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解散・総選挙の可能性:消費税引き上げ「先送り」以外の理由?

竹中治堅政策研究大学院大学教授

解散報道

今月に入り、衆議院の早期解散の可能性が盛んに議論されるようになってきた。本日11月9日付けの『読売新聞』にいたっては、「消費税率10%への引き上げを先送りする場合、今国会で衆院解散・総選挙に踏み切る方向で検討していることが8日、分かった。」と報じ、「12月2日公示・14日投開票」、「9日公示・21日投開票」という具体的日程にまで言及している。

もっとも安倍首相自身は9日午前中に羽田空港で解散について「全く考えていない」と否定している(『時事通信』)。

1993年に選挙制度が変更されてから、前回総選挙から2年以内に衆議院が解散されたことは2005年8月のいわゆる「郵政解散」以外にはない。

解散に踏み切るとその間、政治は停滞する。多くの政策課題に取り組もうとしている安倍首相が解散に踏み切るとは考えにくい。

このことを踏まえた上で解散する場合の政権運営にあたえるデメリット、メリットについて簡単に考えてみたい。

消費税率引き上げの「先送り」

現在、報じられているのは首相が来年10月に予定されている消費税率の10%への再引き上げを「先送り」した上で、安倍内閣の経済政策、あるいは「先送り」を問うために解散に踏み切るという可能性である。

今年消費税を8%に引き上げた後に景気は落ち込み、2014年4月〜6月期のGDP成長率は年率でマイナス7.1%を記録した。安倍内閣は今月17日に発表される7月〜9月期のGDP成長率の速報値の発表を踏まえて、来月にも予定通り来年10月に消費税を10%に引き上げるかどうか決定する。

解散のデメリット

消費税引き上げを先送りし、解散することの問題、あるいはデメリットは以下の四つである。

第一に、来年10月に消費税を引き上げることはすでに法律に定められており、法律を改正する必要があること。

第二に、麻生太郎副総理・財務大臣、谷垣禎一自民党幹事長ら自民党の有力政治家は消費税の再引き上げを支持しており、引き上げを先送りし、解散総選挙することについてはかなりの調整が必要なこと。

第三に、引上げが遅れればすでに最悪の状況にある我が国の財政健全化が遅くなり、国債への信任が損なわれる恐れがあること。仮に長期金利が上昇する場合、これは景気の足を引っ張ることになる。

第四に、政策のぶれに対する反発を国民の一部から招く恐れのあること。自民党は消費税10%引き上げを2010年の参議院議員選挙以来主張してきた。この段階でぶれることについての反発を招く可能性がある。

メリット1 自民党有利の選挙情勢

一方、消費税引き上げを先送りし、解散することのメリットは以下の四つである。

何よりもまず、現在、解散総選挙を行うのに自民党は有利な状況にあること。不祥事により二人の閣僚が辞任した後も内閣支持率は高い。10月末に日本経済新聞社が行った世論調査によれば、内閣支持率は48%、不支持率は36%である。自民党の政党支持率は37%である。野党の支持率は低く、民主党は6%、維新の党は2%である。さらに、野党は分裂状況にあり、小選挙区制中心の衆議院総選挙では自民党は戦いを優勢に進められると考えられる。

第二に、現在も景気回復の足取りは重く、来年予定通り10%に引き上げを行った場合、2015年後半から16年前半にかけての経済状況に悪影響を及ぼすことが考えられるが、これを避けられること。

第三に、第二の点とも関連するが、2016年夏に予定される参議院議員選挙に対する不確実要素を一つ取り除くことができること。15年後半から16年前半にかけて景気情勢が悪化した場合、参議院議員選挙にも悪影響が及ぶ可能性がある。

与党が参議院で過半数議席を確保できない、いわゆる「ねじれ」国会の状況が政権運営に大きな悪影響を及ぼすことは2007年から2012年までに政治過程が示している。安倍首相は「ねじれ」を何としても避けたいと考えているはずで、次期参議院議員選挙も念頭において政権運営を考えているはずである。

メリット2 「安保国会」における審議促進

第四に、解散に踏み切り、勝利を収めた場合に、選挙後の来年の国会における法案審議を促進する材料となること。もともと来年の通常国会で安倍内閣は集団的自衛権についての憲法解釈の見直しに伴い、自衛隊法改正などを実現する考えである。集団的自衛権見直しに伴う安全保障関連の改正法案はいずれも与野党激突法案になることは必至である。直近の総選挙で勝利していた方が、「国民の信任を得た」と主張することができ、「安保国会」における法案審議をより促進できる可能性が高くなる。

岸信介元首相は1960年1月に新日米安全保障条約調印後、衆議院解散総選挙を考えたものの果たせなかったという。周知の通り、安保条約の批准過程は混乱し、岸元首相は批准後の退陣を余儀なくされた。解散総選挙を行い、自民党が勝利した後に、批准に臨んでいれば、「国民の支持を獲得した」と説明することができ、政治過程の混乱は避けることができた可能性が高い。

現在は、解散と消費税引き上げ「先送り」の可能性ばかりが論じられている。しかしながら、仮に解散・総選挙に踏み切った場合、第四のメリットの方が政治的には大きな意味を持つと考えられる。

冒頭にも述べたが、前回総選挙から2年以内の解散は通常考えにくい。しかしながら、安倍首相の日本の安全保障のあり方への思い入れはとても強い。解散・総選挙が来るべき「安保国会」に対して持つ影響を考えた場合、早期解散を簡単には否定できないのである。

第四のメリットについて自民党の政治家はどのように考えているのか、訊いてみたいところである。

政策研究大学院大学教授

日本政治の研究、教育をしています。関心は首相の指導力、参議院の役割、一票の格差問題など。【略歴】東京大学法学部卒。スタンフォード大学政治学部博士課程修了(Ph.D.)。大蔵省、政策研究大学院大学助教授、准教授を経て現職。【著作】『コロナ危機の政治:安倍政権vs.知事』(中公新書 2020年)、『参議院とは何か』(中央公論新社 2010年)、『首相支配』(中公新書 2006年)、『戦前日本における民主化の挫折』(木鐸社 2002年)など。

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