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<シリア・イドリブ>安田さんだけではない あいつぐ拉致 (2)地元民をギャングが誘拐 転売も

玉本英子アジアプレス・映像ジャーナリスト
安田純平さんを拘束か、と報じられるフッラース・ディンが今年5月公開した映像。

◆弟は武装組織に拘束されたまま

シリアであいつぐ拉致事件。外国人よりも、はるかに多くの地元シリア人が拘束や誘拐されている。北西部イドリブで活動してきたシリア人ジャーナリスト、モハメッド・スルーム氏(37)は2013年12月にイスラム国(IS)の前身「イラク・シリアのイスラム国」に拉致され、トルコに逃れた。2人の弟はシリア政府当局と、武装組織シャム解放機構(旧ヌスラ戦線)に拘束され、現在、行方はわからない。シリアであいつぐ拉致・誘拐について、電話で聞いた。(玉本英子・アジアプレス)

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モハメッド・スルーム氏:

シリア人の記者は誰もが非常に危険な状況に置かれています。武装組織だけではなく、アサド政権、自由シリア軍、クルド組織も、自分たちのことをよく伝えないメディアを攻撃するからです。

私は2013年、ISに拘束されましたが、直後に自由シリア軍との衝突でISが地区から敗走したため、奇跡的に脱出できました。しかし一緒に仕事をしていた弟サーメル(33)は、2017年12月にシャム解放機構(旧ヌスラ戦線)に捕まったままです。昨年の12月、両親の家に一人でいたところを、黒マスクをした男たちが襲撃し、どこかへ連れて行かれました。近所の人が目撃していたのです。しかし犯人から何も連絡がなく、家族は不安な毎日でした。

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ISに支配されたラッカについてアピールするサーメルさん。その後2017年、シャム解放機構(旧ヌスラ)に拘束され行方不明。(2016年撮影・家族提供)
ISに支配されたラッカについてアピールするサーメルさん。その後2017年、シャム解放機構(旧ヌスラ)に拘束され行方不明。(2016年撮影・家族提供)

その後、シャム解放機構から解放されたばかりの男性が家に来て、「サーメルは彼らに拘束され、劣悪な環境で皮膚病になっている」と聞きました。過去にシャム解放機構の前身、ヌスラ戦線について否定的な記事を書いたのが原因ということでした。

過去には裕福なシリア人がギャング等を介してヌスラ戦線に拘束され、仲介人が5万ドル(約500万円)を要求し、支払うと今度は50万ドルを要求されたという話を聞いたことがあります。すべての連絡が携帯電話です。誰も信用できません。

シリア北西部のおおよその勢力図(2018年8月時点)。各派が衝突を繰り返しているうえ、シリア政府軍の大規模なイドリブ攻略戦も迫る。(地図作成:アジアプレス・坂本)
シリア北西部のおおよその勢力図(2018年8月時点)。各派が衝突を繰り返しているうえ、シリア政府軍の大規模なイドリブ攻略戦も迫る。(地図作成:アジアプレス・坂本)

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一方、下の弟のアラ(31)は2013年に突然消息が分からなくなりました。3年後、彼はシリア当局に捕まり、ダマスカス近郊の刑務所にいることが分かりました。同じ刑務所にいたという男性が出所後、訪ねてくれたからです。兵役で政府軍に入ったのですが、脱走して捕まり、8年の刑を受けたということでした。

◆イドリブでの日本人記者拘束について

モハメッド・スルーム氏:

イドリブで外国人が拘束されているというニュースは国外のメディアを通して知りました。しかし、現地でその存在を聞いたことはありません。日本人記者がシャム解放機構から分派したフッラース・アル・ディン(=宗教の守護者)という組織に拘束されていると報じられているとのことですが、彼らは少数ですが、シャム解放機構よりも過激な思想を持つ人たちと聞いています。解放にはトルコがなんらかの役割を果たせるかもしれません。

イドリブにいた頃のモハメッド・スルーム氏。ISに拉致されたのち、シャム解放機構(旧ヌスラ)に脅迫され、トルコに逃れた。弟2人は拘束されたまま。(写真・本人提供)
イドリブにいた頃のモハメッド・スルーム氏。ISに拉致されたのち、シャム解放機構(旧ヌスラ)に脅迫され、トルコに逃れた。弟2人は拘束されたまま。(写真・本人提供)

現在、フッラース・アル・ディンの支配地区の一部をシャム解放機構が奪還するなど組織間の攻防が続いています。またアサド政権もイドリブへの攻撃を本格化させると予想されるので、フッラース・アル・ディンはそれほど長続きしないと思います。

◇シリア内戦は、誰に責任があるのでしょうか

モハメッド・スルーム氏:

今の状況を引き起こした責任は、まずシリア政府、アサド大統領にあります。独裁政権で国民から自由を奪い、平和的な民主化デモの参加者も徹底的に弾圧し、流血に至りました。しかし、私たちシリア人にも責任があると思います。それぞれが武装組織をつくり殺し合い、大国がそれを利用しています。さらに各国から過激な人も入り込み、シリアがめちゃくちゃになりました。

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イドリブで発行していたグルバール誌。モハメッド氏が編集長だった。社会文化がテーマの雑誌だが、記事の内容で武装組織に狙われた。(写真・本人提供)
イドリブで発行していたグルバール誌。モハメッド氏が編集長だった。社会文化がテーマの雑誌だが、記事の内容で武装組織に狙われた。(写真・本人提供)

2人の弟は拘束されたままです。両親や親戚は今もイドリブにいます。シリア政府軍がイドリブの攻撃をしているため、心配でなりません。しかし私は妻と3人の子どもたちを守らなければなりません。このままではシリアに未来はありません。以前の隣人たち、友人たちが互いに殺しあうことになってしまった今の状況を、本当に悲しく思います。

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アジアプレス・映像ジャーナリスト

東京生まれ。デザイン事務所勤務をへて94年よりアジアプレス所属。中東地域を中心に取材。アフガニスタンではタリバン政権下で公開銃殺刑を受けた女性を追い、04年ドキュメンタリー映画「ザルミーナ・公開処刑されたアフガニスタン女性」監督。イラク・シリア取材では、NEWS23(TBS)、報道ステーション(テレビ朝日)、報道特集(TBS)、テレメンタリー(朝日放送)などで報告。「戦火に苦しむ女性や子どもの視点に立った一貫した姿勢」が評価され、第54回ギャラクシー賞報道活動部門優秀賞。「ヤズディ教徒をはじめとするイラク・シリア報告」で第26回坂田記念ジャーナリズム賞特別賞。各地で平和を伝える講演会を続ける。

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