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市民も「恥ずかしい」 愛知県愛西市で起きている「政倫審」濫用の重大問題

関口威人ジャーナリスト
市議会の政治倫理審査会が開かれている愛知県愛西市役所庁舎=2月3日、筆者撮影

 愛知県愛西(あいさい)市の市議会で、一人の女性議員が市民活動やNPOとの関わりを巡り「政治倫理審査会」にかけられ、多数派の男性議員による「パワハラ」ではないかと市の内外から批判が沸き起こっている。「愛西がひどいことになっている」と聞いた私は2月3日に開かれた3回目の審査会に駆け付けて傍聴。確かにあきれ返るような地方議会の実態を目の当たりにし、考えさせられた。

「改革派女性議員」の市民活動に疑いの目

 愛西市は文字通り、愛知県の西端にある人口約6万人の街。2005年に旧海部(あま)郡の佐屋町、立田村、八開村、佐織町の4町村が合併して生まれた。

 その旧立田村で1997年ごろ、村内に計画された産廃処理施設の反対運動から、子どもや環境をテーマに市民活動を始めたのが吉川三津子さんだ。子育て中の母親たちと任意団体を立ち上げるとともに、活動を通して行政や議会の問題を知り「議会にものを言うため」自ら村会議員になった。

自身の市民活動やNPOとの関係を巡って政治倫理審査会にかけられている愛西市議会の吉川三津子議員。「このままでは誰も市民活動をしなくなる」と訴える=2月3日、筆者撮影
自身の市民活動やNPOとの関係を巡って政治倫理審査会にかけられている愛西市議会の吉川三津子議員。「このままでは誰も市民活動をしなくなる」と訴える=2月3日、筆者撮影

 合併後は、NPOが公的サービスを担う時代になるとして活動団体をNPO法人化し、理事に就任。ただし、その1年後の2006年には理事を退任している。吉川さんは「市民活動をするときは一市民として参加する」として、議員活動とは線を引きながら活動を継続。一方、議会では情報公開や市民の参画について積極的に取り組んできた。今回、こうした活動の中で他議員から“疑惑”を持たれる形になっている。

 政治倫理審査会は国会議員の汚職事件がクローズアップされた1980年代、国会法の改正で衆参両院に設置されることになった。以来、地方議会も「政治倫理条例」を作り、議員の政治倫理をただす場として審査会が設けられ始めた。愛西市議会は2012年に条例を制定。「議会だより」によると、2016年に酒気帯び運転が疑われた議員を対象に審査会が開かれている。

 今回は定数18の議員のうち6人の男性議員が審査請求者となり、吉川議員を対象に審査会を開くよう議長に求めた。そして今年1月から審査会が設置され、週に1度というハイペースで開かれている。

 審査会の委員は8人で、うち5人が審査請求した議員たち自身だ。つまり、多数派の議員が特定議員を「怪しい」「けしからん」と思えば、請求から審査までを多数で押し切れてしまう。これについて、他市では審査請求した議員が審査会の委員になれない規定があるという指摘もあり、第2回の審査会で一部議員から疑義が出たが、委員構成は変わらなかった。

議会を批判する「通信」発行元を“犯人探し”

 さらに驚くのは請求の中身だ。

 今回のきっかけとなったのは、市内で配布された「議会ウォッチング通信」というチラシ。発行者は「愛西市議会を知ろう会」となっていて、メンバーの一人によれば「閉鎖的な議会を変えていこうと市民有志が集まり結成した会」だという。

 昨年7月に第1号の「通信」が発行され、愛西市議会の情報公開度ランキングの低さや本会議のネット中継がないことを取り上げて「こんなに議会改革が遅れている!」と指摘。市民からの請願に対する本会議や委員会での各議員の発言も実名で紹介し、「びっくり発言」「びっくり反対理由」などと批判している。

愛西市内で昨年7月に初めて発行された「議会ウォッチング通信」。議会改革の遅れを指摘、裏面には各議員の「びっくり発言」などと発行者の連絡先が記されている(「愛西市議会を知ろう会」提供)
愛西市内で昨年7月に初めて発行された「議会ウォッチング通信」。議会改革の遅れを指摘、裏面には各議員の「びっくり発言」などと発行者の連絡先が記されている(「愛西市議会を知ろう会」提供)

 これを受けて8月に市議会の全員協議会が開かれ、「通信」に名前を挙げられた議員らが発行元と吉川議員との関係を疑った。取り上げられた請願の「紹介議員」が吉川議員だったからだ。

 議員の一人がチラシの裏面にある連絡先の電話番号について「どちらの方か教えていただきたい」と吉川議員に尋ね、吉川議員は「分かりません」と答えた。しかし、議員はこの連絡先が請願者の連絡先と同じであること、その請願者の氏名が吉川議員の関連の政治団体の代表者と同じであることが分かったとしている。

 その上で、これらが政治倫理条例第4条の項目「議員は市民全体の代表者として品位と名誉を損なうような一切の行為を慎み、その職務に関して不正等の疑惑をもたれるおそれのある行為をしないこと」に違反するというのだ。

 3日の審査会で吉川議員は、全員協議会で「分かりません」と答えたことは、単に電話番号だけで誰かは判断できなかったという説明をした。そして、「なぜ電話番号のことが政治倫理にひっかかるのかぜんぜん分からない」「議会が市民団体を深く調査する必要はない」と憤りをあらわにした。

 しかし、審査請求をした議員らは「政治団体の代表者は身内ではないのか」「(チラシの内容は)議員しか知らないことが書かれている」などと終始、疑ってかかった。

 これは単純に考えて、議会を批判する言論を発した市民に対し、議会側が“犯人探し”をしている構図だ。さすがに審査請求者以外の議員から「憲法で保障された信条や結社の自由も考えるべきだ」と諌める発言があった。

