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【スーツケース階段運び炎上ホテル】現場取材でわかった真相!そもそも階段で荷物を運ぶホテルではなかった

瀧澤信秋ホテル評論家
炎上したシーンの現場(筆者撮影)

本記事は、8月13日に放送され物議を醸したテレビ番組のワンシーンについて触れたYahoo!ニュース(個人)執筆記事(8月18日掲載)の続編となるが、現場レポートも含めかなり長くなってしまうことを事前に断っておく。

登大路ホテル奈良“スーツケースを手に階段を駆け上がる女性スタッフ”放映シーンは何が問題だったのか? Yahoo!ニュース(個人)

本記事の導入として上記記事から以下引用する。

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高級ホテルの現場を収録した人気テレビ番組のワンシーンが物議を醸している。航空会社から派遣された研修中の女性スタッフが、ゲストのスーツケースを持って階段を上がるシーンだ。ゲストは他のスタッフにアテンドされエレベーターで客室階へ向かうが、エレベーターで向かうゲストに追いつくべく、女性スタッフはスーツケースを手に取り階上へ駆け上がった。エレベーター内での密を避ける目的という釈明もなされたようであるが、そんなワンシーンについてSNSを中心に多様な意見が飛び交っている。

こうした指示そのものがパワハラではないかといったものから、スーツケースを乱暴に扱うことへの違和感を呈する意見、ゲストと一緒ではなくても階段ではなくスーツケースをエレベーターで運べばいいのでは?といった感想やサービスについて再考すべきというホテル全体への提言的なものまでみられた。

(中略)

なお、問題となったシーンにおいては上司の言動等への指摘もみられたが、現段階では編集されたテレビ映像という断片的な情報しかないため、直接ホテルへの取材(運営スタイルや建物構造なども含め)・事実関係の確認等が必要な内容については実際の取材後に改めて纏めることにする。(以上引用終わり)

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本記事は引用末尾の「直接ホテルへの取材」「取材後に纏める」に対応するレポートとなる。

現場取材に至った理由

このような、いわゆる炎上はしばらくすると鎮火するのが常。ゆえに一定時間経ってから再び記事として取り上げることは、忘れられる権利的な部分から見てもある種侵害するような行為とも思料した。

一方で、今回の件はホテル業界全体に対する教訓的な部分も相当含まれており、記事化するしないにかかわらず、まずは現場で事実関係を確認すべきと考えた。実際に取材に出向いたのもかかる理由による(無論この時期だけに事前の徹底した感染症対策のもとであることは言うまでも無い)。

単なる興味本位で、ホテル側が困惑している様子を知り、ホテル側の謝罪を引き出し、反省の弁を聞きたいというようなことではなく(ホテル側から自発的にそうした話が出るのは別としても)、明らかにされていない事実関係について先入観を排し確認したいという思いあっての取材であった。

ちなみに筆者は「登大路ホテル奈良」の名前と存在は知っていたものの、ホテルへは行ったことがなく関係者との面識も全くない。取材申し込みは公式ホームページの問い合わせ欄から送信した。仕事柄、ホテル業界関係者とのつながりが広いこともあり、誰かしらに問い合わせれば紹介してもらえたかもしれないが、センシティブな内容にして紹介を経ることで(ホテル側は紹介者に配慮して不本意な受諾となる可能性もあり)ニュートラルな取材ができないとも考えた。

事前に調べてみると、同ホテルは全14室のスモールラグジュアリーホテルとのこと。かような規模ゆえ取材行為がホテルやゲストの迷惑になる可能性も勘案、偶然にも実は年に2回というメンテナンス休館日が直近ということでその日に合わせた。突然の取材依頼、しかも対応しにくいだろう内容にもかかわらず、総支配人はじめスタッフのみなさまには真摯に対応いただいた。取材は総支配人へのインタビューを基本としつつ、現場スタッフの声も照らし合わせつつすすめた。

そもそもスーツケースを階段で上げるホテルではない?

