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「イスラム国」に引き裂かれたヤズディ教徒(4)破壊され尽くしたシンジャル(写真12枚)

玉本英子アジアプレス・映像ジャーナリスト
ISは制圧後のシンジャルからいくつも宣伝映像を公開した。(2014年・IS映像)

ISがシンジャルを制圧した2014年8月以降、町と村の奪還を巡って激しい攻防が続いてきた。IS襲撃前に地域の防衛にあたっていたクルド自治政府のペシュメルガ部隊、そして地域一帯に勢力圏を広げていたクルディスタン労働者党(PKK)だ。

クルド旗とペシュメルガ部隊。(2016年・シンジャル近郊・撮影:玉本英子)
クルド旗とペシュメルガ部隊。(2016年・シンジャル近郊・撮影:玉本英子)

クルド部隊の猛攻をうけて、シンジャルの一部地区から一時撤退に追い込まれたISだが、近郊のタラファルやバアジなどから援軍を送り込み、町をめぐって一進一退の状況が続いた。この頃、クルド人どうしの組織であるはずのペシュメルガとPKKの政治的対立関係が顕在化し、IS掃討作戦に影響を与えることとなった。

米軍主導の有志連合やイラク軍は、ISの軍事拠点に対して空爆作戦を敢行。写真は有志連合軍が公表したシンジャル近郊でのIS拠点への爆撃。(2015年2月・CJTF-OIR映像)
米軍主導の有志連合やイラク軍は、ISの軍事拠点に対して空爆作戦を敢行。写真は有志連合軍が公表したシンジャル近郊でのIS拠点への爆撃。(2015年2月・CJTF-OIR映像)
ISは塹壕やトンネル坑道をはりめぐらせて空爆を回避しようとした。写真は地下トンネルの入り口。(2016年・イラク北西部シンジャル・撮影:玉本英子)
ISは塹壕やトンネル坑道をはりめぐらせて空爆を回避しようとした。写真は地下トンネルの入り口。(2016年・イラク北西部シンジャル・撮影:玉本英子)

ミルザのペシュメルガ駐屯地にもISの一斉突撃がかけられたことがある。2016年秋、ISは爆弾を満載した装甲ブルドーザーを先頭に部隊が駐屯地に向け一斉突撃をはかったという。ミルザら、ペシュメルガ側は必死に応戦し、突撃を阻止した。シンジャルの町の一部は解放されても、近郊地域では、まだ戦闘が続いていた。

シンジャル南方ワルディアの前線で。ペシュメルガの駐屯地に、自爆突撃をかけてきたISの改造装甲ブルドーザー。クルド・ペシュメルガ兵が応戦し、突入を阻止した。(2017年・撮影:アブダル・アリ)
シンジャル南方ワルディアの前線で。ペシュメルガの駐屯地に、自爆突撃をかけてきたISの改造装甲ブルドーザー。クルド・ペシュメルガ兵が応戦し、突入を阻止した。(2017年・撮影:アブダル・アリ)
緊張のつづく前線の現場。休息時にかける妻イヴァンへの電話で心を和ませる。ようやく言葉を覚え始めた娘チーマンと話すのも楽しみだ。(2016年・シンジャル南方ワルディア・撮影:玉本英子)
緊張のつづく前線の現場。休息時にかける妻イヴァンへの電話で心を和ませる。ようやく言葉を覚え始めた娘チーマンと話すのも楽しみだ。(2016年・シンジャル南方ワルディア・撮影:玉本英子)

瓦礫だらけの廃墟のようになったシンジャル市内の大通りをミルザと歩く。

「ここは以前、妻のイヴァンとよくやってきてアイスクリームを食べたお店なんだ。町と人と思い出のすべてが、壊されてしまった」。

◆店のシャッターに「ヤズディ」と書き、焼き討ちに

屋根は崩れ落ち、シャッターはひしゃげている。シャッターにはスプレーで文字が書きなぐってあった。

ISが公開した映像。シンジャル市内を歩く戦闘員の背後の店のシャッターにはスプレーで文字が書かれている。どれがヤズディかわかるよう区別するためだ。(2014年12月・IS映像)
ISが公開した映像。シンジャル市内を歩く戦闘員の背後の店のシャッターにはスプレーで文字が書かれている。どれがヤズディかわかるよう区別するためだ。(2014年12月・IS映像)
商店街のシャッターに書かれたスプレー文字。「ヤズディ」と記された店は荒らされたり、破壊されるなどしていた。(2016年・イラク北西部・シンジャル・撮影:玉本英子)
商店街のシャッターに書かれたスプレー文字。「ヤズディ」と記された店は荒らされたり、破壊されるなどしていた。(2016年・イラク北西部・シンジャル・撮影:玉本英子)

