噴火から6年、御嶽山頂の今を詳報します

規制緩和で一時立ち入りできるようになった御嶽山の王滝頂上(9月26日、筆者撮影)

 死者、行方不明者63人に上った御嶽山の噴火災害から27日で6年となります。今年はコロナ禍で追悼式などが規模縮小や中止になっていますが、戦後最大の噴火災害となった衝撃は忘れられません。規制緩和が進んで立ち入りできるようになった山頂に登り、ありのままの姿から今後の教訓などを考えました。

「王滝口」登山道で山頂へ

 私は噴火翌年の2015年に、噴火口とは最も遠い(ただし距離が長くてあまり一般的ではない)長野県の開田口登山道を登り、翌16年は岐阜県側の小坂口登山道、17年に長野県側で一般的な黒沢口登山道を9合目まで登りました。18年は黒沢口登山道の規制緩和で剣ヶ峰(3,067メートル)山頂まで登頂。昨年は都合が悪く行けませんでしたが、今年はさらに規制緩和された王滝口登山道を頂上まで目指すことにしました。

御嶽山の入山規制図(2020年7月1日現在、木曽御嶽山安全対策情報サイトから)
御嶽山の入山規制図(2020年7月1日現在、木曽御嶽山安全対策情報サイトから)
王滝口登山道のルートと入山規制図。9合目避難小屋から王滝頂上までの登山道が2020年8月1日から10月13日までの午前7時から午後2時まで通行可能(王滝村公式サイトから)
王滝口登山道のルートと入山規制図。9合目避難小屋から王滝頂上までの登山道が2020年8月1日から10月13日までの午前7時から午後2時まで通行可能(王滝村公式サイトから)

 26日朝、薄曇りでところどころ霧がかかっているような道を抜け、たどり着いたふもとの気温は18度ほど。日が差し込まないと肌寒い感覚でした。ちなみに私のその日の体温は36.2度。ネットで登山届(登山計画書)を出すときにもチェック項目がありましたが、マスクや消毒液は持参しました。

 午前9時、出発点である田の原駐車場には10台ほどの車が止まっていました。ただしマスコミ関係の車が大半だったようで、私も登山靴を履くなどの準備をしていると、さっそく「御嶽山の関係者ですか?」と地元(古巣)の記者から聞かれ、苦笑しながら事情を説明することになりました。

王滝口登山道入り口にある大鳥居(筆者撮影)
王滝口登山道入り口にある大鳥居(筆者撮影)

 御嶽山は信仰の山。この7合目の登山口に来るまでにも、さまざまな石碑や神社の看板が目に入りました。今回の登山道や村名の「王滝」は「おんたけ」にも由来するそうで、まさに信仰の道のど真ん中を入らせてもらう気持ちで、大鳥居をくぐりました。

 砂利道をしばらく歩くと、入山規制などを説明する看板が現れます。御嶽山は活火山であることや、ヘルメットの着用などが呼び掛けられていました。

規制緩和の期間や時間帯などを示す看板(筆者撮影)
規制緩和の期間や時間帯などを示す看板(筆者撮影)
8合目手前からさっそく岩の多い急斜面が続く(筆者撮影)
8合目手前からさっそく岩の多い急斜面が続く(筆者撮影)

急峻な岩場を慎重に登山

 王滝口は他の登山道に比べると、かなり直線的で短距離のルートです。予想通り、道はすぐ急峻になり、岩場も多くなります。前日は雨模様だったため濡れた岩もあって、滑らないように気を付けて足を踏み進めました。登山用の手袋は最初から必要でした。

 ただ、全体には道は乾いていて、よく整備されていました。いわゆる紅葉のパノラマは見られませんでしたが、明るい空を見上げながら登り続けられます。順調に8合目までたどり着くと避難小屋があり、ヘルメットなどが備蓄されていました。

8合目避難所にはヘルメットの備蓄(筆者撮影)
8合目避難所にはヘルメットの備蓄(筆者撮影)

 8合目から9合目までは、ハイマツと岩の間をくぐり抜けるようにして進んでいきます。さすがにちょっと息が上がってくるので、一歩一歩、休み休みマイペースで行きたいところです。

 それでも1時間たたずに9合目まで到着。やはり小さな避難小屋があり、真新しいスピーカーと赤ランプが設けられていました。緊急時にはここから登山者に状況を知らせる仕組みです。途中には気象庁の火山観測装置もあり、観測態勢とその伝達方法の整備には力が入れられている印象でした。

9合目避難所には真新しいスピーカーと赤ランプ(筆者撮影)
9合目避難所には真新しいスピーカーと赤ランプ(筆者撮影)

 意外だったのはここから頂上まで300メートル。すぐそこという感覚ですが、6年前の噴火でこの先の景色は一変し、長らく一般人が立ち入れなくなってしまったのが現実です。

