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愛知知事リコール署名偽造裁判、事務局長次男への判決で断定された「共犯」の構図

関口威人ジャーナリスト
リコール署名偽造の裁判が開かれている名古屋地裁(2022年3月16日、筆者撮影)

 愛知県の大村秀章知事に対する解職請求(リコール)運動をめぐり、署名を偽造したとして地方自治法違反の罪に問われた塗装工、田中雅人被告の判決公判が3月16日、名古屋地裁であった。板津正道裁判長は「ありもしない民意を捏造し、地方自治を不正にゆがめようとする許しがたい犯行」で、リコール制度の信頼を失墜させるなど「社会に及ぼした影響は大きい」として懲役1年6カ月、執行猶予3年の判決を言い渡した。

 一昨年10月下旬に佐賀県でアルバイト作業員を雇い、愛知県の有権者71人の署名を偽造したという起訴事実に沿って、雅人被告が署名偽造の「ほぼ全体」に関与していると断定。父親でリコール運動団体の事務局長だった田中孝博被告=同罪で公判中=が「主犯格」であるとした上で、雅人被告の共同正犯を認めた。

「自分の犯罪」かどうかが争点に

 弁護側は公判で、雅人被告が孝博被告から「場当たり的な指示を受け、限定的な場面に関与したにすぎない」と主張。他の被告と比較しても雅人被告の関わりの程度は小さく、「自分の犯罪」として関与したとは言えず、幇助犯が成立するにとどまるとしていた。

 また、雅人被告は公判でおおむね起訴事実を認める供述をしながら、東京の業者から500万円余りで名簿を購入した目的については、捜査段階の供述を否定して「『戸別訪問に用いるため』と孝博被告から聞かされていた」などと供述。名簿購入時点では、署名偽造の目的を認識していなかったことを強調した。

 これに対して判決は、「戸別訪問目的であれば愛知県から離れた名簿業者を選んだり、偽名を用いたりする理由はない」「戸別訪問をするのに、高額な代金を払って有権者の名簿を購入する必要はない」と指摘。雅人被告の公判での供述は不自然で、信用できないと退けた。

 むしろ「署名簿の署名数を増やすため」と聞いたという捜査段階の供述の方が、名簿購入時に「営業のため」などと使用目的を偽ったり、事務局の月給とは別に40万円ほどの高額の報酬を雅人被告が受け取ったりしたこととの整合性もあり、十分に信用できるという。

「土日の署名を多く」など現場に伝達

 佐賀県の会場では、アルバイト管理の担当者から「どの曜日を多く署名簿の署名欄に記載すればいいか」と聞かれた雅人被告が、孝博被告に電話で確認した上で「土曜日や日曜日を多くしてほしい」と返答。「10人分の署名欄がある署名簿には6、7人分の氏名を書き写してほしい」などとも具体的に伝えていた。

 「署名偽造はリコールの会の中でも秘密裏に行う必要があった」中で、雅人被告は孝博被告と密接に連絡を取り合い、実行役に孝博被告の指示内容を伝達。その積極的な役割は「自分の犯罪を犯した」と言える程度に大きく、犯罪の幇助にはとどまらないとされた。

 ちなみに今回、共同正犯として名前が挙げられたのは孝博被告と広告関連会社前社長の山口彬被告=同罪で懲役1年4カ月、執行猶予4年の有罪判決を受け控訴中=のほか、昨年5月に逮捕されたが起訴されなかったリコールの会の会計担当者も含まれていた。

 量刑に関しては、「主犯格の孝博被告と比べると従属的な役割にとどまることや事実をおおむね認めて反省していることなどの酌むべき事情を最大限考慮しても、弁護側が主張するような罰金刑を選択することは許されず、懲役刑を選択するほかない」と理由が述べられた。

 雅人被告の控訴の意向は現時点で不明。孝博被告の次回公判期日もこの日午前時点でまだ決まっていない。その理由について裁判所側も孝博被告の弁護側も「答えられない」という。山口被告の控訴審初公判は5月12日に予定されている。

ジャーナリスト

1973年横浜市生まれ。早稲田大学大学院理工学研究科(建築学)修了。中日新聞記者を経て2008年からフリー。名古屋を拠点に地方の目線で社会問題をはじめ環境や防災、科学技術などの諸問題を追い掛ける。2022年まで環境専門紙の編集長を10年間務めた。現在は一般社団法人「なごやメディア研究会(nameken)」代表理事、サステナブル・ビジネス・マガジン「オルタナ」編集委員、NPO法人「震災リゲイン」理事など。

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