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小中学校での個人所有ICT端末使用「反対」教委関係者94% 携帯持込、子どもの未来のため冷静な議論を

竹内和雄兵庫県立大学環境人間学部准教授
(ペイレスイメージズ/アフロ)

94%反対の意味は重い

 近々、大阪府の小中学校携帯電話持ち込み原則禁止を「一部解除」するガイドライン最終版が発表されます。文部科学大臣が大阪の素案を踏まえて、「小中学校原則持ち込み禁止の通知の見直しの検討を始める」旨の発言をしたことは全国的な話題になりました。大阪の状況が日本の教育に与える影響は非常に大きいです。

 今回は、全国の教育委員会関係者がこの問題をどう捉えているかについて書きたいと思います。校長発言や教員の声等、私自身が収集したデータはたくさんありますが、今回は文部科学省が発表しているデータから考えてみます。

2020 年代に向けた教育の情報化に関する懇談会最終まとめ」(文部科学省、2016)には文部科学省委託調査の結果(注1)として、「小学校及び中学校においては,『個人所有のICT端末 を持参し授業で利用する取組』について,『ICT端末を持っている子供と持っていない子供がいる』等の理由から,約94%の教育委員会関係者が否定的な回答をしている」との記載があります。94%という数字は重いです。

 一方、同じ調査で高等学校については否定的な回答は約65%に下がり、理由は「セキュリティ上不安がある」「想定できない様々なトラブルが発生する懸念がある」と小中学校と異なっています。しかし、約23%が肯定的な回答をしています。理由は「ICT環境整備にかかるコストを削減できる」「個人が所有するICT端末なので,家庭でのICT端末を活用した学習がやりやすい」等です。

 教育委員会関係者が「個人所有のICT端末の活用」を小中学校を94%、高等学校で65%、否定的に捉えている意味は重いです。

注1)教育の情報化に関する取組・意向等の実態調査 (速報値)

2つの注意点

 この調査結果を読むとき、2つのことに注意しなければなりません。

 1つ目は、この数字が3年前の調査結果のものだということです。子どもたちの状況はこの3年間で大きく変わりました。3年後の今調査をすると全く違う結果になっているかもしれませんし、同じかもしれません。しかし、今回の大阪に関してはこういう意識調査をした形跡はありません。少なくとも私は知りません。影響が大きいことだけに、大阪全体で実施する場合、できれば保護者・教員レベル、少なくとも学校長レベル、せめて市町村教委レベルでの意識調査や実態調査は必要不可欠でしょう。私見ですが、教員レベル、特に中学校教員の過半数は、今調査しても否定的な回答をすると予想します。少なくとも最近会った中学校教員で肯定的な回答をする人はほとんどいません。私の会う人の多くが生徒指導関係者だという事実を差し引いても、教員の多くが困惑しているのは間違いありません。

 2つ目は、この結果は「ICT端末全般」を想定した回答だということです。この調査の回答者は、タブレットやノートパソコンを想定して答えていると考えられます。スマホを想定した回答だと、さらに否定的な回答が増えることが予想できます。そういう調査が必要です。同調査の否定的意見には「想定できない様々なトラブルが発生する懸念がある」「他の自治体における事例が少ないので判断できない」等があり、最近の教委関係者の声と似ています。3年前と状況があまり変わっていないのかもしれません。判断材料はありませんが、少なくとも3年前のこういう状況を踏まえてこれからの方向性を探っていくべきでしょう。

その後の先進的な取組

 この調査以降、「個人所有のICT端末」の先進的な取組が各地でなされています。私学では進んだ取組が数多くありますが、公立ではまだ珍しいのが現状です。まだ調査段階ですが、重要な局面ですので、先進事例の一部を記載します。

1.東京都BYOD研究指定校

 BYODは「Bring Your Own Device」の頭文字です。この研究の目的は「Wi-Fi環境を普通教室に整備し、生徒の所有するICT機器を活用した学習支援等を実施することの有効性を検証し、導入時及び運用における課題の解決の方向性を検討する」です。日本経済新聞(2018年1月4日)によると、東京都は、2018年度2億3千万円の予算を計上しています。2018年から2年間かけて都内7校で実施し、その結果を踏まえて、都立学校の方向性を決めていきます。

