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戦後75年『ガンダム』から見る戦争(後編)「顔を見えなくしているもの」安彦良和氏の視座(写真12枚)

玉本英子アジアプレス・映像ジャーナリスト
「『機動戦士ガンダム』は戦う相手の顔が互いに見えた」と安彦氏。(撮影:坂本卓)

◆『ガンダム』のリアリティ

『機動戦士ガンダム』のキャラクターデザインと作画監督を担った安彦良和さん。これまで自身の作品のなかで戦争と平和に向き合ってきた。『ガンダム』が問いかけたもの、そして、いま起きている戦争の現実。戦後75年特集の後編。(玉本英子・アジアプレス)

(安彦良和氏・前編はこちら)

1979年、テレビ放映されたアニメ『機動戦士ガンダム』。地球連邦軍とジオン公国軍の戦いを描いた『機動戦士ガンダム』が他の戦闘アニメと違ったのは、敵の兵士たちまで人間的に描いた点である。連邦軍の少年兵で主人公のアムロとジオン兵が出くわし、言葉を交わすシーンがある。

アムロは、ある時、中立地帯の食堂で、敵であるジオン軍のランバ・ラル大尉の部隊と遭遇する。銃を服の下に隠し、緊張するアムロ。

だが、気さくで部下の兵士思いの大尉の姿を見て、「あの人たちが僕らの戦っている相手なんだろうか」と考え込む。

ISとの前線で銃を構えるクルド勢力の女性戦闘員。シリア内戦では同じ国民どうしが殺し合い、外国人戦闘員も加わった。大国もこの混乱を利用する構図に。(2014年・シリア・撮影:玉本英子)
ISとの前線で銃を構えるクルド勢力の女性戦闘員。シリア内戦では同じ国民どうしが殺し合い、外国人戦闘員も加わった。大国もこの混乱を利用する構図に。(2014年・シリア・撮影:玉本英子)

富野由悠季総監督のもと、『機動戦士ガンダム』のキャラクターデザインと作画監督を担ったのは安彦良和さん(72歳)だ。

「人型の乗り物、モビルスーツを操縦しながら互いに撃ちあうけど、中にどんな奴がいるのか分からない。でもガンダムでは相手の顔が見える形で出てくるリアリティがあった」

「『大いなる正義、大いなる悪』とされてきたものには『本当か?』との疑問符を」安彦さんがこれまで描き続けてきた近現代史をテーマにした漫画作品の視座ともなっている。(7月上旬・埼玉・撮影:玉本英子)
「『大いなる正義、大いなる悪』とされてきたものには『本当か?』との疑問符を」安彦さんがこれまで描き続けてきた近現代史をテーマにした漫画作品の視座ともなっている。(7月上旬・埼玉・撮影:玉本英子)

私は、イラクとシリアの拘置所で過激派組織イスラム国(IS)の元戦闘員たちを取材したことがある。

イラクの拘置所で取材したIS元戦闘員モハメッド・イブラヒム。拘束後も「ISは真理」と信奉し続けていた。兄2人が殺された怒りからISに志願した。(2015年・イラク北部・撮影:玉本英子)
イラクの拘置所で取材したIS元戦闘員モハメッド・イブラヒム。拘束後も「ISは真理」と信奉し続けていた。兄2人が殺された怒りからISに志願した。(2015年・イラク北部・撮影:玉本英子)

非道で知られたISだが実際に会うと、それぞれに人間の顔があった。そのひとり、イラク人のモハメッド・イブラヒム(30歳・当時)は、捕まってもなおISを信奉していた。兄2人が米軍とイラク軍に殺された怒りからISに加わったという。

拘束される際、敵を巻き添えに自爆を考えなかったのか、と私は聞いた。手首にかけられた手錠を見つめながら、モハメッドは言った。

「自爆を考えた瞬間、家族のことが頭に浮かんだ」

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『機動戦士ガンダム THE ORIGIN』で総監督を務めた安彦さん。「人はなぜ戦争をしてしまうのか」が『THE ORIGIN』で改めて問いかけられる。 (7月上旬・埼玉・撮影:坂本卓)
『機動戦士ガンダム THE ORIGIN』で総監督を務めた安彦さん。「人はなぜ戦争をしてしまうのか」が『THE ORIGIN』で改めて問いかけられる。 (7月上旬・埼玉・撮影:坂本卓)

◆「相手の顔を見えなくしているもの」

「絶対悪」の敵の前では、兵士やその背後の住民、いくつもの顔が見えなくなる。

ISは神の敵を殺せと、自爆攻撃で子どもまで巻き添えにした。米軍は「テロとの戦い」の名のもとIS地域を爆撃し、住民も犠牲となった。互いに「正義」を掲げ、顔の見えない者どうしの殺戮が続いた。

イラクの宗派抗争では、地域にともに暮らしてきた人びとが宗派で引き裂かれ、顔を見えなくさせられた。

イラク軍同行取材。イラクではフセイン政権崩壊後、反米武装勢力に外国人が入り込み過激化。宗派抗争が先鋭化するなかISが登場。それぞれが「正義」を掲げ、流血が続いた。(2010年・イラク・撮影:ザイード・サーフェ)
イラク軍同行取材。イラクではフセイン政権崩壊後、反米武装勢力に外国人が入り込み過激化。宗派抗争が先鋭化するなかISが登場。それぞれが「正義」を掲げ、流血が続いた。(2010年・イラク・撮影:ザイード・サーフェ)

