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「ボーっとしてると低所得者も負担増」とはどんな負担増か

土居丈朗慶應義塾大学経済学部教授・東京財団政策研究所研究主幹(客員)
所得税の控除見直しで、850万円超の会社員だけでなく、低所得者も負担増か(写真:ロイター/アフロ)

拙稿「所得税、今年から年収850万円超で増税だが、ボーっとしてると低所得者も負担増」では、所得税の控除見直しの影響で、今年から850万円超の会社員が増税になるが、他の制度を変更しないと、来年以降低所得者に負担増が及びかねないことを記した。

話を簡単にするため、前編の「所得税、今年から年収850万円超で増税だが、ボーっとしてると低所得者も負担増」では、所得税の控除見直しについては、基礎控除を10万円増やす代わりに給与所得控除を10万円減らすことのみ記したが、厳密にいうと、基礎控除を10万円増やす代わりに公的年金等控除を10万円減らすことも、今般の税制改正で行われる(ただし、働いて給料を受け取りながら年金を受け取る高齢者に対しては、片方の控除減額のみが適用されるよう、所得金額調整控除という新たな控除が設けられる)。

だから、ここでいう低所得者には、現役世代だけでなく高齢世代にも該当者がいる。

もちろん、所得税とは無縁なほど極めて低い所得しか得ていない人は、ここでいう低所得者には該当せず、ここでいう負担増に直面することはない。

ただし、所得税額がゼロの人(課税最低限以下の人)、つまり課税所得がゼロとなって所得税を全く課されない人だからといって、ここでいう負担増と関係ないとは限らない。特に、課税前収入はままあるものの家族が多いなどで所得控除が多い人は、所得税額がゼロだとしても、ここでいう負担増と無縁というわけではない。

というのも、「ボーっとしてると低所得者も負担増」となるのは、所得税制を変更したのに、それと連動して社会保障制度を変更しないなら生じるものである。所得税が課されなくても、医療・介護・年金などの社会保険料を払わなければならない人は、低所得者には多い。

ここでは、現役世代に影響する国民年金保険料と、高齢世代に影響する介護保険料を、「ボーっとしてると低所得者も負担増」の代表例として取り上げよう。

国民年金保険料の免除制度との関係

国民年金に加入している人は、60歳になるまで保険料を納める必要がある。ただし、低所得者には保険料を免除する仕組みがある。その免除の度合いは、「所得」によって決まる。もちろん、ここでいう所得とは、課税前収入から所得計算上の控除を差し引いたものを意味する。給与収入だけの人は、課税前給与収入から給与所得控除を差し引いた額になる。

思い出してほしいのは、今般の税制改正で給与所得控除が10万円減ったことである。だから、課税前収入が同じでも「所得」は10万円増えてしまう。

国民年金保険料の免除制度によると、前年所得が以下の計算式で計算した金額以下の人は、全額免除になる。

   (扶養親族等の数+1)×35万円+22万円

もし扶養親族等がおらず単身者であれば、前年所得が57万円以下ならば、国民年金保険料は全額免除される。

この「35万円」とか「22万円」は、所得税法ではなく、国民年金法施行令という政令で定められている。2020年1月7日執筆時現在で最新の国民年金法施行令にも、この金額が記されている。

ということは、この政令を変えなければ、今まで国民年金保険料が全額免除だったが、控除見直し後に保険料の一部を払わなければならないという人が出てくる。

例えば、課税前収入が年122万円だった単身者が、控除が10万円減る前に適用されていた給与所得控除が65万円なので、それを差し引いた「所得」は57万円となって国民年金保険料は全額免除してもらえていた。しかし、控除が10万円減った後に適用される給与所得控除は55万円なので、それを差し引いた「所得」は67万円となるため、国民年金保険料は全額免除してもらえなくなってしまう(次の免除度合いである4分の3免除が適用されることになるが、4分の1は支払わなければならない)。

働き方の多様化を踏まえ、働き方改革を後押しする等の観点から、所得税制の控除を見直すというのが政策意図であり、低所得者の年金保険料を増やすことを意図していなかったにもかかわらず、所得税法を改正しただけだと、上記のように低所得者の国民年金保険料負担が増える事態が起きてしまう。

こうした意図せざる負担増が低所得者に及ばないようにするには、免除制度の所得の基準額(閾値)を10万円引き上げるなどの改正を国民年金法施行令に施すことである。

第1号介護保険料との関係

介護保険制度では、65歳以上を第1号被保険者と呼び、各市町村で第1号介護保険料を定めている。第1号介護保険料は、所得を多段階(標準的には6段階)に区分した上で、所得が多い人ほどより多く(定額の)介護保険料を課すこととしている。最も保険料が低い第1段階から順に保険料負担が増える仕組みになっている。所得がより多くて所得区分の段階が1つ上になると、階段状に介護保険料が増えるという形である。

その所得区分は、各市町村が独自に定めてよいことになっている。別の言い方をすれば、各市町村が、条例を作って地方議会に諮って定める。だから、国が法律で一律に定めるものではない。

そこで、2021年度以降の第1号介護保険料で、公的年金等控除が10万円減ることによって「所得」が10万円増える影響があることを考慮せずに、これまでと同じ金額で所得区分を定めてしまうと、「所得」が10万円増えるのに伴い1つ上の所得区分の段階に該当すると認識されて、より高い介護保険料を払わなければならない高齢者が出てくる。

このように、低所得高齢者の介護保険料を増やすことを意図していなかったにもかかわらず、所得税法を改正しただけだと、上記のように低所得高齢者の介護保険料負担が増える事態が起きてしまう。

こうした意図せざる負担増が低所得高齢者に及ばないようにするには、介護保険料の所得区分の基準額(閾値)を10万円引き上げるなどして介護保険料に関する条例を各市町村が定めることである。

当該の担当部局は、「ボーっと」することなく、所得税制の控除見直しに連動した諸制度の改正を早期に行うべきである。

慶應義塾大学経済学部教授・東京財団政策研究所研究主幹(客員)

1970年生。大阪大学経済学部卒業、東京大学大学院経済学研究科博士課程修了。博士(経済学)。慶應義塾大学准教授等を経て2009年4月から現職。主著に『地方債改革の経済学』日本経済新聞出版社(日経・経済図書文化賞とサントリー学芸賞受賞)、『平成の経済政策はどう決められたか』中央公論新社、『入門財政学(第2版)』日本評論社、『入門公共経済学(第2版)』日本評論社。行政改革推進会議議員、全世代型社会保障構築会議構成員、政府税制調査会委員、国税審議会委員(会長代理)、財政制度等審議会委員(部会長代理)、産業構造審議会臨時委員、経済財政諮問会議経済・財政一体改革推進会議WG委員なども兼務。

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