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あの世で「しまった!」では手遅れ~遺言は「完璧」を目指す

竹内豊行政書士
あの世で「しまった!」では手遅れ。遺言は「完璧」を目指しましょう。(写真:アフロ)

認知症などで判断力が衰えたために、神戸市長田区のNPO法人が成年後見人となって支援を受けていた男性の自宅の所有権が、男性が残した「公正証書遺言」に基づいて、男性の死後に同法人へ遺贈されたという報道がありました。

この記事の主旨は、後見人である法人が被後見人の遺産を受け継ぐことを「利益相反」ではないかと問題を提起している点にあります。

しかし、記事には続きがありました。

>元支援員らによると、同法人の理事長が16年11月、男性の入院先を訪れ、公証人らとともに法的効力のある「公正証書遺言」を作成。直後に男性が「(遺産は)埼玉のいとこに相続させたい」と元支援員に伝えたため遺言書を作成したが、自筆部分に不備があり、相続は認められなかった。

(以上参考・引用神戸新聞NEXT

つまり、公正証書遺言(公証人が関与し証人2名以上が立ち会う)を作成した後に自筆証書遺言(自分で書く遺言)も残されていたというのです。

しかも、先に残した公正証書遺言では「NPO法人に遺産を残す」としているのに対して、自筆証書遺言では、「埼玉のいとこに遺産を残す」といったように内容は全く違います。

もし、亡くなった方が「いとこに残したい」という意思であったとしたら、ご本人は天国でどのように思っているでしょうか・・・。無念であろうとお察しします。

後の遺言が優先される

一般論として、遺言が複数ある場合、一番新しく作成されたものが優先されます。したがって、このケースでは「自筆証書遺言」が優先されるべきでした。しかし、自筆証書は法的不備で無効とされてしまったようです。

なお、遺言が複数あると複雑な法的関係を生じます。遺言を複数残す場合は、最新の遺言の冒頭に「以前に残した遺言は撤回する」といったように、前の遺言を撤回する旨をきちんと記しておきましょう。

手軽な分危険が伴う自筆証書遺言

自筆証書遺言は「自分で書ける」手軽さが魅力です。しかし、この報道のように法的不備で無効となることが多々あります。

また、相続人間で「本当に本人が残したものなのか?」といったような遺言の真贋をめぐる争いに発展することもあります。

さらに、法的に有効でも、死亡後の執行(不動産の名義変更や預貯金の払戻し等)で困難を伴うこともあります。

遺言の目的は「内容を実現すること」

遺言の目的は「残すこと」ではなく「内容を実現(執行)すること」です。そのためには、法的要件を完璧に満たすことはもちろんのこと、様々な工夫が求められます。

工夫の一例を挙げてみます。ご参考にしてください。

・遺産を残すとした者が、自分より先に死亡した場合の対処方法

・遺言執行者を指定する(遺言執行者の指定がないと特に金融機関の執行手続きが困難になります)

・自筆証書遺言の「本人が確かに書いた」という信ぴょう性を高めるために「実印」で押印する 等

遺言は法的文書です。不完全な遺言は遺言の内容を実現するのが困難になるだけではなく、相続人間で遺言の真贋を争う“争族”の火種になりかねません。また、自筆証書遺言は「本人が書いた」という遺言の信ぴょう性を高める工夫が求められます。

残すなら「完璧」を目指しましょう。

行政書士

1965年東京生まれ。中央大学法学部卒業後、西武百貨店入社。2001年行政書士登録。専門は遺言作成と相続手続。著書に『[穴埋め式]遺言書かんたん作成術』(日本実業出版社)『行政書士のための遺言・相続実務家養成講座』(税務経理協会)等。家族法は結婚、離婚、親子、相続、遺言など、個人と家族に係わる法律を対象としている。家族法を知れば人生の様々な場面で待ち受けている“落し穴”を回避できる。また、たとえ落ちてしまっても、深みにはまらずに這い上がることができる。この連載では実務経験や身近な話題を通して、“落し穴”に陥ることなく人生を乗り切る家族法の知識を、予防法務の観点に立って紹介する。

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