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「パワハラ」批判で揺れた愛知県愛西市議会の政倫審、“もやもや”決着で市民に残ったもの

関口威人ジャーナリスト
愛西市議会政治倫理審査会を傍聴するため委員会室に入る市民ら=2月22日、筆者撮影

 女性議員に対する「パワハラ」ではないか、などの批判を招いた愛知県愛西市議会の政治倫理審査会が22日、議長への報告書を取りまとめて5回目で終了した。

 市内で配布された「議会ウォッチング通信」というチラシ発行元の連絡先について「分かりません」と答えた吉川三津子市議に対し、その後に発言を訂正しなかった対応が不誠実だったとして、条例に「抵触する部分があった」と断定。NPOとの関係については、条例違反ではないが「市民から疑われる言動をした」などと指摘した。一方、処分については「議長に委ねる」とし、審査会としての結論は出さなかった。

 審査会側はパワハラや政倫審の「濫用」との見方を否定するが、吉川議員は「私はハラスメントと受け止めている。NPOや市民活動にも疑いが残される結果で、全国に与える影響は大きい」として抗議は続ける意思を示した。人口6万人の街で巻き起こった地方議会の“品位”をめぐる波紋は、まだ収まりそうにない。

条例に「抵触」とするも処分は判断せず

 1月から始まった政倫審について、吉川議員やその支援者がSNSを駆使して問題点を発信。2月3日の第3回を傍聴して書いた私の記事も想像以上に拡散されて読まれ、市内外から意見や情報が寄せられた。

 逆に、審査する議員たちの勢いは明らかに削がれていった。

 市議長から任命された委員8人のうち5人は、自ら審査請求していた議員たち。3回目までは「吉川議員自身が身の“潔白”を示すべきだ」「法に触れなければどんな活動をしてもいいと思っていたのか?」などと問い詰めていた。

 それが2月10日の4回目では「市民活動自体は悪い話ではない」「どちらかというなら違反はなかったのではないか」とトーンダウン。最終日ではトーンを弱めつつ、「疑念を持たれたのは事実だ」「口頭注意の措置にすべきだ」とする報告書の会長案を支持する姿勢も。

 これに対して吉川議員を擁護する少数会派の議員が「(チラシの連絡先の)電話番号を『分からない』と言った話が、いつの間にか議員と市民団体との関わりの問題になってしまっている。このままでは市民活動を制限することを市議会が認めることになり、大問題だ」などと指摘。議論はたびたび中断して非公開の協議となり、チラシの連絡先と吉川議員の政治団体などとの関係を“探る”会長案の文章は大幅に削除された。

発端となった「議会ウォッチング通信」。発行元の「愛西市議会を知ろう会」は、議員の協力を得ながらあくまで市民有志の活動だと説明する意見書を政倫審に提出している。右の黄色いチラシは別団体のもの=筆者撮影
発端となった「議会ウォッチング通信」。発行元の「愛西市議会を知ろう会」は、議員の協力を得ながらあくまで市民有志の活動だと説明する意見書を政倫審に提出している。右の黄色いチラシは別団体のもの=筆者撮影

 最終的に「条例に抵触する部分があった」との文言は残ったが、「違反とまでは言い切れないものの『ちょっと違反した』ことにはしたい」。そんな妥協点だと解説する議員も。処分の有無を「議長に委ねる」とした点も含めて、もやもや感が残った。

 そもそも審査会が処分を決めて議長に報告するのか、そうでないのか、条例に照らしてもはっきりしない。終盤も議論はたびたび中断し、議会事務局を交えての調整が続いた。傍聴していた他市の議員は「うちの条例とはだいぶ作りが違う。あれでは報告を受けた議長も困るだろう」とあきれ顔だった。

NPOとの関わりは建設的議論に結び付かず

 条例には「議員が役員をし、又は実質的に経営に携わる法人その他の団体は、指定管理者となることができない」という項目もある。今回は吉川議員が2005年に立ち上げ、1年間理事を務めていたNPO法人が、現在は市立児童館の指定管理者となっていることで問題視された。

