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「コロナ離婚」をする前に、知っておきたい「別居」の知識

竹内豊行政書士
「コロナ離婚」をする前に、知っておきたい「別居」の知識をご紹介します。(写真:アフロ)

新型コロナウイルスの感染拡大に伴い、「コロナ離婚」の増加が懸念されています。在宅勤務が導入され、家でともに過ごす時間が増える中、互いの価値観の違いが目立って不満をためる夫婦も多いようです。

このような場合、いきなり離婚という手段を選ばず、「別居」を選択するケースも多いと思います。ただし、別居をすると「居住権」をめぐる争いが勃発することもあります。そこで、今回は、夫婦の別居について考えてみたいと思います。

結婚をすると「同居」義務が発生する

まず、結婚をすると「同居」義務が発生します(民法752条、以下「本条」といいます)。

民法752条(同居、協力及び扶助の義務)

夫婦は同居し、互いに協力し扶助しなければならない。

この「同居義務」は、「協力」「扶助」義務と合わせて、婚姻共同生活を維持する基本的な義務とされています。

同居義務違反は「離婚原因」になる

そして、同居義務違反は離婚原因となり(770条1項2号「悪意の遺棄」)、離婚慰謝料の理由にもなります。

民法770条(裁判上の離婚)

1.夫婦の一方は、次に掲げる場合に限り、離婚の訴えを提起することができる。

一 配偶者に不貞な行為があったとき。

二 配偶者から悪意で遺棄されたとき。

三 配偶者の生死が三年以上明らかでないとき。

四 配偶者が強度の精神病にかかり、回復の見込みがないとき。

五 その他婚姻を継続し難い重大な事由があるとき。

2.裁判所は、前項第一号から第四号までに掲げる事由がある場合であっても、一切の事情を考慮して婚姻の継続を相当と認めるときは、離婚の請求を棄却することができる。

「正当な理由」があれば同居義務違反にならない

本条でいう「同居」は、夫婦としての同居を指し、単に場所的な同居を意味するわけではありません。その結果、同じ家に住んでいても障壁を設けて生活をするのは同居ではないとされる一方、場所的に隔たっていても同居は成立しうるとされ、単身赴任や入院加療など正当な事由による別居は同居義務違反にはならないとされています。

「同居請求」をすることができる

夫婦の居住形態や居住場所については、夫婦が協議して定めることになりますが、協議(話合い)が成立しないときは、家庭裁判所に審判を求めることができます。

実際に夫婦間で同居義務の履行が問題となるのは、夫婦が円満を欠く状態にある場合です。

近時の裁判例には、婚姻の維持継続の見込みがあるかどうかに加え、同居を命ずることが公平の観念や互いの人格を傷つけるような結果を招来しないかどうかを重視するものが目に付くようになってます。

別居による「夫婦の居住権」の問題

このように、夫婦には同居の義務がありますが、不仲になったため、一方配偶者が同居していた居住建物から転出する(いわゆる「別居」)することはままあります。その結果、夫婦間で「居住権」を争うこともあります。

実際に夫婦間で居住権について争われるのは、夫婦の生活の本拠とされていた「居住建物を所有する夫婦の一方」が、その建物から転出した後に、居住を続ける所有権を持たない配偶者(「非所有配偶者」)に対して、建物の明渡を請求する場合です。

非所有配偶者に「居住権がある」とした裁判例

まず、非所有配偶者に「居住権がある」とした裁判例を見てみましょう。

明渡しを求められた非所有配偶者に、民法752条(以下「本条」といいます)に基づいて居住権を認め(東京地判昭45・9・8判時618号73頁)、婚姻が破綻している場合であっても、本条の法意に照らして明渡請求は認めないとし(東京地判昭47・9・21判時693号51頁、東京地判平元・6・13判時58頁)、あるいは、夫婦間で共同生活の場とすることを廃止する合意がある等の特段の事情のない限り、非所有配偶者には居住権があるとする(東京地判昭62・2・24判タ650号191頁)。

明渡請求を「認容」した裁判例

次に、非所有配偶者に「居住権が認められない」として、所有配偶者に明渡請求を認容した事例を見てみましょう。

・夫からの執拗な心理的・肉体的な圧迫・脅迫によって別居にいたった妻が夫に対して自己所有の建物の明渡を請求したという事案で、妻には同居拒絶の正当な理由があり、その場合、夫には建物の占有権限が認められないとした事例(東京地判昭61・12・11判時1253号80頁)。

・夫からの金員の要求や暴行が原因で別居にいたった妻が自己所有の建物の明渡を請求した事案で、法律上の婚姻関係が存続している以上、明渡請求を正当とすべき特段の事情がない限り、非所有配偶者は明渡請求を拒むことができるとしたうえで、本件では別居後も夫からの嫌がらせが続いているとし、明渡請求を正当とすべき特段の事情があるとした事例(徳島地判昭62・6・23判タ653号156頁)。

・夫の暴力や不倫が原因で別居にいたった妻が自己所有のマンションの明渡しを請求した事案で、非所有配偶者は、権利の濫用に該当するような事情のない限り、居住権を主張することができるとしたうえで、本件の場合、夫に婚姻破綻についての責任があるとし、夫の居住権の主張は権利の濫用にあたり許されないとした事例(東京地判平3・3・6判タ768号224頁)がある。

以上ご紹介したいずれの裁判例も、婚姻関係が破綻しているだけでは、明渡請求は許されないとしており、別居についての原因や有責性、別居後の状況も勘案して請求の許否が判断されています

別居は不仲になった夫婦が再び本来の婚姻生活を取り戻すきっかけになる場合があります。ただし、今回ご紹介した「居住権」をめぐる争いになる場合もあります。もし、別居をする場合は、その点も考えておいた方がよいかもしれません。

参考文献:『新注釈民法17』(二宮周平編集 有斐閣)

行政書士

1965年東京生まれ。中央大学法学部卒業後、西武百貨店入社。2001年行政書士登録。専門は遺言作成と相続手続。著書に『[穴埋め式]遺言書かんたん作成術』(日本実業出版社)『行政書士のための遺言・相続実務家養成講座』(税務経理協会)等。家族法は結婚、離婚、親子、相続、遺言など、個人と家族に係わる法律を対象としている。家族法を知れば人生の様々な場面で待ち受けている“落し穴”を回避できる。また、たとえ落ちてしまっても、深みにはまらずに這い上がることができる。この連載では実務経験や身近な話題を通して、“落し穴”に陥ることなく人生を乗り切る家族法の知識を、予防法務の観点に立って紹介する。

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