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放送当時の記事から振り返る『芋たこなんきん』の受け止められ方

田幸和歌子エンタメライター/編集者
(写真:イメージマート)

今週含め残り4週となったBS再放送中のNHK連続テレビ小説(通称「朝ドラ」)『芋たこなんきん』(2006年度下半期)。

長年の朝ドラ視聴者の中では「名作」という声が多かったが、当時の視聴率は芳しくなく、SNSなどの反響を見ると、本放送時には観ておらず、16年ぶりの再放送で初めて観た人が案外多いことがわかる。

と同時に、「こんなにも良い作品なのに、なぜ低視聴率だったのだろう」と不思議に感じている人も多い。では、『芋たこなんきん』は本放送時にどのように受け止められていたのだろうか。

今のように、朝ドラ関連の記事が一般紙やスポーツ紙・雑誌のweb版やwebニュースなどで毎日公開されている時代と違い、結論から言うと、『芋たこなんきん』関連の記事は非常に少なかった。特に一般週刊誌の記事は全くないと言って良い状態。そこで、かろうじて入手できた記事の一部を引用し、ご紹介したい。

写真:イメージマート

カモカのおっちゃんは「本人がのり移ってきているようだ」

朝日新聞東京夕刊(2007年2月5日)で「カモカのおっちゃん、みてるよ」と声をかけられたと言い、「役名で呼ばれることは、これまであまりなかったですね」と語っていた國村隼。同記事ではこの役について、「ちゅうちょしたが、脚本を読んで心が決まった」ことを明かし、その理由について「朝ドラによくある、ヒロインの成長物語ではなくて、夫婦の物語だったので。(ドラマの主舞台に設定された)40年前には珍しかった別居結婚など、今に通じる夫婦像を描いていたことに、ひかれました」と語っている。また、『この指とまれ2』(1997年)での共演に続き、2度目の夫婦役となった藤山直美については次のようにコメントしていた。

「彼女は舞台の人で、僕は映画の人。テレビはちょうど真ん中。藤山さんとだったら、その時のテンションで芝居を合わせられる。サンバならサンバ、ワルツならワルツといった具合に、藤山さんが、どういうテンションでやってくるかが面白くてね」

「(実在の人物を演じるプレッシャーを問われ)正直、一番怖かったのは田辺さんご本人の感想でした。もし『全然似てへん』と言われたらどうしようと。でも、『本人がのり移ってきているようだ』と言ってもらえ、ほっとしています」(産経新聞大阪朝刊/2007年2月24日)

「旧知だし、“芸のたち”を知っているので、全く違和感はありません」「(夫婦の晩酌シーンについて)夫婦になろうと努力しているふたりにとっては、しゃべるのが一番大事なこと。その夫婦の目線に加えて、小説家としての町子の目線があり、それが視聴者の目線になっている。テーマはひとつだけれど、多重的な構造でさまざまなプロットが加わっているのが、このドラマのおもしろさだと思いますね」(産経新聞大阪朝刊/2006年12月13日)

一方、藤山直美は、撮影終了後にこんなコメントをしている。

「田辺先生のような大きな人を演じて、変なイメージを与えるんじゃないか、と悩んだこともあったが、人生にいい思い出ができた」「隼様(夫役の國村隼)に引っ張ってもらいながら、町子は女が30%、母性が70%の人やと思って演じてきた」「また、板(舞台)の上でしっかり芝居を重ねていきたい」(朝日新聞東京夕刊/2007年1月24日)

「きつかったですが、ご縁があればまた。ただ、もうすぐ50歳だし…」(スポーツ報知/2007年1月18日)

また、ヒロインのモデルとなった田辺聖子がドラマについて語った以下のようなコメントもあった。

(第1週試写を見て)「直美さんのかわいいこと。作為のないような演技に見えて、表情などで戦前の大阪の女の子の雰囲気を出してくださっている」「(少女のころからの夢だった作家への道を目指す様子を丁寧に描いていることについて)文学に興味のある人にとって、小説家になるにはどんなふうにするのかが分かるのでは」

「藤山さんはとってもうまい役者さん。國村さんの何気ないしぐさや、大家族の雰囲気もよく似ている」(毎日新聞東京朝刊/2006年11月9日)

実は國村隼と田辺聖子の交流は放送終了後も続いていたそうで、朝日新聞東京夕刊(2021年3月25日)記事では、國村が「先生の自宅でお酒を飲みながら、色々な話をうかがった」と言い、忘れられない一言として「本を読まへん大人が増えた。そやから『コドモ』みたいな国になってしもたんやわ」

ちなみに、ドラマでは夫の両親と妹、風来坊の兄、子ども5人の11人家族だったが、この設定は現実には微妙に異なっており、毎日新聞東京夕刊(2006年12月1日)の「特集ワイド:この国はどこへ行こうとしているのか 田辺聖子さん」では、「子どもの数は本当は4人。でも兄の代わりに神戸大生の弟、さらに姑(しゅうとめ)の妹もいたからやっぱり11人家族やね」と明かしている。火野正平演じる健次郎の兄・昭一は、近年の朝ドラでは一つの定番になっている「ヘンなおじさん」で「ダメな兄貴」の元祖のような存在だが、ドラマオリジナルだったとは。

また、田辺聖子が2007年1月1日の「民医連新聞」のインタビューで語った以下の言葉からは、ドラマの根底に流れる人間愛や恋愛観、結婚観がうかがえる。

「そうそう、若い女の子には、お料理を楽しむのと同じように、人への興味を持ってほしい。『けったいな人』や『風変わりな人』やと思う人も、いろんな経験を積んでそうなるに至ったのね。じっくりつきあい、観察してると『この人はこの人で一生懸命なんやな、いいとこあるやんか』って見つかる。何かの拍子に、新しい一面を発見して『そうか』と、思っていると、相手もきっとこちらの何かを発見しています。それは男性に対しても同じです」