まず、ホテルに足を踏み入れて違和感を覚えた。レセプションカウンターのスペースはかなり狭く、広さだけでいったらビジネスホテルのような規模だ(質感は全く異なるが)。スモールホテルとはいえ、ラグジュアリーにしてここでチェックインはイメージできないという印象。

まずその辺りの話を聞いてみると、なるほどという答えが返ってきた。ロビーへ入るとレセプションカウンターは左手になるが、右手には重厚感ある広々としたラウンジがあり、実はゲストはそのラウンジでチェックイン手続きをするのだという。

チェックインはラウンジで行われる(筆者撮影)
チェックインはラウンジで行われる(筆者撮影)

ラウンジでのチェックインは、小規模なデラックスホテルでよくみられるスタイルだ。こうした場合に多いのは、荷物はチェックイン手続きの間に客室へ運ばれているといったパターンであるが、確認してみるとやはりその通りでチェックイン手続き中にエレベーターにて客室へ運ばれるとのこと。

テレビのシーンにあったような、階段でスーツケースをバゲージアップ(ゲストの荷物を階上の客室へスタッフが運ぶこと)するケースはあるのか?と現場を担当する白髪で大柄なベテラン男性スタッフに聞いてみると、しばらく考えた後に「例外を除いて基本的に無いです」と答えた。 

例外について聞いてみると、満室などの際にスモールホテルといえどもゲストを乗せたエレベーター稼働が頻繁になるようなタイミングがあり、「極々稀ですが階段でスーツケースを運ぶこともあります」と話してくれた。実際にエレベーターに乗って測ってみると1階から2階への移動に10秒ほど要した。一方の階段は22段あり実際に急ぎ足で上ってみると約10秒と同じくらいの時間を要する。

かなりスローな動きのエレベーターゆえに(それが高級ホテルの余裕のようにも感じたが)ゲストの利用頻度によってはスーツケースの運搬専用には使えないシーンは出てくるのかもしれない。例外とした階段で運ぶケースについてさらに尋ねると「統計をとっているわけではないので割合はわかりませんが・・・」としばらく考えた後「たとえば100組のゲストがいたとしたら多くても2~3回といったイメージです」とのこと。

他方、ラウンジでのチェックイン中に荷物は運ばれるものの、中には荷物を携行したいというゲストもいるかもしれない。ケースとしてはかなり少数というが、そうした際には、2名の場合スタッフのアテンドと共に荷物もエレベーターに同乗され、3名の場合には(3名で荷物と同時にというリクエストはまずないというが)やはり荷物は別途エレベーターで運ばれる。エレベーターの床サイズを確認してみると、筆者のメジャー計測であるが約160×約140で確かに説明がピッタリくるスペースだった。

100組に2~3組と質問に答えてくれた男性スタッフ/実際にスーツケースを持ってもらった(筆者撮影)
100組に2~3組と質問に答えてくれた男性スタッフ/実際にスーツケースを持ってもらった(筆者撮影)

稀に階段で運ぶ際には「そういう時には私も運びますがもちろん男性の仕事です」と前出のベテランスタッフは続けた。それはロビーのとあるオブジェを見て(筆者個人として)そりゃそうかもしれないと感じた。そのオブジェとは、登大路ホテル奈良がSLHの加盟ホテルであることを示すものだ。SLHは「スモール・ラグジュアリー・ホテルズ・オブ・ザ・ワールド」の略で、世界90カ国以上/520軒以上の独立系ラグジュアリーホテルが加盟する会員組織である。

すなわち、ワールドワイドなクオリティを担保しつつサービスを提供することが前提となるホテルということになろうか。そりゃそうかもしれないというのも、国際的にはホテルで女性スタッフが力仕事をすることはタブーであり批判の対象になることはよく言われるからだ。ましてやゲストの前でそんな光景が繰り広げられたらそれこそ炎上モノだ。登大路ホテル奈良でも階段利用の有無以前に、女性スタッフが力仕事を担当することは当然に忌避されるという。

では、あのシーンの真相は?

以上が同ホテルでの荷物移動スタイルの現場取材で得られた結果であったが、とすればテレビのシーンにあった航空会社から出向した研修の女性が、スーツケースを携え階段を上がるワンシーンは何だったのだろうか? 大いなる疑問である。まず、通常の運営と異なる特殊な条件として考えられるのは、やはりテレビの収録が何か影響しているのではないか?ということだろう。

同ホテルでの収録時、ロケは1日がかりだったという。これは納得できる話で、筆者もテレビロケや出演の機会をいただくが、10分の放送尺で丸1日の収録というのは決して珍しくなく、以前20分のコーナーで2週間ホテルロケをした経験もある。とはいえ、決して悠長な現場では無く常に時間に追われまくっているのが実情だ。

話を戻して、そもそも映像に映ったような(研修の)女性がスーツケースを引いて先導する行動そのものは、(これまでのホテルの説明に嘘がなければ)登大路ホテル奈良のリアルではない。加えてドキュメンタリーの番組にして、テレビのスタッフから“奮闘シーンを撮りたいので階段で上がってほしい”というリクエストや指示(それはヤラセという)が女性にあったのかといえば、「もちろんなかった」と当時現場にいたスタッフは証言してくれた。