NPO巡る“疑い”には根本的な理解不足が

 もう一つの審査請求理由は、吉川議員が4年前の市議会の一般質問で、児童館の「トイレ改修」を市に要望したことだ。その児童館の指定管理者は、吉川議員の立ち上げたNPO法人だった。これが条例の第6条「議員が役員をし、又は実質的に経営に携わる法人その他の団体は、指定管理者となることができない」に反しているかどうかが問われている。

 吉川議員は、NPOの役員は16年前に退き、現在は経営にも携わっていないと説明。しかし、請求者の議員は「口頭での説明にとどまる」「最近の議会でも『市内5団体と2足のわらじで議員活動をしている』と発言している」などと主張。吉川議員のFacebookの書き込みを資料に付し、NPOから報酬をもらって県外に視察などに行っていると責め立てる。

吉川議員が政治倫理審査会に提出した弁明書の一部。写真の児童館のトイレは「子どもたちが用を足しているところが見えてしまう」状態を市議会の一般質問で指摘したという(吉川議員提供)
吉川議員が政治倫理審査会に提出した弁明書の一部。写真の児童館のトイレは「子どもたちが用を足しているところが見えてしまう」状態を市議会の一般質問で指摘したという(吉川議員提供)

 吉川議員は、理事退任は当時の法務局への提出資料や現在のNPOの役員名簿を調べれば分かることだと述べた。経営への関与も、団体の業務内容は代表権を持った理事が決定するというNPO法上の規定から、理事を辞めた自分にはそもそもできないと主張した。報酬についても、いわゆる「有償ボランティア」活動をする際は報酬の受け取りを辞退すると、議員としては「寄付行為」に当たってしまう。そのため、報酬を受けながら「居住支援相談員」などの活動もしてきたとする。

 こうした説明にも、請求者の議員らは「なぜ無償であったり有償であったりするのか」「誰に指揮命令権があるのか」などと納得できない。根底にはNPOに対する理解不足があるのは明らかだ。だが正直、私もNPOに関わることが多いので分かるが、そのあいまいさや複雑さを上の世代に納得してもらうのは難しい。それはNPO業界全体での周知や啓発不足の面もある。もちろん、実際に法令に触れる利益誘導などがあったかどうかは、精査されなければならない。

 吉川議員は説明を尽くした上で、「そもそもNPOとは何かという研修会などを開いてほしい」と求めた。この認識の隔たりを埋めるのは時間がかかりそうだ。

全国であり得る「少数派議員つぶし」の闇

 どちらにしても、これらが「政倫審」という場で延々と議論されるべき問題なのか。

 吉川議員は「議員として18年間、『女』であることでいろんなことがあった」と、今回が女性議員へのパワハラと受け止めていることをほのめかしつつ、「コロナ禍の中で一丸とならなければいけないときに、これでは地方議会がダメになってしまう。これは愛西だけの問題ではない」と涙で声を詰まらせる場面もあった。

 4時間余りに及んだこの日の審査会終了後、会長の杉村義仁議員と、副会長であり審査請求者でもある高松幸雄議員にこの会の意味を聞くと「出された請求に対して公平に、これでいいのか、何が一番正しいのかを審議しようとしている。吉川議員に罰を与えようとしているわけではない」と述べた。前後の時間がなくて正副会長とは短いやり取りで終わってしまったが、別の議員は「吉川議員が疑いをもたれた以上は自ら“潔白”を示すべきだ」と、まるで犯罪者を裁くように話す。

愛西市議会の政治倫理審査会は市役所4階の議会委員会室を使って開かれている。次回は2月10日の予定=2月3日、筆者撮影
愛西市議会の政治倫理審査会は市役所4階の議会委員会室を使って開かれている。次回は2月10日の予定=2月3日、筆者撮影

 審査会は3月下旬までに結論を出し、市議会として処分が下される予定だという。その後4月には市議会選挙が予定されている。傍聴していた市民からは「コロナの最中にこんなことで時間やお金を費やして恥ずかしい」「もっと市民がこの実態を知るべきだ」といった声が漏れた。

 初回から傍聴を続けている名古屋市民オンブズマン事務局の内田隆さんはこう指摘する。

 「そもそも政治倫理条例は、収賄事件で有罪判決を受けた議員の居座りに反発した市民の直接請求でできたもの。違法性が明らかな場合にかけるべきものであって、抽象的な『倫理違反』疑惑でかけるものではない。今回の愛西市議会の事例は極めてあいまいなもので、濫用と思われる」

 内田さんによると、全国の地方議会で政倫審が「少数派議員つぶし」に濫用されている。各地の詳細を調べているが、非公開で行われている審査会もあり、愛西の場合はまだ公開されているだけマシなのかもしれない。

 内閣府も地方議会でのさまざまなハラスメントについて調査を進め、全国1300余りの事例を基に被害防止のための研修教材を作成する方針だ。(政治分野におけるハラスメント防止研修教材の作成について:内閣府男女共同参画局

 地方議会の健全化のために、オンブズマンや筆者にも情報をお寄せいただきたい。

ジャーナリスト

1973年横浜市生まれ。早稲田大学大学院理工学研究科(建築学)修了。中日新聞記者を経て2008年からフリー。名古屋を拠点に地方の目線で社会問題をはじめ環境や防災、科学技術などの諸問題を追い掛ける。2022年まで環境専門紙の編集長を10年間務めた。現在は一般社団法人「なごやメディア研究会(nameken)」代表理事、サステナブル・ビジネス・マガジン「オルタナ」編集委員、NPO法人「震災リゲイン」理事など。

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