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温泉街を見下ろす迷宮ホテル、廃墟探訪でも知られた不気味な建物取り壊しの怪?

瀧澤信秋ホテル評論家
取り壊しが進む大型観光ホテルの廃墟(提供:若林正樹)

各地に残る宿泊施設の廃墟

バブルの爪痕という表現を時々耳にするが、各地にある温泉街でそれを実感するのが大型宿泊施設の廃墟の光景である。バブル経済とは1980年代後半から90年代はじめにかけてみられた好景気のことを指すが、宿泊業界も隆盛を極めた時期であり、温泉地でいえば団体客が大挙して押し寄せた頃でもあった。そうした需要に対応できるような大型観光ホテルといわれる施設は需要に呼応し、そのスケールを益々拡大させていた。

その後のバブル経済崩壊は、旅行についていえば団体客から個人へシフトする風潮もあいまって、大型施設はその規模も仇となり破綻する施設を続出させた。ファンドに売却されるなどしてリブランドするケースもあったが、利用価値がないと判断された施設は買い手もなく営業は再開されることがなかった。そんな大型施設のハードは確かに往時の隆盛をイメージできるものの、時間の経過と共に権利関係も複雑となり、取り壊すにも莫大な費用がかかるという現実からただただ朽ちていく姿をさらしている。

長年にわたり温泉街を見下ろし続けてきた大型観光ホテルの廃墟(右側山腹/筆者撮影)
長年にわたり温泉街を見下ろし続けてきた大型観光ホテルの廃墟(右側山腹/筆者撮影)

近年、訪日外国人旅行者需要に支えられた観光バブルが指摘される中にあっても、そうしたハードは建て直されることもなく温泉街に暗い影を落とす。最近、栃木県鬼怒川温泉の川沿いにある廃墟旅館がにわかに注目を浴びテレビのワイドショーで放映されたことがあった。温泉旅行というせっかくのポジティブなシーンにあって、現地に到着し目の前にあるのは廃墟では気分が盛り下がるというものか。コロナ禍以前から地方の温泉地の中には集客に苦戦を強いられているところも多いと聞くが、そうした環境の中での昭和の負の遺産ともいえる廃墟の存在は、温泉街にとってもマイナス要素でしかない。

信州戸倉上山田温泉の隆盛

コロナ禍で大きな影響を受けた静かな温泉街にも明るいニュースが(筆者撮影)
コロナ禍で大きな影響を受けた静かな温泉街にも明るいニュースが(筆者撮影)

筆者にとって温泉街の廃墟で印象深いのが、信州戸倉上山田温泉の「信州観光ホテル」だ。近隣の長野県上田市出身ということもあり、幼い頃から戸倉上山田温泉は思い出のある温泉地。信州観光ホテルという存在も当然知っていたが、山の懐にそびえる巨大な様は豪華で立派な巨大ホテルという印象であった。宿泊料金もそれなりで筆者の家庭では泊まるチャンスもなかったが、信州を離れ年月を経て久しぶりに同地を訪れ唖然とした。完全な廃墟として朽ちた姿をさらしていたのだ。

一般社団法人 信州千曲観光局 代表理事 若林正樹さん(筆者撮影)
一般社団法人 信州千曲観光局 代表理事 若林正樹さん(筆者撮影)

この温泉地の歴史は明治時代にさかのぼる。もともと千曲川の河原にわき湯はあったが、横川~軽井沢間の鉄道開通により東京と鉄路で結ばれることになった1893年(明治26年)、温泉の開祖といわれる坂井量之助により温泉が開湯、温泉地としてその後の繁栄の礎となった。

この地で代々宿泊施設を営む一般社団法人 信州千曲観光局の若林正樹さん(湯元上山田ホテル代表取締役)によると、もっとも温泉街が賑わったのは昭和40年代だったと往時を振り返る。昭和30年代の中頃から団臨(団体臨時列車)が運行され、全国各地から団体客が戸倉上山田温泉に集った。昭和42年の善光寺ご開帳、昭和44年のNHK大河ドラマ「天と地と」によるブームでも温泉街は勢いづき大いに賑わったという。

迷宮のような廃墟ホテル

継ぎ足し継ぎ足し増築された観光ホテル(提供:若林正樹)
継ぎ足し継ぎ足し増築された観光ホテル(提供:若林正樹)

信州観光ホテルは昭和26年の開業で、温泉街の隆盛と共に時流に乗り昭和40年代は多くの人々が押し寄せていたと地元の関係者は話す。開業当初は木造3階建てだったというが、温泉街の活況と共に増改築が繰り返し行われ、約400人を収容する客室をはじめ大型の宴会場、コンベンションホールなどを擁する大型観光ホテルに成長した。

