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どうする!相続~「だれ!?この人」“見知らぬ相続人”が現れた!

竹内豊行政書士
(提供:イメージマート)

田中太郎さん(56歳)は、父一郎さんを3か月前に亡くしました。母親の花子さんは一郎さんが亡くなる半年前に亡くなりました。一郎さんは花子さんを追うように亡くなったのでした。

一郎さんと花子さんの間の子は太郎さん1人です。したがって、相続人は太郎さんのみでした。そこで、太郎さんは一郎さんが預金口座を設けていた銀行に行き、一郎さんの預金を払い戻す手続きを行うことにしました。

「一連の戸籍謄本」を要求される

銀行での会話は次のとおりでした。

太郎「亡くなった父の預金を私の口座に払い戻す手続きをお願いします。母は父より先に亡くなりました。子どもは私だけです」

行員「このたびはご愁傷様です。ご相続人様はお客様お1人ということですね。本日は、戸籍謄本はお持ちですか?」

そこで、太郎さんは用意しておいた太郎さんが死亡したことが記載されている戸籍謄本と自分が筆頭者の戸籍謄本の2通を行員に提出しました。すると、次のような冷たい回答が待ち受けていました。

行員「大変申し訳ございませんが、お父様に関しては、お生まれになってからお亡くなりになるまでの『一連の戸籍謄本』が必要になります。この一連の戸籍謄本を拝見させていただき、お客様が唯一の相続人と確認でき次第、払戻しをさせていただきます」

太郎さんは「どう考えても相続人は自分だけだから、私に払戻してくれませんか。責任は私が持ちます。一筆書いてもいいですよ」と食い下がりましたが、「申し訳ございませんが、決まり事なのでご要望に沿いかねます」と無下に断られてしまいました。結局、出直すことになってしまいました。

驚愕の事実

太郎さんは、行員から手渡された『相続手続の手引き』というパンフレットを参考になんとか戸籍謄本を収集しました。すると、父には離婚経験があり、しかも、そのときに子どもをもうけていることが判明したのです。太郎さんは戸籍に書かれた会ったこともない「兄」の名前を見て呆然と立ちすくんでしまいました。

相続人は「戸籍謄本」で証明する

死亡した人(=被相続人)が生前に遺言書を残していない場合、被相続人の遺産は、法律で定められている相続人(=法定相続人)全員による協議によって分割されて承継されることになります。相続人は被相続人の出生から死亡までの一連の戸籍謄本によって証明します。太郎さんはこの「一連の戸籍謄本」を見て、亡父が自分以外に子どもをもうけてたという「知られざる過去」を知ったのでした。

結婚したり、本籍地を変更する(「転籍」といいます)と新たな戸籍(=新戸籍)が作成されます。新戸籍には婚姻歴や前婚の子どもは新戸籍に移記されないため、相続人を確定するためには「一連の戸籍謄本」をそろえて被相続人の「過去」を調べる必要があるのです。

「見知らぬ人」と遺産分けをすることも

遺産分割協議を成立させるには、相続人全員が協議をして遺産分割の方法に合意する必要があります。したがって、太郎さんは未だに会ったことがない「兄」を探し当てて話し合いの場を設け、なおかつその兄と遺産分けの内容に合意できなければ一切の遺産を承継することができないのです。このように、「見知らぬ人」と親の遺産分けをすることも実際にあります。

「まさか自分の親に限って!」とお思いのあなた、まさかが起きるが人生です。ご心配の方は親の戸籍を遡ってみるのもよいかもしれませんね。

※記事は筆者の経験をもとにしたフィクションです。

行政書士

1965年東京生まれ。中央大学法学部卒業後、西武百貨店入社。2001年行政書士登録。専門は遺言作成と相続手続。著書に『[穴埋め式]遺言書かんたん作成術』(日本実業出版社)『行政書士のための遺言・相続実務家養成講座』(税務経理協会)等。家族法は結婚、離婚、親子、相続、遺言など、個人と家族に係わる法律を対象としている。家族法を知れば人生の様々な場面で待ち受けている“落し穴”を回避できる。また、たとえ落ちてしまっても、深みにはまらずに這い上がることができる。この連載では実務経験や身近な話題を通して、“落し穴”に陥ることなく人生を乗り切る家族法の知識を、予防法務の観点に立って紹介する。

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