料理シーンも多数。鶏飯が登場したこともありました。
料理シーンも多数。鶏飯が登場したこともありました。写真:アフロ

出演者の募金呼びかけや一日税関長、スタジオセット公開も

放送当時の様子がわかる資料として、秘書・矢木沢を演じたいしだあゆみが「NHK歳末たすけあい・海外たすけあい」オープニングふれあいデーで募金を呼び掛けたり(スポーツ報知/2006年12月2日)、健次郎の妹を演じた田畑智子が大阪税関所で一日税関長を務めたり(スポーツ報知/2006年11月29日)、2007年3月24日には、脚本家・長川千佳子を講師に迎えた公開講座「実践的・朝ドラ脚本」が行われたりした記録がある。

放送終盤には、町子の通う女学校のロケ地にもなった橋本市高野口小学校の校舎が原型を重視した形で改修されることが決まったという記事(朝日新聞大阪地方版/2007年2月20日)も。

また、「徳永家」の居間や応接間、町子の仕事部屋、玄関や「天満北商店街」のスタジオセットや、大阪の古い街並みを再現するためCGと合成した「実写用の模型展示」や、再現できるまでを紹介した「メーキング映像」をNHK大阪放送局で公開していたほか、週末には制作スタッフとのミニミーティングも行われたらしい(産経新聞大阪朝刊/2007年2月22日)。当時のセットはさすがに難しいだろうが、メーキング映像やミーティング風景などの映像があるなら観てみたいと思う視聴者は多いのではないだろうか。

AK制作・BK制作の違い

では、なぜ『芋たこなんきん』関連の記事は少なかったのか。

一つには、いわゆる東京制作(AK)に比べ、大阪制作(BK)のほうが広報含めてスタッフの人数が少ないため、取材対応が難しいことがあるだろう。単純にAK制作とBK制作を比較してみると、関連書籍などの数は往々にして「東多西少」となりがちだ。

加えて、先の記事「演出家が今だからこそ語れる『芋たこなんきん』制作秘話」でも触れたように、ただでさえ主演の藤山直美が非常に多忙であることから、取材時間を捻出する隙間はない。

そのため、自分が調べた範囲では、当時から新聞や雑誌などのインタビュー対応は相手役の「カモカのおっちゃん」健次郎を演じた國村隼が主で、ごく一部に田畑智子や、「関東煮・たこ芳」女将のイーデス・ハンソンの記事がある程度だった。

「史上最年長ヒロイン」ばかりを強調したメディアの功罪

さらに、メディアのスタンスの影響もあったように思う。

今のように朝ドラが注目されるコンテンツになる以前は、「AK制作=視聴率がとれる、人気作が多い」「BK制作=低視聴率」といった論調で語られることが多かった。そうした理由を分析する記事では、作品固有の世界観や質の高低無視で、きまって「ヒロインのきつい関西弁に視聴者が抵抗感を~」「方言が好かれない」といった説明に終始しがちだったが、『芋たこなんきん』の視聴率に関しては「スポーツ報知」(2006年12月12日)によると、第1回視聴率が関東で20.3%、関西で16.4%、初回から9週間の平均も関東で17.3%、関西で15.8%と「東高西低」だった。いかに偏見で記事が作られることが多いかがよくわかる。

また、朝ドラ第74作『純情きらり』(2006年度上半期)の宮﨑あおいと、第75作『芋たこなんきん』の藤山直美と、2作の朝ドラヒロインが同時に発表され、会見を行ったことで、メディアは過剰に「史上最年長ヒロイン」ばかりを強調していた。

「『純情きらり』はピアニストを夢見た女性が戦争で望みを絶たれ、みその蔵元を継ぐ物語。“史上最年長ヒロイン”となった藤山直美演じる『芋たこなんきん』は11人の大家族へ嫁ぐ36歳の女性を描く。藤山は『ヒロインの母親役かと思いました』と感想を。」(テレビライフ/2005年8月24日)

雑誌で「朝ドラ特集」「朝ドラヒロイン特集」などが企画される際にも、何かと「可愛かったヒロイン」のような切り口が多く、視聴率で苦戦・最年長ヒロインといったことから『芋たこなんきん』はあまり取り上げられず、それどころか「朝ドラ黒歴史」みたいな中にランキングされることすらあった。

特集でコメント依頼をいただき、個人的に歴代ベスト3に入る作品と語っても、そうしたくだりは全カット。同様に「朝ドラの相手役ベスト〇〇」のような企画で、カモカのおっちゃんを一人に選んだのに、いわゆるイケメン俳優だけにされたことも何度もある。

もちろん若くて可愛いヒロインも、若手イケメン俳優もそれぞれに魅力はある。しかし、朝ドラ視聴者がいつでも「若くて可愛いヒロイン+若手イケメン俳優」の物語ばかりを求めているわけではないということは、16年ぶりのBS再放送で『芋たこなんきん』がこんなにも話題になっていることからも、明らかだ。

朝ドラの観られ方が多様化したことのメリットを、16年を経た今、しみじみ感じている。

(田幸和歌子)

エンタメライター/編集者

1973年長野県生まれ。出版社、広告制作会社勤務を経てフリーランスのライターに。週刊誌・月刊誌・web等で俳優・脚本家・プロデューサーなどのインタビューを手掛けるほか、ドラマコラムを様々な媒体で執筆中。エンタメ記事は毎日2本程度執筆。主な著書に、『大切なことはみんな朝ドラが教えてくれた』(太田出版)など。

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