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ガラッと変わった相続法 ここに注意!vol.4~葬儀費用がすぐ引き出せる「遺産分割前の払戻し制度」

竹内豊行政書士
葬儀費用がすぐ引き出せる「遺産分割前の払戻し制度」が始まります。(写真:アフロ)

平成30年7月6日、「民法及び家事事件手続法の一部を改正する法律」(改正相続法)が成立して相続の姿がガラッと変わりました。

そこで、相続法が変わったことによる注意点をシリーズでご紹介しています。

自筆証書遺言の残し方自筆証書遺言の保管制度、そして相続人以外の者による貢献の考慮に続いて、今回は「遺産分割前の払戻し制度」です。

今まで~預貯金は「凍結」されてしまった

死亡した人(=被相続人)が金融機関に設けていた預貯金債権は、遺産分割の対象財産に含まれます。そのため相続人による単独の払い戻しができませんでした(いわゆる「口座凍結」)。

遺産分割が終了しないと払戻しできなかった

その結果、残された家族の生活費、葬儀費用や医療費の支払などの資金需要がある場合にも、遺産分割が終了(成立)するまでの間は、被相続人の預貯金の払戻しができなくなってしまいました。

遺産分割協議の成立には相続人全員の合意が必要

遺産分割を終了させるためには、相続人全員が遺産分けの協議(=遺産分割協議)に参加して、なおかつ、相続人全員が遺産分けの内容に合意しなければなりません。

したがって、相続人の内、一人でも合意しなければ遺産分割は成立しません。多数決では決められないのです。

すんなりと全員が合意できればよいのですか、なかなかそういかないこともあります。たとえば次のようなケースだと遺産分分割協議が長期化してしまいます。

・相続人同志の仲がよくない

・相続人の中に認知症の者がいる

・相続人が大勢いる

・非協力的な相続人がいる

・連絡が付かない相続人がいる などなど

相続人が立替えるしかなかった

このように、被相続人の預貯金の口座から払い戻しを受けるには、まず遺産分割協議を成立させる必要があります。しかし、葬儀費用や医療費の支払いはふつうその前にやってきます。そのため、相続人のだれかが立替えて支払うしかありませんでした。

こう変わる~遺産分割協議の成立前でも単独で払い戻しができる

相続人が立替えできればよいのですか、そうもいかない場合もあるでしょう。また、できたとしても、そのために生活をひっ迫させてしまうこともあるでしょう。

そこで、相続人が遺産分割協議の成立前でも、家庭裁判所の判断を経ないで、他の相続人の合意がなくても単独で払戻しできる制度を創設しました。

ここに注意! 遺産分割前の払戻し制度

このように、改正相続法で「遺産分割前の払戻し制度」が創設されました。では、この制度の注意点を見てみましょう。

引き出せる金額にはルールがある

相続人が単独で払い戻しができる金額は、遺産に属する預貯金債権のうち、各口座ごとに次の計算式で求められる額です。

単独で払戻しをすることができる額=(相続開始時の預貯金債権の額)×(3分の1)×(当該払戻しを求める共同相続人の法定相続分)

たとえば、夫を亡くした妻が、A銀行に亡き夫の残高600万円の普通預金口座から払い戻しを受けられる金額は、次のように計算されます。

600万円×1/3×1/2(妻の法定相続分)=100万円

引き出せる金額には制限がある

ただし、同一の金融機関に対する払戻し金額は、法務省令で定める額の150万円が限度です。

たとえば、夫を亡くした妻が、A銀行に亡き夫の残高1200万円の普通預金口座から払い戻しを受けられる金額は、先ほどの計算では

1200万円×1/3×1/2(妻の法定相続分)=200万円

となります。しかし、同一の金融機関に対する権利行使は150万円が限度のため、A銀行から払い戻される金額は150万円となります。

いきなり銀行に行っても手続きできない

「私は亡き夫の妻(=相続人)です。払い戻しをしてください」といきなり銀行に行っても当然ですが払い戻しされません。一般的に次の書類が必要になると考えられます。

・被相続人の預貯金の通帳(紛失していても手続きはできる)

・相続関係がわかる戸籍謄本

 ~被相続人の出生から死亡までと相続人全員の戸籍謄本

・被相続人の住民票の除票

・窓口に出向いた相続人の「戸籍の附票」(=住民票と戸籍が一体化したもの)

・窓口に出向いた相続人の身分証明書(運転免許証、保険証、パスポート、住基カードなど)

など

相続人以外は適用されない

この制度を活用できるのは相続人に限られます。内縁や事実婚のカップルには適用されません。相続人以外の方に預貯金を残したい場合は、従来とおり遺言を残すようにしましょう。

制度のスタート

遺産分割前の払戻し制度が利用できるのは、2019年7月1日からです。その前に銀行に行ってもこの制度を利用することはできません。

身内が亡くなると、葬儀費用、入院費の清算、四十九日の法要など立て続けにお金がかかります。そのようなときに、遺産分割前の払戻し制度は役に立ちます。ぜひ覚えておいてください。

「ガラッと変わった相続法 ここに注意!」バックナンバー

Vol.1 自筆証書遺言の残し方Vol.2 自筆証書遺言の保管制度

Vol.3 相続人以外の者による貢献の考慮

行政書士

1965年東京生まれ。中央大学法学部卒業後、西武百貨店入社。2001年行政書士登録。専門は遺言作成と相続手続。著書に『[穴埋め式]遺言書かんたん作成術』(日本実業出版社)『行政書士のための遺言・相続実務家養成講座』(税務経理協会)等。家族法は結婚、離婚、親子、相続、遺言など、個人と家族に係わる法律を対象としている。家族法を知れば人生の様々な場面で待ち受けている“落し穴”を回避できる。また、たとえ落ちてしまっても、深みにはまらずに這い上がることができる。この連載では実務経験や身近な話題を通して、“落し穴”に陥ることなく人生を乗り切る家族法の知識を、予防法務の観点に立って紹介する。

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