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愛知県弥富市,中3刺殺事件が訴えていること(元中学校教員の視点から)

竹内和雄兵庫県立大学環境人間学部准教授
(写真:アフロ)

生徒を生徒が刺殺した意味…

 愛知県で中学生が中学生を刺殺したと報道されました。まだわかっていないことが多いので断定的なことは書けませんが,書ける範囲で書きます。

 報道されているのは,①中学生が同じ学年の生徒を刺殺,②凶器のナイフは自分で持ち込んだ,です。また,一部では,逮捕された男子生徒が「いやなことがあった」と話していると報じられています。

 私は現在は大学教員ですが、中学校教員時代,校区で教員が高校生(卒業生)に刺殺されました。私は生徒指導主事として小中学生を支えましたが,子どもたちは当然,不安定になりました。私は卒業生の学年主任で,当時の私は職責を果たせませんでした。私が守りきれなかった生徒、守れなかった命です。迷いましたが,私の責任は重いので,自戒を込めて今回の事件について書きます。

ネットでは…

 一時,加害者の名前が断定的に書かれ,後に間違いとわかりました。絶対にあってはならないことです。

 これまでこの種の事件があるたびに加害者が特定され,中には顔写真まで掲載されました。いまだに残っているものさえあります。掲載者の一部は「加害者がのうのうと生きていくのは許せない」「社会的に葬る必要がある」等,義憤に駆られて書いている場合が多く,「私刑」と言われます。これらの行為は,少年法61条で禁止されていますから,もちろん許されません。「知る権利」を主張する人もいますが,私はこのような動きは絶対に阻止すべきと考えます。今回の事件に限らず,事件を起こしてしまった子どもも私たちの社会の大切な子どもです。更生のために全力を尽くすべきです。

 また,被害者の顔写真がネット上に上がっています。校区の子どもたちも見ます。慎むべきです。

いじめの可能性?

 一部では,逮捕された中学生が「いじめられていた」と供述していると書かれています。まだ詳細がわかっていない段階ですが,このあたりの全貌解明は,同じような悲しい事件が二度と起きないようにするために必要です。しかし,ネット上に「いじめの報復」として好意的に捉える記載を散見しますが,法治国家として許されません。制裁を認めるような言動が同じような犯罪を促してしまうとしたら大問題です。

 残念ながら,私たちの社会には,いじめや人間関係のトラブルで悩んでいる子どもがたくさんいます。私たち大人の責任は重いですが,彼らが道を踏み外さない努力も当然必要です。事件から時間が経っていませんので,十分な整理はできていませんが,私が今もし学校に勤務していたら,思春期の子どもの子育てをしていたら,目の前の子どもたちにこの事件について必ず話すと思います。慎重な言葉遣いが求められますが,教育者として,親として避けて通れないでしょう。

事件があった学校の子どもたち

 今,私たちの社会が守ってあげなければならないのは,まず事件があった学校の子どもたちです。「知る権利」を声高に主張する人もいますが,子どもたちの心や命より重いものはありません。彼らが一日も早く,落ち着いた気持ちで生活できるように社会全体で支援していく必要があります。

 これまでと大きく違うのは,事件があった学校の生徒もネットで事件について必ず調べていることです。コロナ前までは中学生はLINE中心でしたが,今ではTwitterやInstagramを普通に活用しています。そういう書き込みを読んで,傷ついたり,悲しんだり,不安定になってしまう子どもが必ず出てきます。それを含めたケアが必要です。

 また学校の事件では,ネットだけでなく,新聞やテレビまでもが教員の指導体制や教育委員会の不備を責め立てます。事件後の不安定な気持ちで,自分の学校の先生の批判を目にし,何を信じてよいかわからなくなります。「そんなダメな先生に教えられたくない」と思った生徒は,誰が導くのでしょうか。子どもたちの心はもろいです。…また,教員も人間です。子どもたちを守る任務に専念させてあげるべきです。今,支えないと子どもたちは大変なことになります。教壇に立つ意欲をなくす教員がでてきても不思議ではありません。重要な視点です。

私たちが肝に銘じるべきこと

 私たちの社会はこれまで,サカキバラ事件,いじめ自殺など,小中学生の多くの事件を経験してきました。今回,逮捕された中学生は刃物を「ネットで自分で購入した」と供述しているそうです。ネット社会の影響も大きいです。

 また,ネットでは「日本もアメリカのように校門に金属探知機を設置すべきだ」と書かれています。もちろん議論の必要性を私は否定しません。しかし,学校はこういう事件があっても,教師と生徒,保護者,地域で温かく,居心地が良い場所にしていく努力を惜しんではなりません。こういう事件が起きるからこそ,かもしれません。今必要な議論は,金属探知機の必要性の有無ではありません。

 二度とこういう悲しい事件が起きないようにするために,私たち大人はどうしていくべきか,です。これから事件の詳細がわかってくると思います。私たち大人は,事実から目をそらさずに,改善点を探り,これからに活かしていかなければなりません。決して責任者探しに終始してしまってはなりません。

 試されているのは,私たち大人です。

兵庫県立大学環境人間学部准教授

公立中学校で20年生徒指導主事等を担当(途中、小学校兼務)。市教委指導主事を経て2012年より現職。生徒指導を専門とし、ネット問題、いじめ、不登校等、「困っている子ども」への対応方法について研究している。文部科学省、総務省等で、子どもとネット問題等についての委員を歴任している。2013年ウィーン大学客員研究員。教育学博士。

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