広まるか、樹木葬

高野山には、樹木のうろに祀られた地蔵が数多くある。いつしか木と苔に包まれていく。

樹木葬が、静かなブームになっているようだ。遺骨を納める墓石の代わりに、樹木を墓標として埋葬する形式の墓である。

墓地にする土地を、コンクリートのような人工物で固めず、自然環境を破壊せず、むしろ樹林をつくれる墓地として注目されている。

一般に墓地では「永代供養」が謳われているが、この言葉には嘘がある。永代と聞けば子々孫々まで受け継がれるように感じるが、実際は十回忌程度、つまり30年もすれば追加料金を払わぬ限り、墓石は撤去される。よく墓地の一角にさまざまな墓石を積み上げた塔を作っているケースを見かけるが、墓を撤去して造成し直し、また他者に売られるのである。

一方で、年月とは別に墓を守る子孫がいなくなることを見越して、生きているうちに代々の墓を処分して、自分は後に形が残らない埋葬方法を選ぶ人もいるそうだ。少子化が進み、墓の維持は子孫にも負担になってきたからである。

自らの遺骨の埋葬を、後世の負担のないようにするには、たとえば海などに骨や灰をまく散骨もあるが、近年注目を集めているのが「樹木葬」だ。墓石の代わりに樹木の苗を植えるものだ。時とともに樹は生長し、墓地はやがて森になる。

樹木葬は、日本では1999年に岩手県一関市に作られたのが最初とされている。地元の祥雲寺が里山を買い、地域住民の了承と行政の許可をとって樹木葬墓地として開発したのである。自然の広がる里山の一角に遺骨を埋めて、その上に樹を植えることを始めた。散骨と違い、指定された場所に埋葬するので「墓地、埋葬等に関する法律」で墓地として認められている。そして重要なのは、これが自然再生推進法にのっとり、人の鎮魂と里山の再生を目指している点だ。「樹木葬」は、埋葬と同時に自然の保全が目的なのだ。

こうした埋葬の仕方は、世界各国で広がっている。世界的には、緑の埋葬「green burinal」という。1990年代に欧米に登場した。墓地を生物多様性保全のための聖域(サンクチュアリ)として活用しようという考えだ。

この考えは、1996年にアメリカ西部のベリー・キャンベルという医師によって提唱された。自然保護区に埋葬を行うことで、自然を保全するのである。実際にサウスカロライナ州のラムゼイ・クリーク自然保護区などが指定されている。

イギリスでは土葬された棺の上に木を植えて、その成長とともに故人をしのぶという風習が根付いている。火葬の場合は、日本のように形のある遺骨ではなく、完全に燃焼させ粉末状の遺灰として、遺族は引き取った遺灰を故人の墓の周りやメモリアル・ガーデンと呼ばれる公園墓地、または故人の思い出の地や自宅の庭などにまく。それらの地には、花々や木々が植えられ、自然の美しい公園のようになるのだ。

そのほかドイツやスイスも結構進んでいるが、意外なことに韓国では、国が主導して樹木葬を広めていた。

もともと韓国は儒教の影響からか土葬が多く、しかも一つの墓に結構な面積を費やしていた。それが森林破壊を生み出すまでになったという。すでに国土に占める墓地面積は1%を超え、その墓地面積も一人当たりで住居の3~4倍も当てられていた。おかげで墓地不足もひどくなったのだ。

1990年代にキャンペーンが繰り広げられ、政府は火葬を奨励するようになったが、さらに樹木葬も推進した。墓地の造成で森林を壊すのではなく、埋葬で森を作り出そうという発想だ。そのため制度も整備して、国有林も提供したらしい。

墓参りが森林散策になるし、山村と町の交流にもなる。そして一定のお金を地元に落とす。地域振興にもなるわけだ。もちろん森林造成と保全にはもってこいだろう。

残念ながら日本の場合、制度がまだ整備されていず、また世間の理解も広まっていない。最近では、墓地業者が流行りを取り入れて「樹木葬」をうたっているものの、樹木葬とは名ばかりで単に通常の墓地に木を植えただけのものが少なくない。これでは樹木葬の本来の意義が失われる。

しかし少子高齢化が急速に進む日本は、葬式も家族葬が中心になり、少人数でひっそりと行うようになった。おそらく墓地も、広さや豪華な墓石を望む声は少なくなり、自然に還ることを希望する人が増えるのではないか。自分が亡くなった後に樹木が茂り、美しい森が生れることを想像する方が心地よい気がする。

日本にも、本格的な「樹木葬」が広がり、それが森林保全につながることを期待する。