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異色の朝ドラ『カムカム』で最も異色な錠一郎という存在

田幸和歌子エンタメライター/編集者
画像提供/NHK総合

NHK連続テレビ小説(通称「朝ドラ」)の『カムカムエヴリバディ』は、3世代ヒロインの100年にわたる人生を描く異色の作品だった。

しかし、異色な点だらけの本作でも、特に際立っているのは、2代目ヒロイン・るい(深津絵里)の夫であり、3代目ヒロイン・ひなた(川栄李奈)の父・大月錠一郎(オダギリジョー)の存在である。

朝ドラの父親像といえば、かつては戦争で不在か「頑固親父」の2パターンに大多数が大別されていた。しかし、近年は『おかえりモネ』(2021年前半)の内野聖陽や、『エール』(2020年前半)の唐沢寿明、『なつぞら』(2019年前半)の育ての父・藤木直人、『半分、青い。』(2018年前半)の滝藤賢一のように、理解ある優しい父親か、はたまた『おちょやん』(2020年後半)のトータス松本、『スカーレット』(2019年後半)の北村一輝のようなダメ父・毒親の割合が増えている。

そんな近年の傾向においても、錠一郎の異質さは際立っている。「働かない父」は、これまでに何人もいたが、錠一郎の場合は、夫として家庭において可視化されにくい大きな役割を果たし、また、3世代ヒロインたちをつなぐ役割を担っていたためだ。

るいの記憶の扉を開き、傷を優しく包み込む

写真:イメージマート

母・安子(上白石萌音)と生き別れになり、18歳で岡山の雉真家を出たるいは、大阪に上京し、竹村クリーニング店で働き始める。そこにやって来る謎めいた客「宇宙人」が錠一郎だった。るいが偶然立ち寄ったジャズ喫茶「Night and Day」で錠一郎がトランペットを演奏する姿を見たことから、トミー北沢やベリー、マスター・小暮らと知り合い、世界が少しずつ広がっていく。

やがて錠一郎が演奏する「On the Sunny Side of the Street」を聴いたことで、どこで聴いたか思い出せないその曲に涙がこぼれそうになり、やがて記憶の奥底に封印していた母・安子との思い出が蘇る。

辛い過去を思い出したるいは怒り、悲しむが、「地蔵盆」のときに錠一郎と距離が縮まり、恋心を自覚するように。しかし、錠一郎から思いを伝えられても、自分の額の傷を気にするあまり、別れを告げようと、試着室の鏡越しに額の傷を見せる。そこで、錠一郎はるいの前髪をそっとおろし、振り向かせて優しく抱きしめる。

序盤では、記憶の扉を開け、安子の記憶と向き合い、額の傷を受け入れる役割を担っていた。

ところが、トランぺッターとしてデビューする目前に、トランペットが吹けなくなり、暗闇に突き落とされた錠一郎は、るいの目の前から消えようとする。しかし、るいがその手を放さず、結婚・京都に移住した後には、穏やかかつマイペースに暮らす「働かない父」になったように見えた。

可視化されない家事・育児を担っている役割

ホットドッグのケチャップもたこ焼きも落とす不器用な錠一郎は、回転焼きも上手に焼けず、長い間、家計には貢献していない。その時点で十分「ダメ父」ではあるだろうが、その実、錠一郎は何もしていなかったわけじゃない。

ひなたと一緒に時代劇を見たり、桃太郎の野球の練習に行ったり、朝ドラを毎日観たり………と書くと、遊んでばかりに思えるが、小4のひなたが夏休みの最終日に宿題を溜め込んで苦しんでいると、手伝ってあげ(算数ドリルもできなかったが)、友人たちに宿題を手伝ってもらっていると、「友達に恵まれてるんやな、ひなたは。それがどれだけ幸せなことか、僕らはよう知ってる」と戦災孤児だった自分と母と生き別れたるいの過去を思いだしつつ、「ひなたにとって、それより大事な夏休みの宿題はないよ」と微笑む。

ひなたがビリーに英語で何も話しかけられず、回転焼きに八つ当たりすると、「謝れ! お母ちゃんにも回転焼きにも謝れ!」と叱りつける。日頃優しく甘い父だからこそ、肝心なときの説教は威力抜群。その後、飛び出していったひなたをるいが追いかけ、「何があったん? お母ちゃん聞いてもええ?」と優しく語りかける心の余裕を持てるのも、錠一郎が叱り役をやってくれたからだろう。

