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愛知リコール署名偽造裁判、事務局長次男の求刑と反論から垣間見える駆け引き

関口威人ジャーナリスト
リコール署名偽造事件の裁判が進む名古屋地裁(2022年1月26日、筆者撮影)

 愛知県の大村秀章知事に対する解職請求(リコール)運動をめぐり、署名を偽造したとして地方自治法違反の罪に問われた塗装工、田中雅人被告の論告求刑公判が1月26日、名古屋地裁であった。検察側は、父親でリコール運動団体の事務局長だった田中孝博被告=同罪で公判中=が主犯であるとした上で、雅人被告は「目先の利益欲しさから安易に犯行に加担し、(名簿購入や運搬など)不可欠で重要な役割を果たした」などとして、懲役1年6カ月を求刑した。

 一方、弁護側は雅人被告が父からの指示で「従属的、受動的」に行動しただけで、運動団体(リコールの会)内での地位も低かったなどとして共同正犯は成り立たず、罰金刑が相当であると主張した。佐賀市内での偽造作業を計画したとして既に懲役1年4カ月、執行猶予4年の判決が言い渡されている広告関連会社元社長、山口彬被告=控訴手続き中=ら関係者間の責任の所在などをめぐる駆け引きも垣間見えた法廷の様子を詳しく伝える。

「経済的利益得るため犯行関与」と検察側

 「共同正犯が成立する」と主張した検察側は、その理由として名簿購入や佐賀県への運搬、現地担当者を介したアルバイト作業員への指示、愛知県に引き返すまでの運搬など、雅人被告が自ら関わった一連の行動を挙げた。

 その上で、雅人被告がリコールの会からの固定給に加えて、東京や佐賀に動いた分の報酬を計40万円以上受け取っていた事実を重要視。「当時、他に収入を得ていなかったことをあわせ考えれば、被告人がもっぱらこの経済的利益を得るために本件に関与していた」と断じた。

 父の孝博被告から「(仮提出にとどめるため)犯罪にならないと言われていた」といった弁解も、愛知県内の居住者の名簿を購入し、その氏名を書くことは「無断で署名を記載する」犯罪であるのは容易に分かるはずだと追及。むしろ、言われた通りに名簿を購入したり、言われた通りの場所に運搬したりする単純な作業だけで、高額の報酬を支払うと約束されていたのは「それが犯罪に該当すると、より一層理解していた」と認められ、情状酌量の余地もないとした。

「名簿の購入目的」めぐり急きょ被告人質問

 これに対し、弁護側は大幅な情状酌量を求める意見を述べるとともに、「名簿購入の目的」についての供述調書に異議があると申し立て、急きょ雅人被告に対する被告人質問が追加で行われることになった。

 孝博被告に頼まれて東京の業者から名簿を購入したとき、検察側は雅人被告が最初から無断で氏名を書き写すためという偽造の目的を認識していたとする供述調書を取っている。しかし、昨年12月16日の被告人質問で雅人被告はその認識を否定し、今回もあらためて「そういう説明は(取り調べに対して)していない」と断言した。

 雅人被告によると、孝博被告は名簿を「戸別訪問や自分の選挙で使いたい」などと言っていた。一方、孝博被告が「数合わせで欲しい」とも言ったことに対しては、雅人被告が「いやいやダメでしょ」と諌(いさ)めるやり取りもあったという。

 こうしたことから弁護側は、雅人被告が少なくとも現実に名簿が署名偽造に利用されるとは認識していなかったとした上で、供述調書は「検察官の作文」であり、信用性がないと主張した。

「幹部の代役で現地入り」など立場の低さ強調

 また、弁護側は佐賀へは当初、リコールの会の別の事務局幹部が行く予定であったことが、幹部本人や山口被告の供述調書などから明らかになっていると言及。この幹部は佐賀でのバイトリーダーの面接なども行う現場管理者となる予定だったという。

 だが、実際に幹部は現地入りせず、偽造作業が始まる直前になって孝博被告の指示で雅人被告が車で現地へ向かうことになった。

 こうした「イレギュラーな事態が生じた」ため、偽造作業の具体的な方法などを知らなかった雅人被告が「場当たり的、限定的に利用された」と弁護側。犯行の全体像は孝博被告と山口被告が計画し、それに加えて山口被告の関連会社の役員や、リコールの会の事務局幹部と会計担当者らが「計画の中枢を担った者」であるとして、雅人被告の関わりの程度は小さかったことを強調した。

 名簿購入や運搬に対する報酬については、孝博被告との親子関係を前提に支払われた「駄賃」の意味合いが強いとも主張し、冒頭のような減刑を求めた。

 結審に当たり、最後に何か言っておきたいことがあるかと裁判長に促された雅人被告は「特にありません」と一言述べただけだった。

 判決は3月16日の予定。孝博被告の第2回公判期日はまだ決まっていない。

ジャーナリスト

1973年横浜市生まれ。早稲田大学大学院理工学研究科(建築学)修了。中日新聞記者を経て2008年からフリー。名古屋を拠点に地方の目線で社会問題をはじめ環境や防災、科学技術などの諸問題を追い掛ける。2022年まで環境専門紙の編集長を10年間務めた。現在は一般社団法人「なごやメディア研究会(nameken)」代表理事、サステナブル・ビジネス・マガジン「オルタナ」編集委員、NPO法人「震災リゲイン」理事など。

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