(筆者撮影)
(筆者撮影)

炎上が広がったこともあり、センシティブな部分からも直接女性への取材は辞したが、取材で得た話をまとめてみると、時間との勝負という収録の現場環境において、アテンドされ客室へ向かうゲストを収録しているカメラに追いつくべく、当人のその場の判断で自ら抱えて階上へ上がったことがわかった。ちなみにこの研修スタッフの女性は、放送でもあった通り航空会社ではグランドスタッフとして勤務しており、日常的に重量級のスーツケースを動かす業務にも携わっていたといい、小型のスーツケースにして違和感なく自ら階上に運んだという。

確かに収録中に階段で上がって下さいという指示があるとすれば(前述のとおりドキュメンタリーにおいてもしそうだとしたらヤラセであるが)、映像としては一度カットされるのが自然であるが、流れからしてもそのような映像ではない。収録に際してホテルや上司から前もってこうして下さいという事前の指示があったという事実も取材の範囲ではなかった。以上を総合的に勘案すれば、女性スタッフがあの場の判断としてスーツケースを抱えて階段を上がったというのは確かに腑に落ちる話である。

とはいえ、直接的な指示はなかったとしても、研修という環境下において間接的にしろ、結果として上司からのある種のプレッシャーを女性が感じつつ、階段を駆け上がったのかもしれないとすれば、それをブラック・パワハラ(それは基本的に指示された者が評価することであるが)というのかは別としても、可能性は否定出来ない部分もあるだろう。

可能性という話になれば、テレビ側からは要請などなかったものの、“奮闘する航空会社からホテルへ出向した研修スタッフ”という番組テーマにホテル全体としてテレビ番組に忖度、思わず“盛ってしまった”ことだってあるかもしれない、ということになる。そんな無粋な質問は控えたが。また、(メディアの世界では常識であるが)テレビや新聞に代表されるように、取材や収録を受けた側が、事前に内容をチェックすることが叶わないことは、報道の原則という点からも言うまでもない。

ところで、上司といえば放送で登場するスーツ姿の男性も批判の対象となった。言動をはじめ、ネクタイ、名札が曲がっていた姿もSNSで指摘された。会話や現場のやりとりだけでいえば、“放送で不本意な一部が切り取られた”という弁解はできるのかもしれないが、ネクタイや名札が曲がっていた映像という事実については、高級ホテルのベテランホテルマンだけにより弁解の余地はないだろう。収録当日は、通常業務を終えて(休憩を挟んで)からだったというものの、身だしなみという基本的な部分だけに批判を受けたショックは大きく、いまだ反省しきりだという。

SNS等の多様な意見も鑑み、様々なケースについて触れるべく慎重に取材した記事ということでボリューミーになってしまったがお許しいただきたい。

ホテル広報の重要性

今回の件についてホテル評論家として別の視点から問題を指摘したい。スーツケース、ネクタイ、名札の件も含めて筆者が抱いた単純な疑問は広報担当者の存在についてである。特にホテルはイメージが重要な業種でメディア対応についても慎重を期す。筆者も仕事柄ホテル広報担当者との付き合いは深いが、テレビ収録ともなれば広報担当者はピッタリと(表現は悪いが)張り付くのが常だ。

筆者の場合、ホテルでロケをするというケースは、ホテル評論家としてホテルを案内するといったものが多いところ、筆者の立場からしても広報担当者の同行は必須である。たとえば、ロケとはいえ事前に客室面積など数字や製品名といった固有名詞を全て正確に暗記するのは難儀であり、収録しつつ時にカメラを止めて目の前の広報担当者に確認しながらすすめる。

そんな広報担当者はカメラを回す前には、ベッドシーツのシワひとつもチェックし直す。評論家といえど、芸能人のようにテレビ慣れしているわけではないので、時間が押している収録の場では進行や流れに気を取られてしまうことは多く、筆者の“蝶ネクタイが曲がっています”とカメラが回る前に広報担当者から指摘され直したことは何度もあるくらいだ。

ホテル広報担当者に対するセミナー等の機会も多いが、先日とあるホテルで、登大路ホテル奈良のスーツケース、名札、ネクタイ等々の件を教訓的な話としてテーマにした。とある広報担当者は「スーツケースの件など背筋がゾッとした」といい「ウチのホテルでも一歩間違えたらあり得ない話ではない」とため息をついた。

他のホテル広報担当者は「出演対応するスタッフはどうしても多忙な日常業務に加えてのテレビ対応になりがち。ゆえに曲がっているネクタイなど指摘したことは実際に何度もある」と漏らした。特にテレビ等のメディア露出効果は計り知れないが、一方の怖さも広報スタッフは知り尽くしている。ゆえに万全を期す。

