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改正相続法の画期的な新制度~「遺産分割前の預貯金の払戻し制度」の活用術

竹内豊行政書士
「遺産分割前の預貯金の払戻し制度」の活用方法を事例を交えて公開します。(写真:GYRO PHOTOGRAPHY/アフロイメージマート)

10月4日に、改正相続法の一つである「遺産分割前における預貯金の払戻し制度」(民法909条の2)に関する記事を公開したところ、多くの方に関心を寄せていただきました。

そこで、今回は、この制度でいったいいくら払戻しを受けることができるのか、また、実際にどのようにして銀行に払戻し請求をしたらよいのかを事例を交えて解説してみたいと思います。

遺産分割前の預貯金の払戻し制度の概要

改正相続法によって、相続人は、遺産に属する預貯金債権のうち、各口座ごとに以下の計算式で求められる額(ただし、同一の金融機関に対する権利行使は、150万円を限度とします)までについては、家庭裁判所の判断を経ないで、なおかつ、他の相続人の同意がなくても単独で払戻しをすることができるようなりました(制度について詳しくは、「改正相続法の画期的な新制度~知っていてよかった!遺産分割前の預貯金の払戻し制度」をご参照ください)。

いくら払戻しを受けることができるのか

この制度を利用すると、いくら払戻しを受けることができるのでしょうか。まず、単独で払戻しをすることができる額は、次の計算式によって求められます。

【計算式】

単独で払戻しをすることができる額=(相続開始時の預貯金債権の額)×(3分の1)×(当該払戻しを求める共同相続人の法定相続分)

では、事例で確認してみましょう。

【事例1】亡夫が、A銀行に預金していた、普通貯金300万円、定期預金240万円に対して、妻(法定相続分が2分の1)が単独で払戻しを受けることができる金額

普通預金:300万円×(3分の1)×(2分の1)=50万円

定期預金(注):240万円×(3分の1)×(2分の1)=40万円

以上合計90万円(50万円+40万円)の範囲内で払戻しを受けることができます。ただし、たとえば、普通預金だけから90万円の払戻しを受けることはできません。

【事例2】亡夫が、B銀行に預金していた、普通貯金に600万円、定期預金1200万円に対して、妻(法定相続分が2分の1)が単独で払戻しを受けることができる金額

普通預金:600万円×(3分の1)×(2分の1)=100万円

定期預金(注):1200万円×(3分の1)×(2分の1)=200万円

以上の計算から普通預金と定期預金の合計金額は、300万円となります。しかし、同一の 金融機関に対する権利行使は、150万円を限度とします。したがいまして、150万円に満つるまで、普通貯金口座からは100万円、定期預金口座からは最大150万円、それぞれ払戻しを受けることはできますが、どの口座からいくら払戻しを得るかについては、その請求をする相続人(このケースでは妻)の判断に委ねられます。したがいまして、妻は、普通貯金から80万円、定期預金から70万円の払戻しを求めてもよいし、普通貯金から100万円、定期預金から50万円の払戻しを求めてもよいことになります。

(注)定期預金は満期が到来していることが前提となります。

銀行に提出する書類

民法は、遺産分割前の預貯金の払戻し制度の規定の適用を受けるに際し、銀行にどのような資料を提示する必用があるかについては、法律上規定を設けていません。また、この制度は、令和元年7月1日に施行(スタート)しました。そのため、ホームページ等で、具体的に必要書類を明示している銀行はまだわずかです。

そこで、法制度を踏まえて、銀行に提出する書類について列挙してみることにします。

1.被相続人(死亡した者)の「相続人の範囲」がわかる資料

・被相続人が出生してから死亡に至るまでの一連の戸籍謄本

・相続人全員の戸籍謄本(払戻しを求める者のものも含む)

2.払戻しを求める者の身分を明らかにする資料

~払戻しを求める者の次の資料

・印鑑登録証明書

・実印

・身分証明書(運転免許証、パスポート等の写真付きのもの)

3.その他

・預貯金の通帳・カード(手元にある場合)

・払戻し金を振込むための口座の通帳(払戻しを求める者の通帳)

・相続関係図(相続関係がわかるメモ)

払戻しの請求の回数

民法(909条の2)では、払戻しの請求の回数については、特段の制限を設けていません。したがって、上限額に満つるまでは、回数の制限なく払戻しの請求をすることは可能です。もっとも、払戻しに当たって、銀行が定める手数料を請求されることはあり得ます。

払戻しがされるまでの期間

銀行に、銀行が要求するすべての資料を提出した後、銀行は提出された資料を確認して、払戻しの可否を審査します。そのため、書類に不備がないことを前提にしても、申請から払戻しが完了するまでに2~3週間程度は要すると考えられます。

払戻しを速やかにするためのポイント

銀行によって提出資料は異なります。そのため、銀行に出向く前に、口座開設の支店に電話で問合せて、事前に必要書類等を確認することをお勧めします。なお、被相続人が死亡した事実を銀行に伝えた時点で、口座は凍結されますので、一切の払戻し、振込等はできなくなります。

また、銀行に手続きをするために出向く前には、電話で予約を入れましょう。そうすれば、銀行は、申請に係る書類や、被相続人の預金の明細等を準備しておいてくれるので、長時間待たされることを避けることができます(ただし、それでも、少なくとも1時間程度は要します)。

以上をご参考にしていただければ、葬儀費用等の火急の支払いに遺産を充当できるはずです。「いざ!」というときに備えて、ぜひ覚えておいてください。

行政書士

1965年東京生まれ。中央大学法学部卒業後、西武百貨店入社。2001年行政書士登録。専門は遺言作成と相続手続。著書に『[穴埋め式]遺言書かんたん作成術』(日本実業出版社)『行政書士のための遺言・相続実務家養成講座』(税務経理協会)等。家族法は結婚、離婚、親子、相続、遺言など、個人と家族に係わる法律を対象としている。家族法を知れば人生の様々な場面で待ち受けている“落し穴”を回避できる。また、たとえ落ちてしまっても、深みにはまらずに這い上がることができる。この連載では実務経験や身近な話題を通して、“落し穴”に陥ることなく人生を乗り切る家族法の知識を、予防法務の観点に立って紹介する。

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