「スンニ」「ヤズディ」「ヤズディ」「スンニ」…

ISはイスラム教スンニ派とヤズディ教徒の商店を区別し、ヤズディの店に火をつけるなどして破壊していた。

どの店がヤズディ教徒なのか、それを教えたのは地元の住民という。銃で脅され、ISに協力させられたイスラム教徒も少なくない、と地元住民は言った。ISの前で拒否できるはずもない。町のイスラム教徒も犠牲者だった。だがヤズディ住民のあいだには、「これまで一緒に暮らしてきたはずの隣人に裏切られた」という感情を抱き始めていた。

シンジャルの商店街で「ヤズディ」と書かれたシャッターの商店の前に立つ。店の内部は焼けて黒焦げになっていた。(2016年・イラク北西部・シンジャル・撮影:ダハム・ラロ)
シンジャルの商店街で「ヤズディ」と書かれたシャッターの商店の前に立つ。店の内部は焼けて黒焦げになっていた。(2016年・イラク北西部・シンジャル・撮影:ダハム・ラロ)

「たとえ町に戻れても、もう彼ら(イスラム教徒)を信じることができなくなってしまった」

ミルザは複雑な思いを打ち明けた。ISのシンジャル襲撃は、町を破壊しただけでなく、これまでともに隣人として暮らしてきた人びとの関係まで壊していた。

ミルザの部隊に同行してシンジャル市内を進む。町の9割は破壊されたという。「建物はいつか再建することができるが、一度壊れた隣人関係を取り戻すのは難しい」とミルザは話した。(2016年・撮影:玉本英子)
ミルザの部隊に同行してシンジャル市内を進む。町の9割は破壊されたという。「建物はいつか再建することができるが、一度壊れた隣人関係を取り戻すのは難しい」とミルザは話した。(2016年・撮影:玉本英子)
戦闘や空爆で建物が破壊されたシンジャル。地雷除去と車両通行のために道路の障害物だけは除去されたが、家屋には仕掛け爆弾や不発弾も残ったままだった。(2016年・撮影:玉本英子)
戦闘や空爆で建物が破壊されたシンジャル。地雷除去と車両通行のために道路の障害物だけは除去されたが、家屋には仕掛け爆弾や不発弾も残ったままだった。(2016年・撮影:玉本英子)

イラク、シリアでISは支配地域のほとんどを失った。有志連合の軍事支援もあって、ISは解体過程にあるという。だが、ISが引き裂いた人びとのコミュニティ、隣人関係を取り戻すのは容易ではない。「ISは終わった」かのように報じられるが、拉致された1500人を超える女性や子どもの消息はいまもわからないままだ。この戦争は、決して終わってなどいない。

ISがシンジャルから撤退すると、ペシュメルガとPKKの対立が先鋭化。さらに「独立問題」からクルド自治区との関係が悪化したイラク政府が、人民動員隊(PMU)を送り込んだ。(2017年・撮影:玉本英子)
ISがシンジャルから撤退すると、ペシュメルガとPKKの対立が先鋭化。さらに「独立問題」からクルド自治区との関係が悪化したイラク政府が、人民動員隊(PMU)を送り込んだ。(2017年・撮影:玉本英子)

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(第4回了・つづく・全5回)

アジアプレス・映像ジャーナリスト

東京生まれ。デザイン事務所勤務をへて94年よりアジアプレス所属。中東地域を中心に取材。アフガニスタンではタリバン政権下で公開銃殺刑を受けた女性を追い、04年ドキュメンタリー映画「ザルミーナ・公開処刑されたアフガニスタン女性」監督。イラク・シリア取材では、NEWS23(TBS)、報道ステーション(テレビ朝日)、報道特集(TBS)、テレメンタリー(朝日放送)などで報告。「戦火に苦しむ女性や子どもの視点に立った一貫した姿勢」が評価され、第54回ギャラクシー賞報道活動部門優秀賞。「ヤズディ教徒をはじめとするイラク・シリア報告」で第26回坂田記念ジャーナリズム賞特別賞。各地で平和を伝える講演会を続ける。

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