1980年代後半のバブル経済でピークを迎えた信州観光ホテルであったが、平成に入り業績は悪化、度重なる増改築の借り入れも負担となり1997年(平成9年)営業を停止、破綻した。いわゆるバブル経済の崩壊による典型的な宿泊施設破綻の図式であるが、山腹に建てられた巨大ハードゆえ取り壊しにも一説には2億円以上ともされる莫大な費用を要することや、山が崩れる可能性などリスクは高く買い手はあらわれることなく廃墟の姿をさらし続けた。

解体が進み唯一看板だけがホテルの存在の手かがりだ(筆者撮影)
解体が進み唯一看板だけがホテルの存在の手かがりだ(筆者撮影)

度重なる増改築と前述したが、館内はまるで迷路のようだったという。廃墟探訪という点からいうと“非常に魅力的な迷宮物件”と評され、そうしたことからも別の意味で人々が訪れるようになったというから皮肉なものである(※)。リーマンショックに震災と温泉街全体としても景気は下火になる中、晒され続ける大型観光ホテルの廃墟は、町にとっても住民の心理にもネガティブ要素でしかなかった。一方で、権利関係の問題や市への合併移行などもあり、行政としても手を付けられないままだったという。

※許可無く廃墟へ立ち入る行為は刑事罰に問われることがある

一転、解体がスタート!?

一転、解体が進むことに(筆者撮影)
一転、解体が進むことに(筆者撮影)

その後も信州観光ホテルは廃墟のまま、温泉街にとってネガティブな存在感が増すばかりだった。平成23年~25年にかけては長野県滞納整理機構へ移管、公売も実施されたが入札者はいなかったという。当然といえば当然だ。山腹にへばりつくように残る大型廃墟の取り壊しは、費用負担も含め通常の物件以上に困難であることは想像に難くない。

ところがである、2020年3月物件をある会社が取得したという情報が入ってきた。こんな物件を取得するとは一体どういうことなのか?全国各地に手つかずのまま放置されている大型宿の廃墟という現実を見てきただけに、廃墟探訪で人気という信州観光ホテルの取り壊しが着手されることにはある種の“怪”を感じた。そんな数々の疑問は筆者を現地へ向かわせる理由としては充分だった。

訝しげに現地で取材する筆者に関係者が明かした話とは、取得した会社(群馬県)がなんと解体業も事業にしている会社であるという事実だった。廃墟の撤去には解体という大きなハードルがあるだけにトントン拍子に進む解体処理には逞しさすら感じる。年内を目処に解体を完了させる方向で、その景観といった長所を生かし何らかの新しい施設が誕生するポジティブな話まであるという。まったく幸運なケースとしか言いようがない。景観や防犯上の課題の解決という点をはじめ、信州戸倉上山田温泉のイメージアップにはこのうえない“三歩前進”ともいえる明るいニュースだ。

若林さんの湯元上山田ホテルも地元のゲストが次第に増え明るさを取り戻している(筆者撮影)
若林さんの湯元上山田ホテルも地元のゲストが次第に増え明るさを取り戻している(筆者撮影)

取材に訪れたのはまさに梅雨といった空模様の朝。取り壊しが進むコンクリートの塊は雨で黒く濡れていた。コロナ禍でひっそりとした温泉街が余計に寂しく感じられたが、午後になると束の間の癒しを求め温泉旅館を訪れる県内ナンバーの車がちらほらと。長年の懸案だった廃墟も少しずつその姿を消していく-温泉街を訪れる近隣の人々の姿がとても明るくそして温かく感じられた。

ホテル評論家

1971年生まれ。一般社団法人日本旅行作家協会正会員、財団法人宿泊施設活性化機構理事、一般社団法人宿泊施設関連協会アドバイザリーボード。ホテル評論の第一人者としてゲスト目線やコストパフォーマンスを重視する取材を徹底。人気バラエティ番組から報道番組のコメンテーター、新聞、雑誌など利用者目線のわかりやすい解説とメディアからの信頼も厚い。評論対象はラグジュアリー、ビジネス、カプセル、レジャー等の各ホテルから旅館、民泊など宿泊施設全般、多業態に渡る。著書に「ホテルに騙されるな」(光文社新書)「最強のホテル100」(イーストプレス)「辛口評論家 星野リゾートに泊まってみた」(光文社新書)など。

ホテル評論家の辛口取材裏現場

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忌憚なきホテル批評で知られる筆者が、日々のホテル取材で出合ったリアルな現場から発信する辛口コラム。時にとっておきのホテル情報も織り交ぜながらホテルを斬っていく。

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