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150万円まで払い戻せる~遺産分割前の預貯金の払戻し制度

竹内豊行政書士
相続法改正で遺産分割前でも預貯金の払戻しができるようになりました。(ペイレスイメージズ/アフロ)

平成30年7月6日に改正相続法が成立して同年7月13日に公布されました。

その中で、遺産分割前の払戻し制度が創設されました。この制度によって、お亡くなりになった方(=被相続人)の預貯金を遺産分割前でも金融機関に払戻しを請求できることになりました。

今まで~単独で払戻しを請求できた

預貯金債権は、従来は、「預貯金債権が遺産分割の対象に含まれない」とされていました。つまり、相続開始と同時に各共同相続人の相続分に従って当然に分割され、これにより、各相続人は自分の相続分については金融機関に対して払戻しを請求できるとされていました。

つまり、被相続人がA銀行の普通預金に1000万円の預金があれば、相続分は2分の1ある相続人はA銀行に対して遺産分割前でも単独で500万円の払戻しを請求できました。

最高裁判決で流れは変わった

しかし、平成28年12月19日の最高裁判決で、従前の判例を変更し、「預貯金債権が遺産分割の対象に含まれる」との判断を示しました。これにより、遺産分割までの間は、相続人全員の同意を得た上でなければ預貯金の払戻しができないことになってしまいました。

火急の出費の対応が困難に

この最高裁判決により、次のような事情で被相続人が有していた預貯金を遺産分割前に払い戻す必要がある場合であっても、相続人全員の同意を得ることができない場合は預貯金を払い戻すことができないという不都合が生じることになりました。

・共同相続人において被相続人が負っていた債務の弁済をする必要がある

・被相続人から扶養を受けていた共同相続人の当面の生活費を支出する必要がある

・葬儀費用の支払をしなければならない

預貯金の払戻し制度を創設

そこで、新法では、共同相続人の各種の資金需要に迅速に対応することを可能にするため、各共同相続人が、遺産分割前に、裁判所の判断を経ることなく、一定の範囲で遺産に含まれる預貯金債権を行使することができる制度を設けました(民909条の2)。

民法909条の2(遺産の分割前における預貯金債権の行使)

各共同相続人は、遺産に属する預貯金債権のうち相続開始の時の債権額の3分の1に第900条及び第901条の規定により算定した当該共同相続人の相続分を乗じた額(標準的な当面の必要生計費、平均的な葬式の費用の額その他の事情を勘案して預貯金債権の債務者ごとに法務省令で定める額を限度とする。)については、単独でその権利を行使することができる。この場合において、当該権利の行使をした預貯金債権については、当該共同相続人が遺産の一部の分割によりこれを取得したものとみなす。

払戻し可能金額

民法909条の2では、各相続人は、原則として、遺産に属する預貯金債権のうち、その相続開始時の債権額の3分の1に、当該払戻しを求める共同相続人の法定相続分を乗じた額については、単独でその権利を行使することができるとされています。

また、同条の規定によって権利行使をすることができる預貯金債権の割合及び額については、個々の預貯金債権ごとに判断されることになります。

【計算式】

単独で払戻しをすることができる額=(相続開始時の預貯金債権の額)×(3分の1)×(当該払戻しを求める共同相続人の法定相続分)

※ただし、同一の金融機関に対する権利行使は、法務省令で定める額(150万円)を限度とする。

【事例】

遺産のうち、A銀行の普通預金に300万円、A銀行の定期預金に240万円あった場合で、法定相続分が2分の1である相続人が単独で権利行使をすることができる金額

普通預金:300万円×1/3×1/2(法定相続分)=50万円

定期預金:240万円×1/3×1/2(法定相続分)=40万円

※ただし、満期が到来していることが前提。

この結果、A銀行から遺産分割前に90万円の払戻しを受けることができます。ただし、普通預金だけから90万円の払戻しを受けることはできません。

同一の金融機関からの払戻し額には限度がある

また、民法909条の2では、上記の割合による上限だけでなく、1つの金融機関に払戻しを請求することができる金額についても上限を設けることとしています。

この上限額については、法務省令(平成30年法務省令第29号)により、150万円と定められました。

【事例】

A銀行の普通預金に600万円、A銀行の定期預金に1200万円、B銀行の普通預金に720万円あった場合、法定相続分が2分の1の相続人が第909条の2の規定によって払戻しを得られる金額

A銀行

普通預金:600万円×1/3×1/2(法定相続分)=100万円

定期預金:1200万円×1/3×1/2(法定相続分)=200万円

ただし、法務省令で定める額による制限により、払戻し金額は150万円となる。

B銀行

普通預金:720万円×1/3×1/2(法定相続分)=120万円

このように、A銀行からの払戻しについては、普通預金口座からは最大100万円の払戻しを、定期預金口座からは最大150万円の払戻しを得ることができます(いずれも上記割合及び上限額を前提としたもの)。

法務省令で定められた上限額である150万円に満つるまで、どの口座からいくら払戻しを得るかについては、その請求をする相続人の判断に委ねられます。したがって、上記A銀行の事例では、普通預金から80万円、定期預金から70万円の払戻しを求めてもよいし、普通預金から100万円、定期預金から50万円の払戻しを求めてもよいことになります。ただし、普通預金から150万円の払戻しを求めることはでません。

預貯金の払戻しを受けるための必要資料

民法909条の2の規定の預貯金の払戻しを受けるための必要資料については、金融機関にどのような資料を提示する必要があるかについて法律上規定は設けられていません。

もっとも、同条では、相続開始時の預貯金債権の額の3分の1に払戻しを求める者の法定相続分を乗じた額の範囲内で払戻しを認めることとしていることから、次の資料を金融機関に提示する必用があると考えられます。

1.次の事実を証する戸籍(全部事項証明書等)または法定相続情報一覧図(法務局における認証をうけたもの)

・被相続人が死亡した事実

・相続人の範囲

・払戻しを求める者の法定相続分が分かるもの

2.当該相続人に関する資料

・身分証明書(運転免許証、パスポート等)

・印鑑登録証明書

・実印 等

5.施行期日

遺産分割前の預貯金払戻し制度(民法902条の2関係)の施行期日は令和元[2019]年7月1日です。それ以前に遺産分割前に相続人が単独で払戻しを金融機関に請求しても金融機関は払戻しに応じません。

お身内が亡くなられると、医療費や葬儀費用などまとまったお金が必要になります。そのような火急の出費にこの「遺産分割前の預貯金の払戻し制度」は有効です。ぜひ覚えておいてください。

行政書士

1965年東京生まれ。中央大学法学部卒業後、西武百貨店入社。2001年行政書士登録。専門は遺言作成と相続手続。著書に『[穴埋め式]遺言書かんたん作成術』(日本実業出版社)『行政書士のための遺言・相続実務家養成講座』(税務経理協会)等。家族法は結婚、離婚、親子、相続、遺言など、個人と家族に係わる法律を対象としている。家族法を知れば人生の様々な場面で待ち受けている“落し穴”を回避できる。また、たとえ落ちてしまっても、深みにはまらずに這い上がることができる。この連載では実務経験や身近な話題を通して、“落し穴”に陥ることなく人生を乗り切る家族法の知識を、予防法務の観点に立って紹介する。

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