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消費増税対策、意外な波及効果

土居丈朗慶應義塾大学経済学部教授・東京財団政策研究所研究主幹(客員)
消費増税対策としてポイント還元するキャッシュレス決済。これを機に定着するか。(写真:ロイター/アフロ)

政府は、2019年度予算案を12月21日にも決定する方向で、最終調整を進めている。12月7日には、「平成31年度予算編成の基本方針」を閣議決定した。その中には、「2019年10月1日に予定されている消費税率の引上げに伴う対応 については、引上げ前後の消費を平準化するための十分な支援策を講ずるなど、あらゆる施策を総動員」すると明記されている。

消費増税対策のために「あらゆる施策を総動員」。この方針に従い、様々な対策が取りそろえられた。

各種報道によると、個人消費の落ち込みを防ぐことを狙いとして、購入額に一定額を上乗せして買い物ができるプレミアム付き商品券に約1800億円、中小店舗などを対象にキャッシュレス決済で商品を購入した消費者に対する2~5%のポイント還元策に約3000億円。住宅の買い控えを防ぐため、一定条件を満たす住宅の購入者に一時金を渡す「すまい給付金」や住宅ポイントのために約2000億円。さらには、防災・減災などインフラ整備に約1.3兆円。これらを合わせると総額で2兆円程度となる。

このうち、住宅減税部分は、12月14日にも閣議決定される「平成31年度税制改正大綱」に盛り込まれることになっている。

加えて、飲食料品と新聞には軽減税率が導入されて、消費税率は2019年10月以降も8%のまま据え置かれる。この軽減税率で1兆円は政府の税収とはならず消費者の財布に残る。

日本銀行の分析によると、10%への増税時に、消費者などが直接負担する増税額は約5.6兆円だが、軽減税率と教育無償化の実施などで還元される分を差し引くと、実質的な負担増は約2.2兆円と見込まれている。2019年度予算に盛り込まれる予定の消費増税対策は、実質的な負担増をほぼ打ち消す規模であるといえる。

これをみて、消費増税対策までして還元するなら、そもそも消費増税などしなければよいという意見の人もいるだろう。逆に、消費増税は社会保障財源を確保することが目的なのだから、こんなに還元しては財源確保にならないから、消費増税対策としてバラマキすぎるという意見の人もいるだろう。

ここでは、ひとまずその賛否よりもむしろ、前掲した「消費増税対策の効果」がどうなるかに焦点を当てたい。

まず、今般の消費増税対策が功を奏するか否か。経済学的に見ても、事前にはよくわからない。よくわからないからこそ、これだけの規模の対策を講じることになったのだろう。

2019年10月に消費税率が10%に上がっても、消費増税対策の結果、税率がほとんど上がっていないも同然、ないしは減税されてすらある(税率は2%しか上がっていないのに5%もポイント還元だとか)わけである。これだけの大規模な対策を講じていて、消費が減るというのは、もはや消費増税のせいとは言えないというアリバイ固めがしっかりとなされているという状況である。

消費増税を契機に家計消費が落ち込むということが確認されなければ、「対策は奏功した」から、今後「消費増税をするにしても対策を講じれば短期的な景況悪化は起こらない」という言い訳さえ成り立つような状況である。

これだけ大規模な対策を講じても景況が悪化するなら、それは消費増税以外の要因(世界経済の景況悪化等)によるものであって、消費増税のせいではない、という状況を、増税対策によって作り出そうとしているといってよい。経済学的に見れば、これだけの大規模かつ多様な対策が同時に講じられれば、どの対策がどれだけ効いたかを分離して判別することは極めて困難である。これだけ大盤振る舞いの消費増税対策が講じられれば、「消費増税のせいで景況が悪化した」とは断定しにくい状況を、事前に作り出しているとさえいえる。

加えて、今般の対策によって、キャッシュレス決済がさらに進むだろう。キャッシュレス決済後進国ともいえる日本。手数料が高くてクレジットカード決済などを導入できていなかった中小業者が、消費者にポイント還元策を使ってもらおうとキャッシュレス決済に対応しようとするだろう。今回、コンビニや外食、ガソリンスタンドといった大手系列のフランチャイズチェーン店以外の中小店舗には、ポイント還元率を他より高い5%と設定する予定だ。

キャッシュレス決済が進むと、消費増税の意味合いは変わってくる。消費増税時に、いつも問題となるのが、転嫁できるか否か。外税(税抜き価格を表示するとともに消費税額を別表示)にすると、消費増税前後でも税抜き価格を値上げしていないなら、消費税を転嫁しやすいが、内税(税込み価格表示)にすると転嫁しにくいという認識が、商取引では強い。だから、消費増税時には、必ずといってよいほど外税方式も認めて欲しいという声が上がる。しかし、外税方式にすると、消費者は消費税をいくら支払っているかが見えるから、税の負担感がより強くなり、増税に対する忌避感が増大する。

キャッシュレス決済ならどうか。もちろん、税負担に鈍感になることはないが、外税方式をとっても、結局のところキャッシュレスでいくら払うのかがより重要になる。「ピッ」と音が鳴ったら決済完了、というキャッシュレス決済なら、結局は税込みでいくら払ったかに関心が向く。だから、外税方式の効果が薄まり、実質的な内税方式化が進むだろう。

事の発端は消費増税、およびその対策ということだが、むしろそれが「万事塞翁が馬」的に、これまでの消費増税のイメージを変えるような印象が、人口に膾炙するようになるのかもしれない。それは、財務省も経済産業省も意図していないような形で、民間主導で効果が波及することになるのだろう。

慶應義塾大学経済学部教授・東京財団政策研究所研究主幹(客員)

1970年生。大阪大学経済学部卒業、東京大学大学院経済学研究科博士課程修了。博士(経済学)。慶應義塾大学准教授等を経て2009年4月から現職。主著に『地方債改革の経済学』日本経済新聞出版社(日経・経済図書文化賞とサントリー学芸賞受賞)、『平成の経済政策はどう決められたか』中央公論新社、『入門財政学(第2版)』日本評論社、『入門公共経済学(第2版)』日本評論社。行政改革推進会議議員、全世代型社会保障構築会議構成員、政府税制調査会委員、国税審議会委員(会長代理)、財政制度等審議会委員(部会長代理)、産業構造審議会臨時委員、経済財政諮問会議経済・財政一体改革推進会議WG委員なども兼務。

慶大教授・土居ゼミ「税・社会保障の今さら聞けない基礎知識」

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