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名古屋入管死亡事件・ウィシュマさんの支援者が河村市長に託した国への4つの要望【3/2追記あり】

関口威人ジャーナリスト
名古屋市の河村たかし市長(中)に本を手渡す眞野明美さん(左)=2月3日、筆者撮影

 名古屋出入国在留管理局(名古屋入管)に収容されていたスリランカ人女性、ウィシュマ・サンダマリさん=当時33歳=が昨年3月に亡くなってから、間もなく1年になる。来日している遺族らが真相究明と再発防止の対応を求めているが、管轄の法務省はまだ消極的だ。

 そんな中、ウィシュマさんが亡くなる直前まで面会を続けていた支援者の眞野明美さん=愛知県津島市=が2月3日、名古屋市の河村たかし市長に会い、事件について意見交換した。なぜ河村市長? …いったい何を、どう話したのだろうか。

死の間際までの手紙のやり取りを本に

 眞野さんはウィシュマさんが仮放免(一時的な身柄の解放)されたら、シェアハウスとしている自宅の一室で引き受ける予定だった。感性豊かなウィシュマさんとシンガーソングライターとしても活動していた眞野さんは最初の面会から気が合い、手紙のやり取りを始めた。

 ウィシュマさんは日本と母国との生活文化の違いなどをカラフルな絵を添えて伝えたが、次第に体調の悪化や収容生活のつらさに関する記述が増え、やがて死を意識した訴えになった。

 「わたし しぬ こわい」

ウィシュマさんが眞野さんとやり取りした手紙のコピー。眞野さんが差し入れしたカラーペンなどで描いた色鮮やかな絵が添えられていた=筆者撮影
ウィシュマさんが眞野さんとやり取りした手紙のコピー。眞野さんが差し入れしたカラーペンなどで描いた色鮮やかな絵が添えられていた=筆者撮影

 こうした手紙のやり取りはウィシュマさんの死後、事件の記録を残したいという眞野さんの思いや周囲のすすめから、遺族の了解を得た上で書籍化されることになった。ただ、眞野さんだけでは当時を思い出して涙が止まらず、筆が進まないとして私(関口)も執筆に協力させてもらった。

 昨年10月に出版された『ウィシュマさんを知っていますか?』(風媒社刊)を今回、眞野さん自身が名古屋市長室に持ち込んで河村市長に手渡した。もちろん、施設が名古屋にあるからといって、市長が何か権限をふるえるわけではない。

 河村市長は開口一番、「ちょっと誤解されんようにしたいのは、今回は名古屋市の職員がなんかしたということではない。私がこの件で動くと、そう誤解されるという人もおるんですわ」と釘を刺した。「ただ、縦割り行政の中で何も知らんと言うつもりはないのでね」ともいう。

名古屋の名誉守るためにもと説得

 眞野さんもそれらを承知の上で、今回は名古屋の名を悪いイメージとして全国に、そして世界中に広めてしまったと指摘した。実際、ニューヨーク・タイムズ紙が2度にわたって「Nagoya」の事件として記事にしている。

 「名古屋市民の名誉を守らなければなりませんよね」

 眞野さんの呼び掛けに河村市長もうなずき、入管体制に求められる改善点として眞野さんが以下の4つを挙げた。

1.人間らしい食事を!

 ――被収容者は外国籍の方々です。宗教などによって必要な食事内容は大きく異なります。業者任せの一律の弁当配布でなく、多様性に配慮した尊厳と健康を守る食事に転換してください。

2.人間らしい医療を! 本人の望む治療を!

 ――被収容者が体調不良を訴えても、看守はまともに取り合いません。入管診療室の医師も誠実に対応しているとは思えません。このような体制を一刻も早く見直し、被収容者に本人が望む適切な医療・治療を受けさせてください。

3.家族や支援者との安心した交流・交信を!

 ――入管内では国際電話が使えますが、1枚1000円のカードを購入した上で、海外の家族とは1分程度しか話せないそうです。コロナ禍で支援者との面会も制限されています。被収容者のメンタルケアとして家族や友人、支援者と安心して話せる環境を整えてください。

4.入管内外で人権と尊厳を守った対応を!

 ――被収容者が外部の病院に連れ出される際は、手錠をかけられ、腰縄をうたれます。ワクチン接種会場の待合室でもそうした格好で人目にさらされ、「私は泥棒じゃない! 人殺しでもない! 死ぬほど恥ずかしい!」と訴えた当事者がいます。どうしても収容を続けるというならば、入管内外で被収容者の人権と尊厳を守り、職員や担当者との人間的な信頼関係を築けるようにしてください。

「いっぺん向こうの意見も聞く」

 今回、眞野さんの他には国際政治などを専門とし、同書の巻末に寄稿している名古屋市立大学人文社会学部の平田雅己准教授も同席した。平田准教授は「入管の収容には司法が介入しないため、恣意的な判断になってしまう。ブラックボックスになりやすい」などと説明した。

名古屋市港区の名古屋出入国在留管理局。住宅地の中にあるが、市民にはなかなかその実態がうかがいしれない=2月2日、関口威人撮影/NAMEDIA
名古屋市港区の名古屋出入国在留管理局。住宅地の中にあるが、市民にはなかなかその実態がうかがいしれない=2月2日、関口威人撮影/NAMEDIA

 河村市長は国会議員時代、名古屋刑務所受刑者の放水死事件を「刑務官の冤罪」の観点から関わっており、刑務所と入管を比較したがる。

 「刑務所でいう保護房みたいなものはあるか」「(収容者に適切な)医療を受けさせなきゃいかんというのは入管法に書いてあるのか」。この日もそんな疑問を口にした。

 その上で「わしも刑務所のことはやってきたが、入管の問題は気付かなかった。よく本を読ませてもらって、いっぺん向こう(入管側)の意見も聞かんと」と約束した。

【追記】3月2日、河村市長は名古屋入管の北村晃彦局長と市役所で会談。ウィシュマさん事件の経緯や入管の医療体制などについて意見を交わした。河村市長は筆者の取材に「今回は全体的な話だったが、今後も話し合いを続ける」と述べた。

 眞野さんは面会後、「市長は親身になって聞いてくれたので、次はぜひ現場に立ってみてほしい」と話した。

 眞野さんはウィシュマさんが亡くなった後も名古屋入管で長期収容に苦しむ外国人との面会を重ね、今は仮放免されたウガンダ人やキリバス人など6人の面倒を見ている。ただ、個人でできる活動には限界もあり、他の支援団体などとのつながりを探る日々だ。

ジャーナリスト

1973年横浜市生まれ。早稲田大学大学院理工学研究科(建築学)修了。中日新聞記者を経て2008年からフリー。名古屋を拠点に地方の目線で社会問題をはじめ環境や防災、科学技術などの諸問題を追い掛ける。2022年まで環境専門紙の編集長を10年間務めた。現在は一般社団法人「なごやメディア研究会(nameken)」代表理事、サステナブル・ビジネス・マガジン「オルタナ」編集委員、NPO法人「震災リゲイン」理事など。

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