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政府債務が減るから財政は心配ないって本当?

土居丈朗慶應義塾大学経済学部教授・東京財団政策研究所研究主幹(客員)
内閣府が出した試算で公債等残高の比率は今後下がるとしたが、実際に下がっているのか

1月17日に、内閣府は「中長期の経済財政に関する試算」(略称:中長期試算)を公表した。この中長期試算は、毎年1月と7月頃にアップデートすることになっており、今回も慣例で、来年度予算案がまとまったのを受けて、2029年度までの経済成長率や財政収支などに関して試算結果を公表した。

その中で、注目される指標の1つが、公債等残高対GDP比である。目下、政府は、2025年度の基礎的財政収支(プライマリーバランス)の黒字化を政策目標としており、基礎的財政収支も注目される指標の1つだ。

ただ、基礎的財政収支が赤字でも、公債等残高対GDP比が低下しさえすれば、財政は何も心配ない、との見方がある。

公債等残高対GDP比の上昇が止まらなければ、まさに文字通り雪だるま式に政府債務が増える状況となる。しかし、増税せずとも公債等残高対GDP比が低下するなら、財政赤字を多少増やしても大丈夫、と言いたいのだろう。

ちなみに、中長期試算で公表されている「公債等残高」は、OECDなどから公表されている「政府債務残高」とは、微妙に定義が異なる。公債等残高は、国と地方自治体の対象となる会計の債務残高だけが含まれるが、政府債務残高はそれより広義で、社会保障関係の債務も含まれる(ただし、財政投融資など公的金融機関の債務は含まれない)。「対GDP比で200%を超える」と言われるのは、政府債務残高の対GDP比で、冒頭のグラフにもあるように、公債等残高は、それより狭義だから、対GDP比で200%を超えてはいない。両者の違いは、対象となる債務の定義が異なるだけである。

では、公債等残高対GDP比は実際に低下しているのだろうか?

結論は、冒頭のグラフに示されている。いずれも、2020年代の名目経済成長率が3%以上となる成長実現ケース(またはそれに準じる経済再生ケース)の数値である。

内閣府の中長期試算は、前述の通り、年に2回更新されている。今回の2020年1月試算から遡ること3年半前の2016年7月試算では、公債等残高対GDP比は、(現在のGDPの基準に換算すると)2014年度末(決算)に184.6%だったが、2016年度末に187.9%まで上昇すると見込まれるものの、その後は低下してゆくと見込まれるという結果を公表した。

その1年後の2017年7月試算では、公債等残高対GDP比は、2015年度末(当時の決算ベース)に186.2%と前年の見込みより低下したものの、2014年度末よりも上昇し、その後2016年度末には190.4%にまで上昇すると見込まれるが、その後は低下してゆくと見込まれるという結果を公表した。2015年度は、「基礎的財政収支赤字対GDP比を2010年度と比べ半減させる」という目標を掲げており、政府はそれを達成すべく努力していた。見込みより低下したのはその成果だろう。

さらに1年後の2018年7月試算では、公債等残高対GDP比は、2016年度末(当時の決算ベース)に187.6%となって前年度末よりも上昇して、そこから2018年度末に189.2%まで上昇すると見込まれるが、その後は低下してゆくと見込まれるという結果を公表した。

2019年7月試算では、公債等残高対GDP比は、2017年度末(当時の決算ベース)に188.9%となって前年度末よりも上昇して、そこから2019年度末に191.8%まで上昇すると見込まれるが、その後は低下してゆくと見込まれるという結果を公表した。

こんな調子である。冒頭のグラフで見れば一目瞭然だが、公債等残高対GDP比は、試算される度に上昇修正され続けている。見事な上方修正である。2018年度末まで出されている実績(グラフ内の黒線)でみても、公債等残高対GDP比は一度も低下したことがないのだ。

そうした中長期試算で、今回出された2020年1月試算は、2018年度末(決算)に192.1%となって前年度末よりも上昇して、そこから2019年度末に192.4%まで上昇すると見込まれるが、その後は低下してゆくと見込んでいる。本当に、低下してゆくことを真に受けてよいのだろうか。2016年7月試算では、公債等残高対GDP比は今頃180%程度と着々と低下していると見込んでいたが、現実には190%を超えているのだ。

では、なぜ低下すると見込む公債等残高対GDP比が、見込み違いで上昇するのか。

主因は、補正予算で財政出動するなどして財政赤字が減らず、公債等残高が増え続けているからである。

公債等残高が低下すると見込むのは、分子の公債等残高の増え方よりも分母のGDPの増え方が大きいからである。しかし、GDPが増える以上に公債等残高が増えれば、公債等残高対GDP比は上昇するのは自明である。もちろん、GDPが見込みよりも伸びなかった要因もあるが、それ以上に公債等残高が増えている。

財政赤字が減らない限り、公債等残高の増え方は小さくならない。GDPよりも大きく公債等残高が増えれば、公債等残高対GDP比は低下しないのだ。

「公債等残高が増えても、公債等残高対GDP比が低下すればそれでよい」と胸を張っても、実際に公債等残高対GDP比が上昇し続けているのだから、この公債等残高対GDP比低下は「捕らぬ狸の皮算用」に成り下がる。

公債等残高対GDP比を着実に低下させる方法として、経済成長促進だけでなく、公債等残高の増え方を抑えるための財政収支の改善が重要なのである。

慶應義塾大学経済学部教授・東京財団政策研究所研究主幹(客員)

1970年生。大阪大学経済学部卒業、東京大学大学院経済学研究科博士課程修了。博士(経済学)。慶應義塾大学准教授等を経て2009年4月から現職。主著に『地方債改革の経済学』日本経済新聞出版社(日経・経済図書文化賞とサントリー学芸賞受賞)、『平成の経済政策はどう決められたか』中央公論新社、『入門財政学(第2版)』日本評論社、『入門公共経済学(第2版)』日本評論社。行政改革推進会議議員、全世代型社会保障構築会議構成員、政府税制調査会委員、国税審議会委員(会長代理)、財政制度等審議会委員(部会長代理)、産業構造審議会臨時委員、経済財政諮問会議経済・財政一体改革推進会議WG委員なども兼務。

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