安彦さんは、戦争の実相に目を向ける。

「相手の顔が見えないことは、人としてのぬくもりが伝わってこないこと。顔が見えれば、そこで殺し合いが成り立たなくなるんじゃないか。相手の顔を見えなくしているのは何なのか、というのが大きなテーマだと思うんです」

イラク北部でクルド部隊の陣地に突撃し、殺害されたIS戦闘員。地元の村のイラク人青年だった。(2015年・イラク・撮影:玉本英子)
イラク北部でクルド部隊の陣地に突撃し、殺害されたIS戦闘員。地元の村のイラク人青年だった。(2015年・イラク・撮影:玉本英子)

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戦後生まれで全共闘世代の安彦さん。ベトナム戦争に怒り、反戦運動も経験した。当時の活動家にとっては、ベトナムゲリラ勢力が正義で、アメリカ帝国主義が悪だった。だが、カンボジアでポル・ポト政権による大虐殺が起き、「正義なるもの」に懐疑的になったと安彦さんは話す。

「大いなる正義、大いなる悪とされてきたものに対して『本当か?』と疑問符をつけていかないといけないと思う」

それは、安彦さんがのちに描き続けてきた近現代史を舞台にした多数の漫画作品での視座ともなっている。

ISの拠点都市だったラッカ。アサド政権軍、ロシア軍、米軍主導の有志連合の空爆で、町は破壊された。「テロ掃討」の名のもとに落とされる爆弾の先には住民がいる。(2018年・シリア・撮影:玉本英子)
ISの拠点都市だったラッカ。アサド政権軍、ロシア軍、米軍主導の有志連合の空爆で、町は破壊された。「テロ掃討」の名のもとに落とされる爆弾の先には住民がいる。(2018年・シリア・撮影:玉本英子)

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◆「人はなぜ戦争をしてしまうのか」という問いかけ

いったんアニメ界から身を引き、再び復帰した安彦さんは2015年、『機動戦士ガンダム THE ORIGIN』の総監督を務めた。

そこでは、1979年の最初の『機動戦士ガンダム』の起点が改めて照射されている。

「人類の歴史は戦いの歴史である。人はなぜ、この愚かで悲しき争いを繰り返すのか」

戦後75年。人はなぜ戦争をしてしまうのか、その問いに私たちは答えを見いだせないままだ。

安彦良和氏・前編「小さき者の視点」(写真9枚)はこちら

シリア北部の拘置所で取材したチュニジア生まれ、ドイツで育ったIS戦闘員。ドイツからシリアへ。外国人はISに感化された者が多く、シリア人は家族のため給料の貰えるISに加わった者も。(2018年・シリア・撮影:玉本英子)
シリア北部の拘置所で取材したチュニジア生まれ、ドイツで育ったIS戦闘員。ドイツからシリアへ。外国人はISに感化された者が多く、シリア人は家族のため給料の貰えるISに加わった者も。(2018年・シリア・撮影:玉本英子)
昨年、シリア北部に軍事越境したトルコ軍機に爆撃され、負傷した女性。夫を失った。戦火が続くなか犠牲があいつぐ。「正義」の名のもとの戦争では、つねに住民も巻き添えに。(2019年・シリア・撮影:玉本英子)
昨年、シリア北部に軍事越境したトルコ軍機に爆撃され、負傷した女性。夫を失った。戦火が続くなか犠牲があいつぐ。「正義」の名のもとの戦争では、つねに住民も巻き添えに。(2019年・シリア・撮影:玉本英子)

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安彦良和さんは、これまで近現代史をテーマにした作品で戦争と向き合ってきた。(7月上旬・埼玉・撮影:坂本卓)
安彦良和さんは、これまで近現代史をテーマにした作品で戦争と向き合ってきた。(7月上旬・埼玉・撮影:坂本卓)
『原点 THE ORIGIN』(岩波書店)では自身の生い立ちを振り返り、戦争や現代社会を見つめた。現在は、シベリア出兵を舞台にロシアの戦場に立った日本人たちの生き様を描く『乾と巽―ザバイカル戦記―』(アフタヌーンKC・講談社)を連載中。(撮影:アジアプレス)
『原点 THE ORIGIN』(岩波書店)では自身の生い立ちを振り返り、戦争や現代社会を見つめた。現在は、シベリア出兵を舞台にロシアの戦場に立った日本人たちの生き様を描く『乾と巽―ザバイカル戦記―』(アフタヌーンKC・講談社)を連載中。(撮影:アジアプレス)

(※本稿は毎日新聞大阪版の連載「漆黒を照らす」2020年8月4日付記事に加筆したものです)

アジアプレス・映像ジャーナリスト

東京生まれ。デザイン事務所勤務をへて94年よりアジアプレス所属。中東地域を中心に取材。アフガニスタンではタリバン政権下で公開銃殺刑を受けた女性を追い、04年ドキュメンタリー映画「ザルミーナ・公開処刑されたアフガニスタン女性」監督。イラク・シリア取材では、NEWS23(TBS)、報道ステーション(テレビ朝日)、報道特集(TBS)、テレメンタリー(朝日放送)などで報告。「戦火に苦しむ女性や子どもの視点に立った一貫した姿勢」が評価され、第54回ギャラクシー賞報道活動部門優秀賞。「ヤズディ教徒をはじめとするイラク・シリア報告」で第26回坂田記念ジャーナリズム賞特別賞。各地で平和を伝える講演会を続ける。

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