9合目から頂上までは300メートル。規制緩和で6年ぶりに一般の登山者も立ち入れるようになった(筆者撮影)
9合目から頂上までは300メートル。規制緩和で6年ぶりに一般の登山者も立ち入れるようになった(筆者撮影)
岩場を進むとすぐに王滝頂上が見えてくる(筆者がiPhoneでパノラマ撮影)
岩場を進むとすぐに王滝頂上が見えてくる(筆者がiPhoneでパノラマ撮影)
王滝頂上にある御嶽神社の入り口。6年前は火山灰で覆われた姿が空撮などで映し出されていた(筆者撮影)
王滝頂上にある御嶽神社の入り口。6年前は火山灰で覆われた姿が空撮などで映し出されていた(筆者撮影)

頂上は安全整備の途上

 頂上にあった山荘は既にほぼ取り壊され、手前に鋼鉄製のシェルターと避難舎が設置されていました。頂上山荘は今後、宿泊機能を持たせず、避難施設として改築される計画です。(木曽町・王滝村・長野県「御嶽山防災力強化計画」)

 一方、御嶽神社は被災した本殿などが再建され、新しい屋根や石畳などが見られました。しかし、ところどころに火山灰の固まりや噴石の傷跡が残る部分もあり、当時の壮絶さを感じさせられました。

 また、神社奥から剣ヶ峰方面へ抜ける登山道はまだ立ち入りができません。神社の石塀の間からは剣ヶ峰の山頂が望めます。その手前の「八丁ダルミ」と呼ばれるエリアでは、特に多くの登山者が犠牲になりました。

御嶽神社の石塀の間から望む剣ヶ峰山頂。その手前の「八丁ダルミ」と呼ばれるエリアでは特に多くの登山者が犠牲になった(筆者撮影)
御嶽神社の石塀の間から望む剣ヶ峰山頂。その手前の「八丁ダルミ」と呼ばれるエリアでは特に多くの登山者が犠牲になった(筆者撮影)
八丁ダルミの周辺。まだ一般の人は立ち入りができないが、「まごころの塔」と呼ばれるモニュメントなどは当時と同じように立っている(筆者撮影)
八丁ダルミの周辺。まだ一般の人は立ち入りができないが、「まごころの塔」と呼ばれるモニュメントなどは当時と同じように立っている(筆者撮影)
6年前の噴火口からは今も水蒸気が上がる。当時はそこから上がった噴煙や噴石が、右手側の八丁ダルミなどにいた登山者を襲った(筆者撮影)
6年前の噴火口からは今も水蒸気が上がる。当時はそこから上がった噴煙や噴石が、右手側の八丁ダルミなどにいた登山者を襲った(筆者撮影)

 八丁ダルミは南北の尾根沿いを渡るルートの途中で、草木がなく赤い砂地が広がっています。6年前の噴火時は西側の火口から噴煙や噴石が東側の八丁ダルミにも流れ込み、無防備な登山者を襲いました。

 当時、八丁ダルミのすぐ手前で被災した男性に、今回の登山で話を聞けました。「地響きか地割れのような音を聞き、噴煙が上がったかと思うと、それが上からも下からもサーッと向かってきた」と言います。

「アイマスクで押入れに閉じ込められた感覚」

 仲間の別の男性は「噴煙に包まれると、とにかく真っ暗になる。アイマスクをして押入れに閉じ込められるような感覚だ」と表現しました。

 どうすることもできずに頭を抱えてしゃがむしかなく、何分かして周囲がやや明るくなったのを感じてすぐに山荘方面に逃げ出したそうです。しかし、八丁ダルミにいた仲間2人をなくしました。

 今回、ようやく仲間のいた場所に向けて手を合わせることができ、心の整理が一つ付いたとしますが、「とにかく八丁ダルミには逃げ場がない。あそこにシェルターができなければ変わらない」と指摘します。上述の計画では、八丁ダルミには来年からシェルターの設置作業が始まる予定です。同時に、他の山でもこうした“死角”がないかを検証し、対策を施す必要があるでしょう。

王滝頂上に設置された鋼鉄製のシェルター。奥は避難舎(筆者撮影)
王滝頂上に設置された鋼鉄製のシェルター。奥は避難舎(筆者撮影)

 行きは2時間半程度、下山は約2時間で7合目に戻りました。コロナ禍での制限もあるものの、登山者は徐々に増えてきているそうです。最大限の安全対策を国や地域、登山者が一体となって進めてほしいと願います。

 王滝頂上の規制緩和は10月13日まで。黒沢口登山道につながる御岳ロープウェイの運行は11月3日まで。御嶽山の活動状況は気象庁のサイトで、現地の総合的な情報は木曽御嶽山安全対策情報サイトを参考に。 

男性たちが御嶽神社で仲間に捧げた花束とお酒。この後、持ち帰って7合目の献花台に供えられた(筆者撮影)
男性たちが御嶽神社で仲間に捧げた花束とお酒。この後、持ち帰って7合目の献花台に供えられた(筆者撮影)