「なでしこのエースが選ぶ困難な道」~ブンデス100試合という通過点(後編)

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「自分で切り開くしか道はなかったんです。」

永里 私の場合は、北京オリンピックが終わってから、このまま国内リーグでやっていてもこれ以上自分自身成長できないのではないかと危機感がありまして。で、ヨーロッパに行きたいってなった時に、ドイツがリーグとして安定しているし、レベルも高かったので、自分で自分自身のプレーを編集して、いくつかチームに送って、興味を持ってくれたところに練習参加して、契約したという感じです。それまで日本のサッカーは、そこまで強くなかったですので、自分で切り開くしか道はなかったんです。

玉乃 坂本龍子じゃないですか!

永里 これは…笑っていいんですか?

会場一同 はははははは。

玉乃 なんですか、そのバイタリティは? 

永里 とにかく行きたかったんですよ、海外に。北京オリンピック準決勝でアメリカに負けて、三位決定戦でドイツに負けたんですよ。そのとき日本は初めて世界大会で上位に食い込むところまでいったのですが。アメリカとドイツに違いを感じたんですよ。それは日本の国内リーグでは感じられなかったことなので、これは海外に行くしかない!と思ったんです。

玉乃  アメリカとドイツはほとんど全員がプロ契約なんですよね?

永里 はい。ドイツは25万人に対し、日本は4万人ぐらいですかね、女子のサッカー人口は。ドイツのブンデスリーグで上位対決になると5、6千人は普通に入りますし、平均して2、3千人は必ず入ります。歴史が長いですからね。

玉乃 日本は急にその「歴史」が縮まった「ふう」の状態だったのですかね?

永里 優勝は注目されるいいキッカケになりましたし、それによって女子サッカー選手を目指したいという子供も増えたと思いますし、本当に大きな出来事でした。一方で優勝したとはいえ、まだまだ環境が整っているわけではありませんから、これからも一歩一歩成長していかなければなりません。

先進国ドイツでのキャリアに対する考え方

玉乃 海外での生活は男子のサッカー選手と一緒で、1日2時間チームの練習があって、あとの時間はフリーという感じでしょうか?

永里 そこはちょっと違って、ドイツでも完全なプロの選手と、そうではない選手もいます。給料だけでは生活できない選手は働いていたりしています。学校に通っている選手もいます。セカンドキャリアを考えている選手がものすごく多くて。サッカーをやりながら自分は何を目指すっていうのを持っている選手は多いですね。かといって、サッカーに対して手を抜くわけじゃないと。

玉乃 具体的には引退後に何を目指している選手が多いのでしょうか?

永里 サッカーの指導者とか、トレーナーとか、スポーツに関わる仕事の人が多いですね。あとは特殊な人では弁護士目指している人とか。やはり資格を取り、専門的な分野に行きたいと考える人は多いと思います。

玉乃 永里さんは名門チェルシーに所属された経験もあり、海外でトップを目指すという大きな夢があることを知っている数少ない選手の一人だと思いますが、若い選手に伝えたいことはありますか?

永里 女子サッカーも、もっと若いうち、20代前半から海外にでてもいいのかなと思うこともありますね。プロ選手としての稼ぎも違いますし、日本では味わえない勝負の世界も体験できますし。失敗したら帰ってくればいいだけですので。

玉乃 大学生の年代にあたる女性が、普通に考えて海外に行ってプロとして厳しい環境の中でサッカーできるとは思えないですけれどね。

永里 実力的には申し分ない子もたくさんいますよ。海外でやれるだけの。技術力は向こうの選手より高いですし、いくらでも勝負できると思いますね。話を聞いていると、生活に不安があったり…。

