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「相続放棄」認められないことがある~親の借金を背負わないための知識

竹内豊行政書士
家庭裁判所に相続放棄を申述しても認められないことがあります。(ペイレスイメージズ/アフロ)

相続放棄をすれば、被相続人(死亡した方)の債務を引き継がないで済みます。相続放棄をする相続人は、自己のために相続が開始したことを知ったときから3か月以内(この期間を「熟慮期間」といいます)に、被相続人の最後の住所地の家庭裁判所にその旨を申述しなければなりません(民法915・938条)。

家庭裁判所の審理を経て申述書が受理されれば、相続放棄が成立します。そして、その相続に関しては初めから相続人にならなかったものとして扱われます(民法939条)。

915条(相続の承認又は放棄をすべき期間)

1.相続人は、自己のために相続の開始があったことを知った時から3箇月以内に、相続について、単純若しくは限定の承認又は放棄をしなければならない。ただし、この期間は、利害関係人又は検察官の請求によって、家庭裁判所において伸長することができる。

2.相続人は、相続の承認又は放棄をする前に、相続財産の調査をすることができる。

938条(相続の放棄の方式)

相続の放棄をしようとする者は、その旨を家庭裁判所に申述しなければならない。

939条(相続の放棄の効力)

相続の放棄をした者は、その相続に関しては、初めから相続人とならなかったものとみなす。

このように、相続放棄の申述が家庭裁判所に認められれば、「初めから相続人とならなかった」ことになるので、冒頭で申し上げたとおり、被相続人の債務を背負うことはありません。なお、プラスの財産も引き継げません。念のため。

相続放棄が認められないこともある

このように、たとえば親が多額の借金で債務超過のまま死亡したとしても、家庭裁判所に熟慮期間内に相続放棄の申述をすれば親の債務を引き継がずに済みます。しかし、家庭裁判所から相続放棄が認められない場合があるのです。

単純承認をしてしまった

単純承認とは、相続人が、一身専属的な権利を除いて、被相続人の一切の権利義務を包括的に承認することです(民法920条)。だから、被相続人に借金などの債務があれば、相続人は自己固有の財産で弁済しなければならなくなります。つまり、単純承認をしてしまうと、自腹で被相続人の債務を返済しなくてはならなくなります。

920条(単純承認の効力)

相続人は、単純承認をしたときは、無限に被相続人の権利義務を承継する。

単純承認をしたとみなされるケース

では、どのような場合に単純承認をしたとされるのでしょうか。

実は、単純承認について、相続放棄のような家庭裁判所への申述や届出などの方式は規定されていません。具体的には次のような場合に当然に単純承認をしたものとみなされます(民法921条)。

1.相続人が相続財産の全部又は一部を処分したとき(民法921条1号)。

2.熟慮期間の経過

~自己のために相続の開始があったことを知った時から3か月以内に限定承認や相続放棄をしない(民法921条2号)。

3.背信的行為(民法921条3号)

~相続人が、限定承認又は相続の放棄をした後であっても、相続財産の全部若しくは一部を隠匿し、私にこれを消費し、又は悪意でこれを相続財産の目録中に記載しなかったとき。

ここでしばしば問題になるのが「単純承認をしたのか・しなかったのか」ということです。

家庭裁判所に相続放棄の申述をしても、単純承認を「した」と判断されてしまうと相続放棄をすることができなくなってしまいます。反対に「しなかった」と判断されれば相続放棄をすることができます。

このように、単純承認を「した」「しない」で被相続人の借金を背負うのか、放棄できるのかが決まるとなれば、大きな問題です。

では、相続放棄を申述して単純承認をした・しないで争った判例を見てみましょう。

相続放棄を巡る判例

1.相続財産を処分した時に相続人が相続開始の事実を知ることの要否

単純承認の効果が生じるためには「相続人が自己のために相続が開始した事実を知りながら相続財産を処分したか、または、少なくとも相続人が被相続人の死亡した事実を確実に予想しながらあえてその処分をしたことを要する」として、相続人が処分時に相続開始の事実を知らなかった場合には、単純承認は生じないと判じた(最判昭42[1967]・4・27民集21巻3号741頁)。

→単純承認しなかった(相続放棄認める)

2.形見分け

その1

「一般的経済価値を有するものの処分は本号にいう処分に当たる」として、被相続人の衣類であっても一般的経済的価値を有するものを他人に贈与した場合は本号にいう処分に当たると判じた(大判昭3[1928]・7・3新聞2881号6頁)。

→単純承認した(相続放棄を認めない)

その2

処分の対象の一般的経済価値の有無は、相続財産の総額との比較考量によって、衡平ないし信義則の見地から相続人に放棄の意思がないと認めるに足りるかどうかによって判断される旨を宣言した上で、「和服15枚、洋服8着、ハンドバック4点、指輪2個を共同相続人の1人の所有として引き渡した行為が本条にいう処分に当たる」と判じた(松山簡判昭52・4・25判時878号95頁)。

