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登大路ホテル奈良“スーツケースを手に階段を駆け上がる女性スタッフ” 放映シーンは何が問題だったのか?

瀧澤信秋ホテル評論家
荷物ひとつとってもホテルサービスには様々なエッセンスがある(筆者撮影)

テレビ番組のワンシーンが物議を醸す

高級ホテルの現場を収録した人気テレビ番組のワンシーンが物議を醸している。航空会社から派遣された研修中の女性スタッフが、ゲストのスーツケースを持って階段を上がるシーンだ。ゲストは他のスタッフにアテンドされエレベーターで客室階へ向かうが、エレベーターで向かうゲストに追いつくべく、女性スタッフはスーツケースを手に取り階上へ駆け上がった。エレベーター内での密を避ける目的という釈明もなされたようであるが、そんなワンシーンについてSNSを中心に多様な意見が飛び交っている。

こうした指示そのものがパワハラではないかといったものから、スーツケースを乱暴に扱うことへの違和感を呈する意見、ゲストと一緒ではなくても階段ではなくスーツケースをエレベーターで運べばいいのでは?といった感想やサービスについて再考すべきというホテル全体への提言的なものまでみられた。何らかのきっかけで特定業界にまつわる潜在的問題が注目され、(誹謗中傷は論外として)多様な批判・意見が飛び交うことは、社会問題解決という視座からもその端緒になるのではという評論家としてのスタンスもあり深考してみたい。

なお、問題となったシーンにおいては上司の言動等への指摘もみられたが、現段階では編集されたテレビ映像という断片的な情報しかないため、直接ホテルへの取材(運営スタイルや建物構造なども含め)・事実関係の確認等が必要な内容については実際の取材後に改めて纏めることにする(取材が叶えば)。また、派遣、パワハラなのか否かといった労働問題や危険性という点も他の論説に譲り、今回はホテル評論家として、スーツケースをアプローチにホテルサービスという点から問題点にフォーカス、“忖度・齟齬”というワードも切り口に見ていきたい。

ホテルスタッフの役割

まず、基本的な知識となるが、一般的にホテルのスタッフには様々な役割分担がある。ゲスト目線でホテルに到着したシーンからみてみよう。まずエントランスでゲストを迎えるのが“ドアマン”。具体的には、ホテルへ到着した車のドアを開け、館内へとアテンドする。車の手配・誘導といった役割も担うこともある。続いて“ベルマン”。ゲストの荷物を客室に運んだり、客室までの案内などを行うスタッフである。

もちろん、こうしたサービスを行うのは相応のホテルということになる。基本的にはフルサービスタイプのホテルであり、ビジネスホテルのような宿泊特化タイプ(リミテッドサービス)ではみられない。(何を持って高級かはさておき)ゲストの荷物を運ぶのは、高級とされるホテルで提供されるサービスといえる一方、高級とされるホテルでも、こうしたサービスは省略されるシーンに出会うこともある。

スーツケースを“引く”違和感?

古民家ラグジュアリーホテルではエントランスから手に持って運んでくれた(筆者撮影)
古民家ラグジュアリーホテルではエントランスから手に持って運んでくれた(筆者撮影)

くだんのテレビシーンから、当該ホテルはゲストを客室まで案内し、荷物を運ぶサービスも提供するホテルであることがわかる。筆者のこれまでの経験という範疇で恐縮だが、スーツケースなど荷物の扱いについてはホテルによりけりだ。到着した瞬間からバゲッジカートに載せられ客室まで運ばれるのは規模の大きなホテルに多い印象。ホテルの構造上、エントランスからのアプローチが不安定なケース(庭を歩くなど)、館内でも客室へ向かう動線に階段しかないような場合はベルスタッフが手に持って運ぶことになろう。

「手に持って」と書いたが、別の視点から今回の映像に違和感を抱いた。キャスター付きスーツケースの場合、無論引いた方が楽に安定した移動できるわけであるが、時にホテルスタッフがスーツケースを引かず、“手に持って運ぼう”とするシーンに出会う。申し訳なさが先立ち「引いて運んで下さい」と申し出ても「いえ、大丈夫です!」と固辞される。根底には、ホスピタリティ・マインドに加え、ホテルスタッフがスーツケースを引く行為が“楽をしているように見える”ということがあるのだろうか。

自分で載せてバゲッジカートを引く大型観光ホテル(筆者撮影)
自分で載せてバゲッジカートを引く大型観光ホテル(筆者撮影)

