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日本の森のグランドデザインは……

田中淳夫森林ジャーナリスト
奈良・吉野にある数百年も前から作られた人工林

現在の日本の森林率は67%と言われて世界屈指である。そして、その4割が人工林だ。

この人工林の多くが伐期を迎えて、それらの木をいかに利用するかが大きな課題になっている。

事実、国産材の利用は増えている。これまで外材一辺倒だった合板や集成材にも国産材は使われるようになったし、大規模な製材工場が増えて、国産材流通の弱点だった安定供給体制の確立も進んできた。一時期18%まで落ち込んだ木材自給率は、21世紀に入って回復基調に入り、近年は26%程度までもどした。目標は50%だから、まだまだ途上ではあるが、今後もしばらくは伸び続けるだろう。

しかし、国産材の利用が増えたということは、各地で伐採が進んでいるということだ。間伐によって調達するケースも多いが、いつまでも間伐ばかりでは済まず、やがて残った木を全部伐る時がやってくる。そのとき、伐採跡地はどうするのか。

放置は言語道断だが、かといって今までと同じくスギやヒノキを植林してよいのだろうか。天然林にもどすことも考えられるし、針葉樹と広葉樹の混交した森づくりを指向する手もある。方法も人工更新、天然更新、あるいは複層林という手もある。

伐採が進むということは、日本の林相を変えるチャンスでもあるのだ。

日本の森は、歴史的に幾度か姿を変えている。古くは焼畑などで草原を増やしたこともあれば、伐りすぎて山が荒れたら禁伐や植林が励行されて回復させる努力をしてきた。その度に植生が変化した。

もしかしたら、現在は100年に一度の林相転換の時期なのかもしれない。

そのように考えると、今後の森づくりには日本の未来を想定しなければならないことに気づく。

まず人口減少・高齢化が進んでいることから、木材需要は頭打ちになることが予想できる。ならば、現在のような森林の4割を人工林にする必要があるだろうか。

また生物多様性の保全を宣言した名護屋議定書の観点からも、同一樹種・一斉林がよいのかどうか考えねばならない。

一方で、経済性も重要な視点だ。現在の林業は補助金で支えられていると言ってよい。伐採しても補助金、植林しても補助金が出る。とても自立した産業とは言い難い。国の財政事情を考えれば、今のまま進められるとは思えない。

さらに条件不利地にも植林するのか。里山はどうする。都市近郊にも森林は必要か。草地環境もつくるべきではないか。

……などなど、テーマは数多い。経済と環境の両立も大きな課題となるだろう。

いったい日本の森のグランドデザインはどうなっているのだろうか。

その点を林野庁に尋ねたところ、答は簡単だった。

「ない」。

このひと言だったのである。もちろん、「これから作らねばならない」と続くのだが……。

思えば民主党政権時代にスタートした「森林・林業再生プラン」は、日本の森をよくするための処方箋ではなかったのか。

私も、最初に前文を読んだときは、なかなか鋭い問題点の指摘と、その改善を謳い上げた内容に、これまでの日本林業の弱点克服の一助になるか、と期待する気持ちもあった。

しかし山の現場を訪れると、むしろ山は荒らされているではないか、と叫びたくなる。各地に大規模な皆伐地が広がってきたし、機械化を進めたことで林地が重機によってズタズタになった現場を目にすることが増えた。しかも、伐採を進め供給を増やしたのはいいが、需要がそれに追いつかず、市場にだぶつくことで材価は下落した。

これでは山主に利益は還元されない。それどころか赤字だ。何十年も木々を育ててきたのに、何も得られなかったら、次世代の森づくりを行う意欲はなくなるだろう。

なぜ失敗した(あえて過去形で書く)のだろう。

やはりグランドデザインがなかったからではないか。

将来の森林の姿を描かないまま、目の前にある林業界の欠点を直そうと制度をいじった結果、あらぬ方向に暴走してしまった感がある。

何十年か後の国土の林相を掲げて、そこに至る道筋を作るべきだった。

未来の姿をイメージできたら、仮にその途上の過程で不具合が起きても、落ち着いて我慢のしようがある。改善もできる。たとえば需要と供給のバランスが崩れて材価が落ちたとしても、やがて回復するという希望を持てるだろう。

何より自分の生きている間に完成しない森の姿を、次の世代に託して更新作業に取り組める。

今木を植えても、それが森になるまで何十年、何百年とかかるのが森づくりである。実感するのは難しいかもしれない。それを多少とも克服するためにも、道標となる日本の森のグランドデザインを求めたい。

森林ジャーナリスト

日本唯一にして日本一の森林ジャーナリスト。自然の象徴の「森林」から人間社会を眺めたら新たな視点を得られるのではないか、という思いで活動中。森林、林業、そして山村をメインフィールドにしつつ、農業・水産業など一次産業、自然科学(主に生物系)研究の現場を扱う。自然と人間の交わるところに真の社会が見えてくる。著書に『鹿と日本人 野生との共生1000年の知恵』(築地書館)『絶望の林業』『虚構の森』(新泉社)『獣害列島』(イースト新書)など。Yahoo!ブックストアに『ゴルフ場に自然はあるか? つくられた「里山」の真実』。最新刊は明治の社会を揺り動かした林業界の巨人土倉庄三郎を描いた『山林王』(新泉社)。

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