実際、カタチだけの“なんちゃってイクメン”には、自分がどんな家事・育児をやっているか並べ立てるタイプが多いが、錠一郎の場合、何もしていないように見えて、雨に濡れて帰ったひなたの髪を自然に拭いていたり、子どもの様子をよく見て変化に気づき、話を聞いてあげたりしている。

実は育児では、こうした項目立てされない、可視化されない日常の小さなことの積み重ねこそが大変で、かつ大切で、そこを担ってくれる存在がいるということは、妻にとって大きな心のゆとりにつながるのではないだろうか。

かと言って、女性にとって都合の良い夫として描かれていないところもまた、錠一郎の魅力だ。

子どもたちに「ひなたの道」を示すこと

錠一郎が、子どもたちの「ひなたの道」を照らし続けた役割も大きい。

7年も交際した挙句、五十嵐に失恋したひなたと、長年思いを寄せていた小夜子に失恋した桃太郎が「あわれ合戦」を繰り広げていると、そこに錠一郎がトランペットを持って参戦。自分がかつてトランぺッターで、デビュー寸前で吹けなくなった過去を明かす。

また、五十嵐が時代劇スターになる夢を諦め、実家に戻るとひなたに告げ、結果的にひなたを傷つけた後も、五十嵐に会いに行った錠一郎は五十嵐を責めるどころか、トミー北沢のCDを渡し、自分にもかつて夢があり、破れたことを語る。

「五十嵐君はひなたのことを大事に思ってる。そやからこそ、ひなたの前から消えるんやって」と理解を示し、「これからいろんなことがあると思うけど、それが五十嵐君の選んだ道やったら、きっとそれが五十嵐君のひなたの道になるから」とエールを送ったのだった。

自身も夢破れ、暗闇の中でもがき苦しんでいたところを、るいに助けられた経験があるからこそ、五十嵐の気持ちに寄り添うことができる。それが、後に五十嵐に、アクション監督として生きる「ひなたの道」を見つける力を与えたのだった。

るいと安子の時間を結び付け、何歳になっても夢を追うことの素晴らしさを教えること

画像提供/NHK総合
画像提供/NHK総合

そして、最大の功績は、るいと安子の間に横たわる深く大きな溝と隔たった時間を結び付けたこと。18歳で大阪に出て以来、一度も帰っていなかった岡山の雉真家に里帰りしようと、るいに提案したのも錠一郎だし、そこから安子の行方を探すため、アメリカにるいを連れて行ったのも錠一郎だ。

そして、クリスマスフェスティバルで、アメリカに旅立った安子を思い、歌を歌ってみることをるいに提案したのも、「大阪のお母さん」竹村和子をフェスティバルに招待し、新幹線の切符などの手配までしてくれたのも、るいが安子とついに再会したときに「るいを産んでくれてありがとうございます」と、語ったのも、どれもこれも錠一郎の果たした大きな役割である。

さらに、かつては何も長続きしないダメダメだったひなたが、40歳過ぎて留学し、キャスティングディレクターとして活躍。ラジオ英語講座の講師として活躍するまでになったのは、安子からるいへと「ラジオ英語講座」のバトンが受け継がれてきたから。しかし、それだけではない。

おそらくトランペットが吹けなくなった後に、穏やかで優しい空気を家庭にもたらす「働かない父」として終生暮らしていくのかと思いきや、子どもたちが成長した後、るいのために猛特訓してピアニストになった。そうした錠一郎の姿に、何歳になっても夢を追いかけること、努力することの素晴らしさ、可能性に有効期限がないことを教えてもらったことも、ひなたにとっての原動力となったのだろう。

頑固親父でもなければ、単なる「ダメ父」でもなく、妻や子どものことをよく見て、深く愛し、人を愛する人。そして、人と人をつなぐ存在――大月錠一郎は、本当に異色で不思議な存在なのだ。

(田幸和歌子)

連続テレビ小説『カムカムエヴリバディ』はNHK総合 毎週月曜~土曜 朝8時放送ほか。

エンタメライター/編集者

1973年長野県生まれ。出版社、広告制作会社勤務を経てフリーランスのライターに。週刊誌・月刊誌・web等で俳優・脚本家・プロデューサーなどのインタビューを手掛けるほか、ドラマコラムを様々な媒体で執筆中。エンタメ記事は毎日2本程度執筆。主な著書に、『大切なことはみんな朝ドラが教えてくれた』(太田出版)など。

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