そんなホテルの広報担当者は、俗な表現で恐縮だが花形職種にして“デキる人が多い”印象だ。自身のホテルのあらゆるデータを把握・記憶し何を聞かれても返せる。そんな頭脳と繊細さの反面体育会系ともいえる忍耐力や行動力も必須。登大路ホテル奈良にそんな広報担当者がいたとしたら今回の炎上はありえないと思われるが、総支配人に聞いてみるとやはり「専任の者はいませんでした」という答えと共に、内部の事情も吐露してくれた。

(筆者撮影)
(筆者撮影)

誤解の無いように加えると、専門の広報担当を置けるホテルは相応な規模のホテルだ。東京の有名ホテルで取材をしていると当然のように広報担当者という話になるが、ホテル全体として見た場合には稀。マーケティング担当者が兼任するのはまだ良い方で、営業担当が担う場合もあれば支配人が登場することもある。

奈良という地の独立系の小規模ホテルに、広報専任がいないことはある種当然のことでもある。広報の必要性とは無関係に運営されてきた地方観光都市スモールホテルに幸か不幸か全国区の人気テレビ番組収録が入った。本来ならば広報担当者が守るべき一線の認識もないまま収録はすすめられた。あえてこれが幸か不幸かといえば、今後に繋がる教訓を得たという点では、結果、貴重な機会を得たと捉えることはできるかもしれない。

ホテル業界全体の教訓的な話として広報に重要性について述べてきたが(もちろんホテル業界以外であっても重要)、決して登大路ホテル奈良の弁護をするわけではなく、この点でも全国放送のテレビ取材を受けるのに相応の対策ができていなかったホテル側に大きな問題があったことは間違いない。

この他、総支配人からは全国の多くの人々に不快な思いをさせてしまったことに対する謝罪や反省の弁、改善すべくホテルが取り組んでいることなどの話も聞かれたが、事実関係に着目する取材だったのでここには詳細を記さないことにする。

*   *   *

事実のほんの一部を切り取るのがメディアの仕事であり、その切り取られたほんの一部が受け手にフォーカスされ、事実とは離れた場所でポジティブにもネガティブにも拡散する。良い悪いではなくそれも現代の多様化する情報の一部であり、けだしそういうものでありそしてそういう時代ということだろう。

最後になるが、評論家としては先入観を排しているつもりでも個人的に反省すべきことがあった。筆者は今回の放送シーンで、スーツケースの件やネクタイ、名札ということよりも別のシーンに大いなる違和感を抱いた。カウンター内にて女性スタッフ同士が話しているシーンで「(お客様に)してあげる-」と話す場面があった。“してあげる”とは随分上から目線の言い方だなぁ、ホテルの体質がそういうところに出るんだよなぁと感じた。少なくともそういうセリフをカメラの前で発するのはダメだよなぁという単純な感想だ。

総支配人、現場スタッフにそのことも聞いてみたところ意外な答えが返ってきた。登大路ホテル奈良のコンセプトのひとつにサプライズがあるという。何かサプライズをしてお客様に驚いて喜んでもらいたいというのは、14室のスモールラグジュアリーならではだろうか。そのような訳で「お客様に(サプライズ)してあげてください」という表現は日常的に用いられているという。文脈全体として聞くとなるほどなぁと思い、シーンの一部を切り取って批判めいた感想を持っていた自分を恥じた。

これもまた優秀な広報担当者がいれば解決されていたことなのだろうか。

ホテル評論家

1971年生まれ。一般社団法人日本旅行作家協会正会員、財団法人宿泊施設活性化機構理事、一般社団法人宿泊施設関連協会アドバイザリーボード。ホテル評論の第一人者としてゲスト目線やコストパフォーマンスを重視する取材を徹底。人気バラエティ番組から報道番組のコメンテーター、新聞、雑誌など利用者目線のわかりやすい解説とメディアからの信頼も厚い。評論対象はラグジュアリー、ビジネス、カプセル、レジャー等の各ホテルから旅館、民泊など宿泊施設全般、多業態に渡る。著書に「ホテルに騙されるな」(光文社新書)「最強のホテル100」(イーストプレス)「辛口評論家 星野リゾートに泊まってみた」(光文社新書)など。

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忌憚なきホテル批評で知られる筆者が、日々のホテル取材で出合ったリアルな現場から発信する辛口コラム。時にとっておきのホテル情報も織り交ぜながらホテルを斬っていく。

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