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愛知リコール署名偽造裁判、事務局長の次男が明かした“裏方作業”と“親子関係”

関口威人ジャーナリスト
リコール署名偽造事件の裁判が進む名古屋地裁(12月16日、筆者撮影)

 愛知県の大村秀章知事に対する解職請求(リコール)運動をめぐり、署名を偽造したとして地方自治法違反の罪に問われた塗装工、田中雅人被告(29)の第2回公判が12月15日、名古屋地裁であった。被告人質問で雅人被告は、父親でリコール団体事務局長だった田中孝博被告=同罪で公判中=からの指示で名簿の購入や署名用紙の運搬などの“裏方”作業に動いていたことを明らかにした。父親に対して抱く思いを含め、その供述内容を詳しく伝える。

偽造の関与認めるも「幇助」にとどまると主張

 今年9月24日の初公判で、父の孝博被告は認否を留保、次男の雅人被告も認否は明らかにしなかったが、「客観的事実は争わない」などと述べていた。今回も雅人被告の弁護人は起訴事実についてあらためて「積極的に争わない」とした上で、雅人被告の役割については「幇助(ほうじょ)」にとどまるとして、孝博被告らとの共同正犯は成り立たないと主張した。

 被告人質問でも、雅人被告は「孝博被告から指示されて動いたことに間違いはないか」と弁護人から問われ、はっきり「はい」と答えた。

 その後の検察官との質疑の内容も合わせると、雅人被告はリコール運動団体(リコールの会)が昨年8月25日に署名活動を始めて以降、孝博被告から「人が足りないから手伝ってくれ」と言われ、昨年9月ごろから本格的にリコールの会に関わり始めた。

 仕事は主に署名を呼び掛ける街宣車の運転。最初の1カ月は日給5000円、その後は日給1万円になり、最後は月給20万円ほどになった。その元手は「クラウドファンディング」で集めた資金だと認識していた。

 塗装工の仕事も安定してあったが、この期間は自らストップして事務局の仕事に専念。ただし、事務局の内部的なことは分からず、会の代表である高須克弥院長の姿もほとんど見かけることはなかった。当初は街宣車で回っていると、道行く人が振り向いたり、手を振ってくれたりするので、署名は「それなりに集まってるのかな」と思っていたという。

愛知県知事リコール運動の初日、愛知県庁前にやって来たリコールの会の街宣車(2020年8月25日、筆者撮影)
愛知県知事リコール運動の初日、愛知県庁前にやって来たリコールの会の街宣車(2020年8月25日、筆者撮影)

名簿購入のため現金800万円抱え父子で東京へ

 ところが10月に入り、孝博被告は署名してくれる人の「戸別訪問」のために名簿を使いたいと言い出し、雅人被告に名簿業者を探すよう頼んだ。

 雅人被告は父に言われるまま、ネットで「名簿屋」「名簿購入」などのキーワードを使って検索。すぐに東京の業者が見つかり、雅人被告は父の実家のある愛知県稲沢市の有権者のデータを注文する。「その名簿屋が信用できるかどうか試すため」と父に言われたからだという。

 そして昨年10月3日には、雅人被告が東京に直接出向き、業者からデータを「紙」で購入、愛知に戻って孝博被告に手渡した。雅人被告は中身を確認していないが、孝博被告はこの業者が「信用できそうだ」と判断し、最終的に愛知県内80万人分のデータ購入を決めた。しかし金額は、最初の稲沢市分は4000円程度だったが、今回は800万円近くを提示された。

 業者と数日交渉し、ほぼ話がまとまったため昨年10月6日に2人で新幹線に乗って東京に向かった。孝博被告は現金800万円を札束で用意していた。だが、名簿業者のあるビルの前まで着くと、「リコールの会にはスパイがいるので、俺は一緒に行けない」と近くの喫茶店で待つと言い出し、雅人被告が現金を受け取って一人で名簿業者の事務所に入っていくことになった。

報酬ももらえて「ラッキーだな」と思う

 雅人被告は業者に対して、孝博被告の指示通り、偽名と架空の会社名で書類を書き、購入目的は「営業」のためだとした。ただ、「やましい気持ちはなかった」という雅人被告は、身分確認のため提示を求められた免許証は自分の本名が書いてあるままに見せた。