 これについて審査会は「(現在は吉川議員が)当該NPO法人の役員になっていないことは確認できた」「市の指定管理者(NPO法人)の経営に実質的に携わっているとは判断できなかった」と、こちらは条例違反をはっきり否定。その上で「市民から疑惑を持たれることのないような慎重な行動を本来とるべきであった」と付け加えた。

 だが、そもそも「実質的に経営に携わる」の定義もあいまいだ。それに加えて、NPOは企業よりも緩やかな組織形態だといえる特殊性もある。これについてはNPO業界の中から「善意にしろ悪意にしろ、公的サービスを担うNPOに不祥事は起こっている。NPO側のコンプライアンス・ガバナンス体制を整える必要もある」との声が私にも寄せられた。

 吉川議員はNPO法の下で、理事ではない自身が経営に携わるのは不可能と主張した。ただ、その上でさらに議員活動と一線を引き、議員としての影響力が及び得ないコンプライアンス体制やルールを団体側と一緒に確立・公開すれば、今後は自身もNPOも安心して活動できることになる。今回はそうした建設的な議論があってもよかったのだが、政倫審ではそこまで議論が深まらなかった。そもそも、そういう前向きな場ではないということだろう。

 では政倫審とはいったい何なのか。

問題をさらけ出して改革のチャンスに

 最終日の審査会後、会長の杉村義仁議員と、副会長の高松幸雄議員が取材に応じた。

 パワハラや濫用との批判に対しては「我々がなぜここまで言われなければならないんだろう」と困惑の表情を見せ、「これが男性議員に対してだったとしても同じだったと思う。濫用とも考えていない」と弁明した。

 そもそも政倫審での議論にふさわしい問題だったのかについては「今回の場合は疑いが2つ(チラシの問題とNPOの問題)出てきてしまった。出てきた以上はコロナも(4月の市議会)選挙もあり、この問題を長引かせるわけにはいかなかった」とする。しかし「政倫審には調査権がなく、双方から資料も出てこない。その上で判断する難しさがあった」と苦しい立場であったことを強調した。

 副会長の高松議員は「疑いがある」と問題提起した審査請求者の一人でもある。請求者として今回の結果が納得できるかどうかを聞くと「それはお答えできないですね」と苦笑した。

 政倫審の報告書は近日中に議長に提出される。ホームページで公開するかどうかは、前例がないため今後、検討していくという。

市議会の政倫審が開かれた愛西市役所庁舎。3月3日から市議会の3月定例会が、4月には市議選も控えている=2月22日、筆者撮影
市議会の政倫審が開かれた愛西市役所庁舎。3月3日から市議会の3月定例会が、4月には市議選も控えている=2月22日、筆者撮影

 この日は折しも、同じ愛知県の岡崎市議会では私用で渡米・帰国後にホテル隔離となり委員会を欠席した市議に、広島県呉市議会では航空機内でのマスク着用を拒んだ市議に、それぞれ政倫審(岡崎は政治倫理委員会)が辞職勧告決議案を突き付けた。

 個々の主張や地域事情はそれぞれだろう。だからこそ、市民を巻き込んで「そもそも」の議員のモラルや政倫審とは何なのかを丁寧に見つめ直さなければならない。

 愛西の政倫審を傍聴していた市民はこう言った。

 「今回、こんな実態をさらけ出してしまったからこそ、これからは全国的にも議会改革が進んだと言われる市にならなければ」

ジャーナリスト

1973年横浜市生まれ。早稲田大学大学院理工学研究科(建築学)修了。中日新聞記者を経て2008年からフリー。名古屋を拠点に地方の目線で社会問題をはじめ環境や防災、科学技術などの諸問題を追い掛ける。2022年まで環境専門紙の編集長を10年間務めた。現在は一般社団法人「なごやメディア研究会(nameken)」代表理事、サステナブル・ビジネス・マガジン「オルタナ」編集委員、NPO法人「震災リゲイン」理事など。

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