2.奈良市立一条高校

 奈良市立一条高校は、民間人校長の藤原和博氏のもとで2016年頃からBYODに取り組んでいます。先日、簡単な聞き取り調査をしましたが、奈良市が予算措置をし、企業の支援を受けながら取り組んだ結果、授業への活用を含めて、うまく活用できているそうです。

 

 これらの先進事例を読み解くポイントは2つです。1つ目はどちらの取組も高校がメインだということです。全国的な視点に立つと、公立では高校でやっと先進事例が始まった印象です。2つ目はどちらも行政が予算措置をしていることです。予算や専門家等、しっかりした裏付けが必須です。海外にもシンガポールやスウェーデン、オーストラリア、フィンランド等、学校でのICT機器の活用に先進的に取り組んでいる国がありますが、共通しているのは十分な予算措置と学校への専門家の配置です。4月解禁になる大阪の予算措置や専門家の関与についてはまだ明らかではありませんが、このあたりについても注視していく必要があります。重要なポイントですので、後日、もう少し詳しく記載します。

 大阪府は今回、携帯電話の持ち込み原則禁止の方針を「一部解除」する方向で、BYODを実施するわけではありませんが、こういうことを一体として考えていくことも必要な準備の一部だと考えています。少なくともこれからこの問題について考えていく市町村や学校はこのあたりも念頭に置いていただきたいです。

教育現場は大混迷

 連日、教育委員会関係者や学校関係者からこの問題について相談されます。大阪だけでなく、全国各地から依頼があります。その多くが「他の自治体の状況、方向性を教えてください」です。大阪の「携帯電話解禁」がテレビや新聞等で大きく取り上げられたことに、文部科学大臣の「通知見直し」発言が拍車をかけた印象です。

 私はこの問題の反対派の最先鋒のような扱いを受けることが多々ありますが、私は決して携帯電話解禁に反対ではありません。長い目で見れば、学校でモラルやマナーを教えるべきで、正しい方向だと思っています。むしろ賛成派です。ただ、準備や対策をしっかりしないまま、なし崩し的に解禁してしまうのはリスクが大きいと訴えているのです。つい先日も「お前のような守旧派がいるから日本の教育の古い体質が変わらない」と罵倒されました。そういう感情的なやりとりをしたいわけではなく、子どもたちの未来のために冷静な議論を促したいのです。

 私はこれまで、全国の県教委や市教委主催の教員研修会等で、子どもと携帯電話等の内容で数多く関わってきました。携帯電話が子どもたちに深く浸透しているためか、担当部署は、生徒指導関連、情報教育関連、人権教育関連等、多岐にわたります。そういう経験の中で「生徒指導に軸足を置く人に持ち込み反対派が多く、情報教育に軸足を置く人に持ち込み推進派が多い。人権教育はその中間くらい」という印象を持っています。教育委員会や学校での方向性を考える議論でも、それぞれの場所で声が大きい人がどこに軸足を置いているかで何となく決まっていく状況があることも否めません。100か0かの不毛な議論が続くことも珍しくありません……。

 しかし最近、保管場所やルール等、具体的な話し合いをしなければならない場面が増えてきたからか、70か50、30、どのレベルが良いか等の活発な議論が増えてきています。この状況を私は「日本で試行錯誤が始まりだしている」と肯定的に捉えています。私の今回のこの記事も、そういう試行錯誤の一部だと捉えてください。私の見解や意見に反対でしたら、冷静にご自分の見解をそえてお示しください。立場や意見が違っても、子どもたちの未来を思う気持ちは同じです。必ず、前向きな議論ができるはずです。

 子どもたちは間違いなく、私たちより前を進んでいます。試されているのは私たち大人です。

兵庫県立大学環境人間学部准教授

公立中学校で20年生徒指導主事等を担当(途中、小学校兼務)。市教委指導主事を経て2012年より現職。生徒指導を専門とし、ネット問題、いじめ、不登校等、「困っている子ども」への対応方法について研究している。文部科学省、総務省等で、子どもとネット問題等についての委員を歴任している。2013年ウィーン大学客員研究員。教育学博士。

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