 このとき購入したデータはUSBとCDの形で受け取り、喫茶店に戻って孝博被告に渡した。それが後に署名偽造の元データになると、雅人被告はこの時点でまったく思わなかった。

 この名簿購入に対して、雅人被告は交通費とは別に1回目は3〜5万円、2回目は20万円の報酬を受けた。高いといえば高いが、それほど不審には感じず「ラッキーだなと思ったぐらい」だという。

 2回目の名簿データは当初、業者から提示された金額は794万円。それが交渉で最終的に533万円まで値切れた。だが、注文書には543万円と誤記されて、そのまま支払った。後日、過払いだったとして10万円が雅人被告の口座に振り込まれた。孝博被告に報告すると「そのまま持ってっちゃっていいよ」と言われ、生活費などに使った。

佐賀への署名用紙運びで「偽造」感づく

 10月も半ばを過ぎ、孝博被告は「佐賀県に行ってほしい」と雅人被告に頼んだ。今回は「実際に署名を書かない人の名前を他の人に書いてもらう」ためだという。雅人被告は、ぼんやり「偽造」という目的を感じ取った。ただ、佐賀は行ったことのない土地で、旅費や食事代も出してもらえる。雅人被告はまたも「ラッキー」だと思って引き受けることにした。

 昨年10月18日、リコールの会の事務所から段ボール数十箱に入った署名用紙を雅人被告と父、母らでワンボックスカーに積み込んだ。さらに孝博被告の事務所で書き写し元となる名簿が入っているという段ボール箱を積み込み、翌19日の日中に雅人被告と母が佐賀に向けて出発。夜までに佐賀駅前のホテルで、今回の書き写し作業を手配した広告関連会社の子会社のA氏と合流した。

 佐賀のホテルには、一部屋が段ボール箱を置くために確保されていた。しかし、その部屋だけでは入り切らなかったため、残りの段ボール箱は車に積んだまま、A氏は「次の日に佐賀県青年会館に持ってくるように」と雅人被告に指示した。その日は福岡のホテルに泊まり、雅人被告は翌朝、指示された青年会館に行くと、A氏が若い男性3〜4人にホワイトボードを使いながら署名の書き方を説明していた。テーブルの上には現金と封筒が用意されており、他に日雇いのバイトを集めて作業をするつもりであると分かった。

 残りの段ボール箱を積み降ろした雅人被告はA氏から、署名作業の細かいやり方について尋ねられた。しかし、雅人被告は何も知らなかったので答えられない。その場で父に電話して聞き、A氏に伝えた。

 A氏からは会場に3〜4時間おきに来て、書き写しの終わった署名用紙を車に積み込むよう言われた。それ以外の時間、雅人被告はコンビニの駐車場で寝たり、福岡で観光をしたりして時間をつぶした。こうして九州に2泊3日でとどまり、車にぎっしりと積んだ段ボール箱を稲沢の父の実家へ届けた。

「関わらなければよかった。父を止めるべきだった」

 10月末には、もう一度佐賀に行ってほしいと言われ、今度は新幹線で佐賀に向かった。書き写し作業は延々と続いており、また山積みになった段ボール箱を、佐賀でレンタカーを借りて愛知へ持ち帰った。

 この前後、雅人被告は名古屋市内の複数の施設で署名簿に指印を押す作業に加わったほか、書き損じの署名簿を処分に出す作業も担った。さすがにこの頃には違法なことに関わっているという認識はあったが、父に確認すると「仮提出までなら選管が署名の数を数えるだけ。とにかく数がほしい」のだと説得されていた。

 今、振り返れば「関わらなければよかった」という雅人被告。父から一連の指示をされたとき、自分が「父を止めるべきだった」と後悔の念を述べた。

 次回、来年1月26日に論告求刑公判を予定。判決は3月の見込み。孝博被告の次回公判期日はまだ決まっていない模様。

ジャーナリスト

1973年横浜市生まれ。早稲田大学大学院理工学研究科(建築学)修了。中日新聞記者を経て2008年からフリー。名古屋を拠点に地方の目線で社会問題をはじめ環境や防災、科学技術などの諸問題を追い掛ける。2022年まで環境専門紙の編集長を10年間務めた。現在は一般社団法人「なごやメディア研究会(nameken)」代表理事、サステナブル・ビジネス・マガジン「オルタナ」編集委員、NPO法人「震災リゲイン」理事など。

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