テレビ映像では、女性スタッフはスーツケースを引いているが、ゲストに追いつこうと階段を駆け上がるような(仮にこれをホスピタリティというのなら)ことまでしているのに、他方、ゲストのスーツケースを引いて移動している姿が筆者にはチグハグに映った(若しくはゲストが引いて下さいと言ったのか)。筆者個人としては、そもそも長期取材が日常的なので重量級スーツケースということもあるが、引いて下さいという申し出が固辞されても、改めて持たないで引いて頂くように申し出る。

ホテルサービスの齟齬

というよりも、至極個人的には誤解を恐れず言うと、荷物を運ばれることそのものがあまり好きではない。運ぶことをホテルサービスの一つとしているホテルならば、仕事上の体験としてサービスを享受することはもちろんある。他方、あまり好きではないというのは、運んで貰うことが申し訳ないということとは別に、早く客室に入って落ち着きたいという思いが強いことが第一にある。荷物を運んでいただくシーンは気遣いに溢れているが、事故のないよう気をつけつつゆっくりということで、こちらも気遣ってしまうこともある。

このような“せっかち人間”なので、後ほど客室へお持ちしますというのも苦手だ。客室でスタッフが到着するのを待っている間はやはりだら~んとできない。結果、ケース・バイ・ケースではあるものの、自分で運ぶのが一番合理的でありそのようにする。個人的な例を出してしまったが、かようにゲストは千差万別ゆえ、ホテルが画一的に提供するサービスとの間には両者の思いに当然“齟齬”ができる。顧客満足を超越し、個人満足を隅々まで究極に充足させるサービスの提供できることはホテルの理想なのだろうが、無論それはなかなか難しい。

ゆえに、多くのゲストが不快に感じないレベルのサービスを提供することに合理性があろう。他方、ホテル側からすれば、どんなサービスでもそこにはコストがかかっているわけで、ゲストが不要と感じるサービスは廃したいと考えるだろう。とはいえ、スーツケースでいえば、荷物を運ぶことが高級ホテルサービスの常識という中にあって「このホテル高級を謳っているのに荷物も運んでくれない」というゲストがいるとしたらやはりマズいことになる。

ある種の忖度?

話を戻して、テレビのシーンではエレベーターに荷物は同乗しなかった。「このホテル荷物を別に持ってきた!」と憤る人も中にはいるかもしれないし、「別に運んできたのに追いついている!」と喜ぶ人もいるかもしれない。いずれにしても、果たしてエレベーターに荷物は載せず、手に携え階段で追いついてもらうことは(そのプロセスは別としても)ゲスト一般の思い・要望の充足といえるだろうか。

当該ホテルについては前述のとおり事実関係を確認する必要はありそうだが、いずれにしてもホテル一般としては、提供するサービスは“ゲストのため”という思いが一義的にあると信じたい。一方で、組織運営という現実との狭間で、本来ゲストのためにと行われるサービスが副次的にその目的や意識が変容、現場・ゲストの要望とミスマッチしていくということがあるのならば、組織論とホテルという観点から興味深い。

必要か不要かにかかわらず“これがゲストに対するよりアッパーなサービス”“他ホテルとの差別化”・・・などとホテルは多彩なサービスを生み出し提供しつづけてきた。時に行きすぎたのゲストへの忖度というシーンもあっただろう。他方、こうした“忖度”もホテルサービスを成長させてきたエッセンスであることは間違いない。

そして、ホテルはそうしたサービスに自信を持って(あるいはもはや常識として)提供する。そんなサービスに感動するゲスト、当然と感じるゲスト、不要と思っても断りにくく甘受するゲストとの狭間で今日もホテルサービスは繰り広げられる。

ホテル評論家

1971年生まれ。一般社団法人日本旅行作家協会正会員、財団法人宿泊施設活性化機構理事、一般社団法人宿泊施設関連協会アドバイザリーボード。ホテル評論の第一人者としてゲスト目線やコストパフォーマンスを重視する取材を徹底。人気バラエティ番組から報道番組のコメンテーター、新聞、雑誌など利用者目線のわかりやすい解説とメディアからの信頼も厚い。評論対象はラグジュアリー、ビジネス、カプセル、レジャー等の各ホテルから旅館、民泊など宿泊施設全般、多業態に渡る。著書に「ホテルに騙されるな」(光文社新書)「最強のホテル100」(イーストプレス)「辛口評論家 星野リゾートに泊まってみた」(光文社新書)など。

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忌憚なきホテル批評で知られる筆者が、日々のホテル取材で出合ったリアルな現場から発信する辛口コラム。時にとっておきのホテル情報も織り交ぜながらホテルを斬っていく。

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