玉乃 普通ですよ、それ。永里さんが異常なんですよ。

永里 えー(笑)。

玉乃 18,19歳くらいで、「海外で勝負してくる!」って娘が言い出したら、号泣しますね、僕なら。絶対に一緒についていく…。

永里 ははははは。でも私22歳で海外にでていますからね、ウキウキで。でもやっぱり壁にはぶち当たりました。所属チームがドイツでも優勝するようなチーム、チャンピオンズリーグにも出るようなチーム、ドイツ代表ばかりみたいなチームの中でポジション争いしなければならない。最初1年半はなかなかスタートから出場できなくて、ドイツのサッカーは凄く1対1を重視するサッカーで、自分が日本で培ったサッカー感は全部捨てなくていけなかったのです。それに時間がかかって、認められるまでにすごい時間がかかりました。ボールの飛距離もスプリントのスピードも向こうと同じレベルを求められますから。おかげで更に練習するようになりましたし、動きもダイナミックになっていったし、環境がそうさせてくれました。結局のところ海外に行かないと身につかないと行って体感しました。「習うより、慣れろ」ってことだと感じることができました。

あと、人間関係や、アジア人への偏見のところも慣れるまで大変でしたね。

夢のある助っ人外国籍選手としての待遇面

玉乃 具体的な海外での待遇面も教えていただけますか?

永里 家も車も貸してくれましたし、語学学校にも通わせてくれました。すべて給料以外で。ステップアップしてトップクラスになれば夢もまた広がります。アメリカだったら1億円プレーヤーも存在しますし、アメリカでは子供達にとってスーパースターなんですよ。ヨーロッパでもお金持ちのクラブだと3、4000万円を稼いでいる選手もいますから。条件面でも夢は間違いなくあります。

玉乃 向こうの選手はセアカンドキャリアに対しての意識が強いとおっしゃっていましたけど、永里さんは何か考えていますか? 

永里 できるだけ長く続けて現役をやりたいと思っています。年齢的にも少し考えなくてはいけないかなとは思うのですが、現時点では見えてこないというか、けれど日本に帰ってきているときは色々な業種の人に会うようにして、いろんな話を聞いて、自分が持っている世界観をなるべく広げられるように取り組んでいます。

玉乃 無責任なことを言いますが、永里さんも、ドイツの選手も人気があってある種日本でもドイツでもスターじゃないですか? 「好きなことをできるだけやって、お金持ちの旦那さんを見つけて結婚する。」ではいけないものなのでしょうか? 無礼を承知で伺いますが。

永里 結局ですね、結婚をゴールにしてしまうと続かないのですね。せっかくここまでのキャリアを積み重ねてきて、結婚して終わり。そうであれば「今までのキャリアはなんだったんだ」ってなりますし、自分自身もその経験を活かして日本のためだったり、貢献できることもあると思うので。そのために現役中に少し模索しないといけないかなと思っています。自分だけの人生じゃないって最近感じていますので。まだまだ歴史が浅いですし、引退後に夢があるかと言えば、まだまだな部分があると思います。辞めた後でも「こういう道があるよ。」って示したいのですよね。「頑張ってサッカーを続けていたら、こんなに楽しいことが出来るよ。」ってことを伝えたいのですよね。

玉乃 市議会議員になりました!とか、漫画の原作者になりました!とか。

永里 ははは。そうそう。前例を作る人間だと思っているので、自分は。

玉乃 常に第一人者だから見られ続けるでしょうしね、永里さんの人生は。プレッシャーをかけるわけではないですけど。

永里 より困難な道を選んでいきたいと思っています。やっぱり苦労しなきゃダメですね。誰もやったことのないような道に進んで。まずは東京五輪を目指します。東京五輪までは海外でプレーしていると思います。

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永里 優季(ながさと・ゆうき)

神奈川県厚木市出身の女子プロサッカー選手。サッカー選手である、実兄永里源気の影響で、小学1年生からサッカーを始め、中学2年時に日テレ・ベレーザに登録。翌年U18ユース選手権を制し、大会最優秀選手となり、2004年日本女子代表に選出。2011年のFIFA女子ワールドカップではエースとして日本の優勝に貢献。

2010年、22歳のときに活躍の場を欧州に求め、ドイツ女子ブンデスリーガの1.FFCトゥルビネポツダムへ加入。2013年7月チェルシーLFC(イングランド)、2015年1月VfLヴォルフスブルグ、同年8月1.FFCフランクフルト(ドイツブンデスリーガ)とチームを移り、各チームでエースとして活躍。海外で活躍する女子プロサッカーの第一人者的存在。