→単純承認した(相続放棄を認めない)

その3

既に交換価値を失う程度に着古した上着とズボンを元使用人に与えても、このことは本号(民法921条1号)に該当しない(東京高決昭37[1962]・7・19東高民事時報13巻7号117頁)。

→単純承認しなかった(相続放棄認める)

その4

相続財産を調査あるいは直接にも間接にも占有管理する状態にはなく、葬式の香典類に対しても手が付けられない事情のもとで、相続人が、多額にあった相続財産の内よりわずかに形見の趣旨で背広上下、冬オーバー、スプリングコート、椅子2脚を得たことは本号による処分に当たらない(山口地徳山支判昭40[1965]・5・13家月18巻6号167頁)。

→単純承認しなかった(相続放棄認める)

3.相続財産からの葬儀費用の支出

その1

「被相続人に相当の財産があるときは、それをもって被相続人の葬儀費用に充当しても社会的見地から不当なものとはいえない」として葬儀費用の支出は本号(民法921条1号)にいう処分に当たらず、墓石および仏壇の購入費用を相続財産から支出することも本号(同条同号)にいう処分に当たらない(大阪高決平14[2002]・7・3家月55巻1号82頁)。

→単純承認しなかった(相続放棄認める)

その2

行方不明だった被相続人が遠隔地で死亡したことを警察から知らされた相続人が所轄警察署の要請に基づいて被相続人が所持していたわずかな所持金を被相続人の火葬費用等に充てたことは本号にいう処分に当たらない(大阪高決昭54[1979]・3・22家月31巻10号61頁)。

→単純承認しなかった(相続放棄認める)

4.生命保険金

被相続人の生命保険金の受領は保険契約に基づく固有の権利の行使であり、その保険金で相続債務の一部を弁済しても、相続財産の処分には当たらず、被相続人の自損事故共済金請求も、相続財産の調査をしたにすぎないから、処分には当たらない(福岡高宮崎支決平10〔1998〕・12・22家月51巻5号49頁)。

→単純承認ではない(相続放棄認める)

5.錯誤による期間徒過

「相続人が被相続人の消極的財産の状態について熟慮期間内に調査を尽くしたにもかかわらず、債権者(農協)からの誤った回答により、相続債務が存在しないものと信じたため、預金口座の解約・払戻しを受け、熟慮期間も経過したところ、相続開始から1年3か月後に債権者から7,500万円余の保証債務残額がある旨の通知を受け付けた事案。

裁判所は、相続人は被相続人の遺産の構成についての要素の錯誤に陥っているとし、熟慮期間が設けられた趣旨に照らし、相続人において上記錯誤に陥っていることを認識した後に、改めて熟慮期間内に錯誤を理由として、上記財産処分および熟慮期間経過による単純承認の効果を否定して、限定承認または放棄の申述受理の申立てをすることができる」として錯誤を理由に法定単純承認の効果を否定した(高松高決平20・[2008]・3・5家月60巻10号91頁)。

→単純承認しなかった(相続放棄認める)

相続放棄の手続は早めに!

相続放棄の申述には、家庭裁判所の「相続放棄の申述書」に必要事項を記入し、被相続人の住民票除票又は戸籍附票、 申述人(放棄する者)の戸籍謄本等を提出しなければなりません。これが意外と時間がかかります。「放棄をする」と決めたら直ちに行動しましょう。

なお、相続放棄の申述の期限は、「被相続人が死亡したときから」ではなく、「自己のために相続が開始したことを知ったときから」3か月以内です。「親が死亡して3か月過ぎたから放棄できない」と思っている方がいますが、そうとは限りません。もし、被相続人が死亡して3か月を経過した後に、被相続人の相続財産が債務超過であることが判明したら、専門家または家庭裁判所に相談してみましょう。相続放棄の道が開けるかもしれません。

行政書士

1965年東京生まれ。中央大学法学部卒業後、西武百貨店入社。2001年行政書士登録。専門は遺言作成と相続手続。著書に『[穴埋め式]遺言書かんたん作成術』(日本実業出版社)『行政書士のための遺言・相続実務家養成講座』(税務経理協会)等。家族法は結婚、離婚、親子、相続、遺言など、個人と家族に係わる法律を対象としている。家族法を知れば人生の様々な場面で待ち受けている“落し穴”を回避できる。また、たとえ落ちてしまっても、深みにはまらずに這い上がることができる。この連載では実務経験や身近な話題を通して、“落し穴”に陥ることなく人生を乗り切る家族法の知識を、予防法務の観点に立って紹介する。

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