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「火急の資金需要」の助けになることも~知っておきたい「遺産分割前の預貯金の払戻し制度」

竹内豊行政書士
改正相続法で新型コロナウイルス等の「火急の資金需要」に使える制度が創設されました(写真:アフロ)

今月4月1日、「改正相続法」が全面解禁になりました。

平成30(2018)年7月6日、民法及び家事事件手続法の一部を改正する法律(平成30年法律第72号、以下「改正相続法」といいます)が成立しました(同年7月13日公布)。

民法のうち相続法の分野については、配偶者の法定相続分の引上げ等を行った昭和55(1980)年以来、実質的に大きな見直しはされてきませんでした。今回の相続法改正は、実に40年ぶりに行われたことになります。

改正相続法の中に、「遺産分割前の預貯金の払戻し制度」があります。この制度を利用すれば、火急の資金需要の助けになることがあります。今回はこの制度のポイントをご紹介します。

「いざ」というときに役立つかもしれません。ぜひ覚えておいてください。

口座は「凍結」されてしまう

亡くなった方(「被相続人」といいます)が銀行に預けていた預貯金は、被相続人が遺言書を残していない場合、遺産分割の協議が成立するまでの間は、相続人全員の同意を得なければ銀行に対して払戻し請求ができません。そのため、通常、銀行は預金者が死亡した事実を知ると、被相続人の口座を凍結してしまいます。口座が凍結されてしまうと、払戻しは一切できなくなってしまいます。

「遺産分割前における預貯金の払戻し制度」を創設

しかし、そうなってしまうと、被相続人の医療費の支払い、被相続人の債務の支払い、被相続人に扶養されていた相続人の生活費の支出などに充てるために被相続人名義の預貯金の払戻しが必要であるにもかかわらず、共同相続人全員の合意が得られない場合に不都合が生じてしまいます。

そこで、改正相続法では、このような資金需要に応えるために、相続人が被相続人名義の預貯金を速やかに払戻しすることができるようにするための制度(「遺産分割前における預貯金の払戻し制度」)を創設しました(民法909条の2)

民法909条の2(遺産の分割前における預貯金債権の行使)

各共同相続人は、遺産に属する預貯金債権のうち相続開始の時の債権額の3分の1に第900条及び第901条の規定により算定した当該共同相続人の相続分を乗じた額(標準的な当面の必要生計費、平均的な葬式の費用の額その他の事情を勘案して預貯金債権の債務者ごとに法務省令で定める額を限度とする。)については、単独でその権利を行使することができる。この場合において、当該権利の行使をした預貯金債権については、当該共同相続人が遺産の一部の分割によりこれを取得したものとみなす。

「遺産分割前における預貯金の払戻し制度」の5つの特長

この制度の特長は次の5つを挙げることができます。

1.「遺産分割前」に請求できる

遺産分割協議が成立する前に、銀行に預金の払い戻しを請求できます。

2.「単独」で請求できる

他の相続人の同意は不要です。単独で(1人で)、銀行に預金の払い戻しを請求できます。

3.「裁判所」の判断不要

裁判所の判断を経ることなく、銀行に預金の払い戻しを請求できます。

4.「理由」は問わない

払戻し請求をするに当り、特に理由は問いません。

5.「施行前」の相続にも適用

改正相続法は、原則として2019年(平成31年)7月1日に施行され、改正法は施行日後に開始した相続について適用されます。ただし、遺産分割前の預貯金債権の行使に関しては、施行日前に開始した相続についても、適用することとされています(「民法及び家事事件手続法の一部を改正する法律」附則5条1項)。

払戻しできる金額

以下の計算式で求められる額については、銀行に払戻しを請求することができます。

【計算式】

単独で払戻しを請求できる額=(相続開始時の預貯金債権の額)×(3分の1)×(当該払戻しを求める共同相続人の法定相続分)

ただし、同一の金融機関に対する権利行使は、150万円が限度です。

具体的な計算事例は、改正相続法の画期的な新制度~「遺産分割前の預貯金の払戻し制度」の活用術をご覧ください。

払戻し手続きの方法

銀行にどのような資料を提示する必用があるかについては、法律上規定は設けられていませんが、銀行から次の書類の提出を要求されると思われます。

・被相続人の出生から死亡までの一連の戸籍

・相続人全員の戸籍

・請求者の身分証明書(運転免許証、パスポート、健康保険証、年金手帳等)

・請求者の印鑑登録証明書

・請求者の実印

・被相続人の口座の通帳・カード(ある場合)

なお、銀行によって提出書類は異なるので、請求前に銀行に問合せすることをお勧めします。問合せ先は、被相続人の口座を開設していた支店等がよいでしょう。

払戻しがされた場合の効果

民法909条の2に基づいて払戻しされた預貯金債権については、その権利行使をした相続人が遺産の一部分割によりこれを取得したものとみなされます(前掲民法909条の2後段)。

そのため、払戻しされた預貯金の額が、具体的相続分を超越する場合は、遺産分割においてその超越部分を清算すべき義務を負うことになります。

この制度を活用することによって、被相続人の預貯金口座から速やかに一定額の払戻しを受けることができます。もちろん、この制度を利用するのに理由は問わないので、新型コロナウイルスによる火急の資金需要にも活用できます。

もし、何らかの事情で遺産分割の成立が長期化してしまっている方は、この制度の利用をご検討してみてはいかがでしょうか。

行政書士

1965年東京生まれ。中央大学法学部卒業後、西武百貨店入社。2001年行政書士登録。専門は遺言作成と相続手続。著書に『[穴埋め式]遺言書かんたん作成術』(日本実業出版社)『行政書士のための遺言・相続実務家養成講座』(税務経理協会)等。家族法は結婚、離婚、親子、相続、遺言など、個人と家族に係わる法律を対象としている。家族法を知れば人生の様々な場面で待ち受けている“落し穴”を回避できる。また、たとえ落ちてしまっても、深みにはまらずに這い上がることができる。この連載では実務経験や身近な話題を通して、“落し穴”に陥ることなく人生を乗り切る家族法の知識を、予防法務の観点に立って紹介する。

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