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糖尿病患者割合高くても医療費は低い!?医療費の地域差解消論議に一石か

土居丈朗慶應義塾大学経済学部教授・東京財団政策研究所研究主幹(客員)
糖尿病の医療費分析:医療・介護情報の活用による改革の推進に関する専門調査会資料

糖尿病患者の割合が高い自治体の中にも、1人当たり医療費は低いところがある。

そんな分析結果を記事「受療率が高い=医療費が高い」とは言い切れない(メディ・ウォッチ)が紹介している。受療率とは、人口に占める患者割合(患者数÷人口)である。元の分析結果は、「糖尿病診療の実態ー全国 12 自治体の国保データからー」『日医総研ワーキングペーパーNo.403』(PDFファイル)で公表された。

もし全国どの自治体でも患者1人当たりの医療費が同じならば、人口に比して病気にかかる患者が多い自治体では、人口1人当たりの医療費は高くなる。つまり、患者が多ければそれだけ多く医療費がかかるということだ。だから、予防などを通じて患者になる人の数(厳密にいえば人口に占める患者割合)を減らせば医療費は減らせる。

1人当たり医療費は、西日本で高く東日本で低いという現象が観察され、地域差があることについては、拙稿「西高東低」を2025年度までに縮小!…これは医療の話 - Y!ニュースに記した。同じように医療の保険料を負担しているのに、受けられる医療費が住んでいる地域によってあまりに違う状態を放置するわけにはいかないので、2025年度を目指して、1人当たり医療費の地域差の縮小に取り組むこととなっている。

冒頭に紹介した記事・論文によると、糖尿病に絞って分析したところ、患者割合が高いからといって医療費が高いとも言えないことが示された、という。そして論文では、「国が進める医療費の地域差の解消に当たってはついては、上記のような現状を踏まえて、データの慎重な解釈が必要と考える」としている。

単純に読めば、1人当たり医療費の地域差の解消を進めたい経済財政諮問会議や財務省に、疑義を呈しているようにも見える。

しかし、1人当たり医療費の意味を深く知れば、建設的な問題提起といえよう。

1人当たり医療費は、人口に占める患者割合だけで決まるわけではないことは、その分析に携わる専門家の間では常識である。

前述したように、「もし全国どの自治体でも患者1人当たりの医療費が同じならば、人口に比して病気にかかる患者が多い自治体では、人口1人当たりの医療費は高くなる。」のだが、前提条件である「どの自治体でも患者1人当たりの医療費が同じ」でなければ、話は違う。

そう考えれば、人口1人当たり医療費は、

1人当たり医療費=人口に占める患者割合(受療率)×患者1人当たり医療費

と要因を分解できる。患者1人当たり医療費は、専門用語では1件当たり診療費ともいう。

この要因分解からすれば、受療率が低くても、患者1人当たり医療費が高ければ、人口1人当たり医療費が高くなる可能性が考えられる。

では、患者1人当たり医療費は、どんな要因で決まるのか。患者1人当たり医療費は、

患者1人当たり医療費=患者1人当たり受診日数×受診1日当たり医療費

と要因を分解できる。患者1人当たり受診日数は、専門用語では1件当たり日数ともいう。

以上を要約すると、

1人当たり医療費=受療率×患者1人当たり日数×1日当たり医療費

と3つの要素に分解できる。

冒頭に紹介した記事・論文では、全国12自治体での分析だったが、安倍晋三首相が本部長の社会保障制度改革推進本部の下に設けられている医療・介護情報の活用による改革の推進に関する専門調査会に2016年3月23日に提出された資料では、疾病別の1人当たり医療費をこの3要素に分解して、都道府県ごとの数値を比較して分析している。冒頭の図は、75歳以上の糖尿病の外来医療費についてであるが、より大きく見えるよう再掲する。それぞれの図は、左から北海道、青森…と並び、一番右が沖縄県と、北から南に都道府県が並んでいる。

図 糖尿病の外来医療費(75歳以上)の分析
図 糖尿病の外来医療費(75歳以上)の分析

この図を見ると、糖尿病において、確かに人口1人当たり医療費(左上)には都道府県間で地域差が顕著にあるといえるが、その要因を3要素に分解してみたが、顕著に観察できる相関関係は容易には見い出せない。なんとなく、人口1人当たり医療費(左上)と受療率(右上)は相関してそうだが、患者1人当たり受診日数(左下)も受診1日当たり医療費(右下)にも顕著な地域差がある。

例えば、同じ病状の患者に週1回の受診でよいとする医師が多い地域では患者1人当たり受診日数が少ないし、週2回の受診を求める医師が多い地域では日数は多い。あるいは、同じ病名でも重症の患者が多い地域では日数が多いかもしれない。同じ病状の患者により多く検査などを施す医師が多い地域では、受診1日当たり医療費が多くなる。

患者1人当たり医療費は、患者1人当たり受診日数(左下)も受診1日当たり医療費(右下)の積である。だから、1人当たり日数も1日当たり医療費も顕著な地域差があれば、患者1人当たり医療費にも地域差が残る。その地域差も、人口1人当たり医療費の要因となる。

冒頭に紹介した記事・論文が指摘した「受療率が高い=1人当たり医療費が高いと言い切れない」のは、そうみると当然と言えば当然である。この論文では、その観点から、財政制度等審議会が2015年6月1日に麻生太郎財務大臣に手交した「財政健全化計画等に関する建議」の資料II-1-29「データに基づく外来医療費の地域差の分析と解消」で示した、糖尿病外来の都道府県別受療率の図に対して、データの慎重な解釈が必要であるとクギを刺しているかのようである。また、冒頭に紹介した記事でもそこを強調している。

しかし、その図は、1人当たり医療費の地域差縮小に目を向けたものというより、2018年度からの第3期「医療費適正化計画」において、糖尿病の重症化予防の取組みを促したものとみるべきである。現に、第3期「医療費適正化計画」には、糖尿病の重症化予防の取組みが盛り込まれたところである。

予防などを通じて患者になる人の数(受療率)を減らせば、1人当たり医療費は減らせる。そして、同じ病状の患者には同じようによりよい治療を施すことで、より少ない医療費でよりよく治療できる地域の水準に、各地域の患者1人当たり医療費が収束してゆく。

1人当たり医療費の要因分析は、まだ不完全である。それは前掲の図からもいえる。さらなる要因分析が、1人当たり医療費の地域差縮小のために役立つ。

慶應義塾大学経済学部教授・東京財団政策研究所研究主幹(客員)

1970年生。大阪大学経済学部卒業、東京大学大学院経済学研究科博士課程修了。博士(経済学)。慶應義塾大学准教授等を経て2009年4月から現職。主著に『地方債改革の経済学』日本経済新聞出版社(日経・経済図書文化賞とサントリー学芸賞受賞)、『平成の経済政策はどう決められたか』中央公論新社、『入門財政学(第2版)』日本評論社、『入門公共経済学(第2版)』日本評論社。行政改革推進会議議員、全世代型社会保障構築会議構成員、政府税制調査会委員、国税審議会委員(会長代理)、財政制度等審議会委員(部会長代理)、産業構造審議会臨時委員、経済財政諮問会議経済・財政一体改革推進会議WG委員なども兼務。

慶大教授・土居ゼミ「税・社会保障の今さら聞けない基礎知識」

税込550円/月初月無料投稿頻度:月2回程度(不定期)

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