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参議院議員選挙の争点:首相は憲法をどのように改正したいのか?

竹中治堅政策研究大学院大学教授
(写真:伊藤真吾/アフロ)

争点をめぐって議論が進む

6月22日に参議院議員選挙が公示され、正式に選挙戦が始まった。

すでに、今回の参議院議員選挙の争点については6月19日に参議院議員選挙の真の争点は何かを掲載させていただき、その中で議論した。その後、何回か党首討論が行われ、争点についての議論が進んだ。安倍首相は6月21日の党首討論会で憲法改正を「争点にしないとは言っていない」(『朝日新聞』6月21日)と語った。議論の進展を踏まえて特に憲法改正という争点について考えてみたい。

安倍首相は1月4日の年頭記者会見で参議院選挙では憲法改正について訴えて行く考えを示していた。だが、19日に行われたニコニコ動画の党首討論で秋に開かれる臨時国会で憲法審査会を再開し、憲法改正についての議論を深めて行く考えを示した。その際、今回の選挙で憲法改正を「争点とすることは必ずしも必要ない」という考えを述べていた。21日に軌道修正をしたということである。

首相も争点にすることを認めたので、改めて憲法改正について首相のより詳しい考えを確認したい。

首相は憲法をどのように改正したいのか

残念ながら、安倍首相は憲法をどう変えるかということについて、はっきりした考えを示していない。首相が繰り返し表明するのは憲法改正を最終的に決めるのは国民投票であり、どの条文を変えるか提案するのは憲法審査会であるということ。そして、憲法審査会が具体的に改正する条文を絞り込んでいない以上、詳しく議論しようがないということである。

しかしながら、首相の論法はやはり不自然である。

そもそも首相は憲法を自らの任期中に憲法改正に取り組むことをはっきりと3月28日の参議院予算委員会で述べている。そして、このたび、憲法改正に向けて憲法審査会を再開することを表明した。

首相は改正に取り組もうとしているのは、現行憲法に何らかの問題があると考えているからに他ならない。でなければ、憲法改正に取り組むという発想にはならないはずである。そして一定の問題意識の上に憲法改正に向けて憲法審査会を開くと表明しているのであろう。

であれば、率直に現行憲法のどこが問題で、どの条文を変えたいと考えているのか我々国民に説明するべきである。

今回の参議院議員選挙と憲法改正の関係

憲法改正を考える上で今回の参議院選挙は二つの意味で重要である。

第一に、今回の参議院選挙の結果が、憲法改正の方向性を大きく左右する。憲法改正を提案するには参議院議員の総議席の3分の2以上が必要だからである。憲法改正を主導すると考えられる与党=自民党・公明党と憲法改正に積極的なおおさか維新の会と日本のこころを大切にする党の議席が3分の2を超えれば憲法改正の実現性が高まることになる。より具体的には四党の獲得議席が78を超えると憲法改正の発議を行いやすくなる。

第二に、選挙の結果が参議院の憲法審査会の構成に反映されるから重要なのである。もちろん憲法改正については最終的に国民投票で判断することになっている。しかし、憲法改正案を提案するのは国会であり、その原案を議論するのは憲法審査会である。

参議院の説明によれば憲法審査会の構成は次のように決まる。

「憲法審査会は45人の委員で組織され、委員は、各会派の所属議員数の比率により、各会派に割り当て、会期の始めに議院において選任します。」

当たり前のことだが、審査会の構成が審査会における議論に影響を及ぼすことは間違いない。

憲法改正が重要な政治課題であることは改めて説明する必要もないであろう。参議院の議席配分が憲法改正に大きな意味を持つ以上、各党が憲法改正にどのような姿勢を取っているかは我々国民が投票する際の大きな判断材料となる。

特に憲法を改正することを考えている政党や政治家は我々国民が投票する際の判断材料を提供するために次の2点を明らかにするべきである。

(1)現行憲法のどの条文に問題あると考えているのか。

(2)具体的に改正するという場合にどのように改正することを考えているのか。

もちろん最終的に国民投票で改正案を判断するのは我々である。しかし、我々はその憲法改正の方向性を定めることはできない。憲法改正の方向性を決める上で圧倒的な影響力を持つのが国会議員である。

一言で憲法といってもその内容は広範である。基本的人権に関わる部分もあれば、戦争放棄に関わる部分もあれば、統治機構に関わる部分もある。従って憲法改正もさまざまな内容が考えられる。例えば、私自身は憲法59条第4項が衆議院によるいわゆる「みなし」否決をするまでに必要な日数を60日と定めているのは長過ぎであり、30日程度に短縮すべきであると考えている。政党や政治家がどの箇所をどのように変えるべきであると考えているかによって当然、個々の有権者の投票に対する判断も変わってくるはずである。

首相に明らかにしてもらいたいこと:自民党の憲法改正草案通りか、特定の条文か

その国会議員を選ぶ上での判断材料を各党は示すべきである。特に憲法改正に積極的である自民党の政治家及び候補者、そして何よりも安倍首相に憲法改正の内容について考えを示してもらいたい。憲法改正の議論がもし始まれば、与党第一党の党首としてその影響力は絶大だからである。

より具体的には次の3点について考えを示してほしい。

(1)自民党が2012年4月に発表した憲法改正草案通りに改正することを希望しているのか。

(2)それとも現行憲法で特に問題があると考える条文があるのか。

(3)その場合、その条文は2012年4月に発表した憲法改正草案とおりに改正することを考えているのか。

また、選挙期間中に野党やメディアにも機会を捉えて、首相に訊いてもらうことを期待している。

安倍晋三首相は憲法改正については長らく考えてきたのであろう。繰り返しになるが、憲法審査会の議論に委ねるということではなく、積極的に、ご自身としてはどこをどう変えていきたいお考えなのか率直に語ってもらいたい。 

政策研究大学院大学教授

日本政治の研究、教育をしています。関心は首相の指導力、参議院の役割、一票の格差問題など。【略歴】東京大学法学部卒。スタンフォード大学政治学部博士課程修了(Ph.D.)。大蔵省、政策研究大学院大学助教授、准教授を経て現職。【著作】『コロナ危機の政治:安倍政権vs.知事』(中公新書 2020年)、『参議院とは何か』(中央公論新社 2010年)、『首相支配』(中公新書 2006年)、『戦前日本における民主化の挫折』(木鐸社 2002年)など。

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