り箸不要論」である。それは軍船をつくる木材が不足しているのに、割り箸のように木材を使い捨てしているのがケシカランという内容であった。木材は軍需物資であり、無駄遣いを嫌われたのだ。

だが、政府による調査も行われて、割り箸は製材時の端材から作られていることがわかると鎮静した。

戦後は、1960年代から幾度も「使い捨ての割り箸はもったいない」と割り箸不要論が起きる。たいていマスコミが火をつけて、一時は盛り上がるが、数カ月で鎮静化する動きの繰り返しだ。これらは、皆「使い捨て」の是非がテーマであった。

その根底には、割り箸が日本の森林を浪費しているのではないかという認識がある。

少し様子が変わるのは、1989年に公表されたWWF(世界自然保護基金)の「割り箸が熱帯雨林を破壊している」という資料だ。正式なレポートではなかったが、一度報道されると、またたくまに広まった。国内の森林ではなく、海外の森林を取り上げたところに「新しさ」がある。

しかし、割り箸は熱帯地域の木で作られることはほとんどないことがわかる。そこで次のターゲットとなったのは、中国の森林であった。日本の割り箸の多くが中国産であることが知られだしたからだろう。割り箸が中国の森林を破壊しているとした。(もっとも、現在の中国産割り箸の多くは、ロシア材を使っている。)

以後、1990年代に割り箸批判は強まるのだが、そこでは「割り箸は森林破壊」がテーマとなった。

それもやがて鎮静化するが、2005年に再び火がついた。それは中国の要人が「割り箸を全面禁輸する」と発言したことからだった。つまり割り箸を使えなくなることを危惧して、割り箸の代わりに塗り箸を使おうという運動になったらしい。その理由としては、やはり世界的な森林の減少が指摘された。

もっとも、全面禁輸はまったく実行されなかったのだが。

ただし、割り箸の消費量は激減した。2007年当時に年間約250億膳使われた割り箸は、現在190億膳程度である。代わって増えたのは、塗り箸ではなくプラスチック箸だ。主に外食産業が割り箸から切り替えたからだ。石油製品であるプラスチックは、環境破壊ではないと考える人が増えたのだろうか。

ここ数年、またもや割り箸批判がぶり返し始めた。

今度のテーマは「環境」というより「安全」である。とくに中国産に対する攻撃だ。中国の食品に次々と起こる安全疑惑に連動するかのように割り箸批判も起きている。

ちょうど毒入り餃子事件やメラミン粉ミルク事件が起きたりしたことが、中国の食品擬装が問題となり、中国の食品は、残留農薬や添加物がいっぱい、不衛生な製造過程である、と怒涛のように批判された。すると一緒に割り箸も取り上げられるのである。

どうやら割り箸危険論は、繰り返し登場する都市伝説のようなものらしい。

ただし、時代に合わせて理由は変わる。単に「木材がもったいない」だけでなく、森林破壊になったり、安全になったり。

「ファストフード店のハンバーガーに使われているのはミミズ肉」という都市伝説が、ときにネズミ肉になったり、3本足のニワトリになったり、中国産期限切れ肉になったり(あ、これは伝説ではないか……)するようなものだ。

いずれにしても、時流に乗って、割り箸批判も行われているのだ。資源不足や国の内外の環境問題。今は食の安全に加えて中国たたきの材料として格好のターゲットになったというわけだろう。割り箸批判も“進化“するらしい。

もし、本当に割り箸が危険だと思うのなら、自ら実験をしたらどうだろう。割り箸を水につけると白いものがにじみ出るか。金魚が死ぬか。非常に簡単で誰でもできる。手間も金もかからない。そして確認できてから騒ぐといい。(本当に確認できたら、大スクープだ。)

何もしないで伝聞・匿名で批判を垂れ流すのはみっともない、というより情けない。

森林ジャーナリスト

日本唯一にして日本一の森林ジャーナリスト。自然の象徴の「森林」から人間社会を眺めたら新たな視点を得られるのではないか、という思いで活動中。森林、林業、そして山村をメインフィールドにしつつ、農業・水産業など一次産業、自然科学(主に生物系)研究の現場を扱う。自然と人間の交わるところに真の社会が見えてくる。著書に『鹿と日本人 野生との共生1000年の知恵』(築地書館)『絶望の林業』『虚構の森』(新泉社)『獣害列島』(イースト新書)など。Yahoo!ブックストアに『ゴルフ場に自然はあるか? つくられた「里山」の真実』。最新刊は明治の社会を揺り動かした林業界の巨人土倉庄三郎を描いた『山林王』(新泉社)。

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