テレビで観ない日はないくらい売れっ子となったお笑いコンビ、ラランド。2021年3月に個人事務所のレモンジャムを設立し、「大阪進出」も宣言。4月からは東西を頻繁に行き来する多忙な日々を送っている。

そこで今回、ヨーロッパ発のコーヒーブランド「コスタコーヒー」のPRの仕事で、TOHOシネマズセブンパーク天美(大阪)へやって来たラランドに単独インタビュー。「大阪進出は今のところどんな感じですか?」と現状の手ごたえについて話を訊いた。

売れっ子の基準「ダウンタウンの浜田さん」(サーヤ)

――2021年も残すところあと1か月ほどですが、今年はラランドの勢いがものすごかったですね。

サーヤ:でも自分たちはそこまでの実感がないんです。私が12月で26歳、ニシダは現在27歳なんですけど、ダウンタウンの浜田(雅功)さんは同じくらいの歳の頃、家族旅行がテレビに取り上げられていましたから。海外旅行の様子が番組として放送されるとか、すごすぎませんか?

――空港の動く歩道を歩く浜田さんたちを報道陣が追いかけたり。

サーヤ:そうそう、カメラマンが待ち構えていて。旅行先では、海中が見えるように下が透けている船とかに乗って、お子さんを抱えながら魚を見ている。それだけのシーンでも画が持つんですから。浜田さんみたいに旅行がテレビで流れるくらいになって、初めて「売れた」と思えるはず。

ニシダ:あと、本当の売れっ子ってどうでも良いことがネット記事になるじゃないですか。

サーヤ:分かる、前髪を切り過ぎたとかね。

関西進出した「コスタコーヒー」をPRするラランド(撮影:田辺ユウキ)
関西進出した「コスタコーヒー」をPRするラランド(撮影:田辺ユウキ)

ニシダ:僕の場合は今、クズ芸人として記事になることが多いけど、売れっ子はそんなもんじゃない。それこそ「ニシダが新しいスニーカーを履いている」とか。誰も得しないようなことでも載ったりすれば、さすがに「売れたな」って。

サーヤ:スニーカーはEXITの兼近(大樹)さんクラスまでいかないと記事にならないよね。あと「意外と美容師との会話が苦手」とか。

ニシダ:美容師にタレこまれるパターン! 自分なんてまだ、クズエピソードがネットの記事に書かれてちょっと炎上する程度だから。

――ニシダさんは「クズだ、クズだ」と言われて傷つくことはないんですか。

ニシダ:それが、傷ついたことが全然ないです。

サーヤ:ニシダってすごいんですよ。鋼のメンタル。Yahoo!ニュースのコメント欄とか読んでも、顔色が全然変わらない。普通の人だったら泣いちゃうようなコメントでも真顔で読んで、「ニュース記事に便乗した悪口なんて、俺には響きませんから」と話すんです。「俺の悪口はネタ元をイチから見つけてこないと意味ない」とか。ここまでいくと逆に格好良いですよ。

ニシダ:そうそう、気にしたことがないですね。

「もっと芸人としての顔を見て欲しい」(サーヤ)

――大阪進出を決意した理由のひとつに「お笑いの質の向上」を挙げていらっしゃいましたよね。半年以上経ちましたが、手ごたえはいかがですか。

サーヤ:テレビを観ていても「これって芸人がやらなくてもイイんじゃないか」みたいな内容ってあるじゃないですか。例えば「品物の良さをただただ紹介する」とか。それをやりたくないとかではないのですが、でも芸人より上手くできる方は大勢いると思うんです。

――確かにそうですね。

サーヤ:でも大阪の仕事はそうじゃなくて、芸人としての腕が求められるものばかり。お笑い番組じゃなくても、「ラランドさん、まだボケなくても大丈夫ですか?」とこちらのやり方を大切にして、見守ってくれる。ロケ現場でも「こういうことを言ってください」と細かく指示されず、芸人を信頼してくれている気がします。「あなたたちに任せる」「おふたりのやりたいことをやってください」って。大阪で仕事をやり始めたときから、みなさんそういうスタンスできてくれる。だから、お笑いがやりやすいですね。

――大阪のやり方に合っている、と。

サーヤ:私はテレビに出始めた当時、広告代理店にも勤めていたから、「二足のわらじ」の肩書だけで出ていたと思っていて。テレビでも「代理店的な一言をお願いします」みたいなコメントをよく求められたんです。でも、今だから言えるけど「そんなものないって!」という感じで(笑)。もちろん求められたら全力でやるんですけど、実際にはそんなコメントは持ち合わせていない。だから当時は「もっと芸人としての顔を見て欲しい」と考えていました。「代理店の顔」を求められる方が多かった。そういう経験もあったから、大阪進出と言いながら、お笑い芸人としての顔を求めてくれる大阪に避難してきた。

ニシダ:それに大阪って何があっても見捨てないよね。東京のスタジオでスベると、全員が「じゃあ次の展開」となる。

サーヤ:うん、すぐに切って次へ行くことが多い。

ニシダ:「この流れを早く断ち切って、次へ行きましょう」って。大阪だとスベっても「いける、いける。まだ頑張って」と最後まで待って、背中を押してくれる。

サーヤ:大阪のスタジオでは「今、ニシダくんスベったね」と無視せず、その場にいる全員にちゃんとそのことを知らせてくれる雰囲気(笑)。大阪の人たちはクズや変な人への耐性が強過ぎるんでしょうね。「こいつ、何か変だ」と分かるとさらに根掘り葉掘り聞いてくるから。

ニシダ:俺が連続でスベっても、すごく穏やか。「大丈夫だよ」って。

サーヤ:東京だと切り離されたり、引かれたりするけどね。

サーヤは「大阪の方々はお笑いに取り組むガッツみたいなところを見てくれる」と話す(撮影:田辺ユウキ)
サーヤは「大阪の方々はお笑いに取り組むガッツみたいなところを見てくれる」と話す(撮影:田辺ユウキ)

「俺みたいな人間でも生きていて良いんだ」(ニシダ)

――大阪はウケようがスベろうが、笑いにチャレンジする姿勢が評価されるのかも。お話を訊いていたら、サーヤさんもニシダさんもすごく笑いに飢えていて、それで大阪に来たんだと感じました。

ニシダ:東京では、冷たい目で見られたこともあったんです。「変なやつだな」って。そんな自分を、大阪は温かく受け止めてくれた。「俺みたいな人間でも生きていて良いんだ」と安心できました。

サーヤ:小さいときずっと『ダウンタウンのごっつええ感じ』(フジテレビ系)のDVDを繰り返し観ていたし、今でも「コントや漫才をやることって格好良いものなんだ」と純粋に思っています。もちろんお笑い以外の仕事も楽しいし、それを通してラランドのことをたくさんの方に知っていただけるのはありがたい。だけど根本はやっぱりネタを見せたい。おっしゃるように、私たちは今、とにかくお笑いをやりたいんです。もっともっと大阪でいろんな経験をして、それを生かしていけるように頑張ります。