「ステイホーム」で気を付けたい「懲戒権」の濫用~「しつけ」と「虐待」の分かれ道
緊急事態宣言によって、親はテレワークの導入によって自宅で仕事をする機会が増え、子どもは学校に行けなくなってしまっている。このような「ステイホーム」の状況下では、必然的に親子が自宅で過ごす時間が長くなってきます。
そのような「家庭内密」の状況下では、子どもの行いについつい声を荒げてしまったり、手を出してしまったという方もいるのではないでしょうか。
そこで今回は、民法の規定にある「懲戒権」につて見てみたいと思います。
監護教育権
懲戒権を見る前に、まず監護教育権について見てみたいと思います。成年に達しない子は、父母の親権に服します(民法818条1項)。
民法818条(親権者)
1.成年に達しない子は、父母の親権に服する。
2.子が養子であるときは、養親の親権に服する。
3.親権は、父母の婚姻中は、父母が共同して行う。ただし、父母の一方が親権を行うことができないときは、他の一方が行う。
そして、親権者は、子の利益のために子の監護および教育の権利を有し、義務を負います(民法820条)。
民法820条(監護及び教育の権利義務)
親権を行う者は、子の利益のために子の監護及び教育をする権利を有し、義務を負う。
これは、子の成長と発達を援助し、育成をする基本的な権利と義務です。
このように民法は、現実に子の身の回りの世話をする監護教育を親権として構成しています。その他、親権には、子の財産を管理するなど、子に代わって法律行為をすることも含まれています。
懲戒権~子の監護教育目的のために認められた権利
そして、この監護教育権を行使するために親権者に与えられた権利の一つが懲戒権です(民法822条)。
民法822条(懲戒)
親権を行う者は、第820条の規定による監護及び教育に必要な範囲内でその子を懲戒することができる。
「懲戒」とは
では、そもそも懲戒とはどのようなことを指すのでしょうか。
懲戒とは、親権者による子の監護教育からみて子の非行・過誤を強制善導するために、その身体または精神に苦痛を加える制裁であり、一種の私的な懲罰手段です。これは、未成年者の監護教育のためには、単なる口頭による訓戒だけでは足りず、時には「愛の鞭」を必要とすることがあるという観点から親権者に認められた権限です。
子のための親子法という理念のもと、懲戒権は、子の監護教育目的のために認められた権利です。当然、その目的のために必要な範囲内でのみしか行使は認められません。懲戒権は親権者の権威を誇示するためのものではないということを忘れてはなりません。
懲戒権の具体的な方法
懲戒の具体的な方法としては、しかるなど、必要に応じて適当な手段を用いることができます。親権者が行うことが許される懲戒の手段や程度は、当然、社会通念上、監護教育という目的の達成に必要と思われる限度にとどめなければなりません。
親権の濫用
しかし、この範囲を逸脱し、過度な懲戒を加える行為、つまり児童虐待は後を絶ちません。中には死に至らしめる「残虐なしつけ」も行われています。
過度な懲戒が行われたときは、民法上は、親権の濫用として親権喪失の原因になったり(民法834条)、子に対する不法行為による損害賠償責任の問題が生じ得ます。
民法834条(親権喪失の審判)
父又は母による虐待又は悪意の遺棄があるときその他父又は母による親権の行使が著しく困難又は不適当であることにより子の利益を著しく害するときは、家庭裁判所は、子、その親族、未成年後見人、未成年後見監督人又は検察官の請求により、その父又は母について、親権喪失の審判をすることができる。ただし、二年以内にその原因が消滅する見込みがあるときは、この限りでない。
また、刑法上は、次のような刑事責任が追及されることもあります。
・傷害罪(刑法204条)
・暴行罪(刑法208条)
・逮捕監禁罪(刑法220条)
・脅迫罪(刑法222条)等
なお、懲戒の程度・方法が「必要な範囲」を逸脱するか否かは、その時代の一般的社会通念によって定まるとされます。
懲戒権をめぐる論議
相次ぐ児童虐待を背景に、平成23(2011)年の法改正で親権規定に「子の利益のため」との文言が加えられました(前掲民法820条)。その際も懲戒権の見直しが議論されましたが、「しつけの在り方にはさまざまな考え方がある」など慎重な意見も根強く、見送られた経緯があります。
現在も法制審議会民法(親子法制)部会において懲戒権に関する規定の見直しについて審議がされています。
前述のとおり、親権者に与えられた子に対する監護教育権は、親権者の権威のためではなく、子の監護教育目的のために認められた権利であることを基軸として、法制審議会での活発な議論が展開されることを期待したいと思います。
緊急事態宣言の下では、イライラが募ってちょっとした子どもの行動が、平時では見逃せるのについつい声を荒げてしまいたくなる衝動にかられることがあるかもしれません。
そのようなときに、懲戒権のことを思い出してみてください。その行為が子どもの監護教育のためではなく自己のストレスのはけ口であれば、懲戒権の濫用となるでしょう。