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『小泉劇場』復活:「原発即時ゼロ」

竹中治堅政策研究大学院大学教授

「運のいい総理」

「原発ゼロに反対なのは自民党だけじゃないですか」

「安倍総理としていかに国民から与えられた権力を望ましい、あるべき姿にむかって使うか、こんな運のいい総理はいないですよ。使おうと思えば使えるんですよ。総理が決断すればね、いまの原発ゼロ反対論者もだまっちゃいますよ。」

11月12日午後、内幸町の日本記者クラブで右手を上下に動かしながら小泉純一郎元首相は集まった報道関係者に熱く語りかけていた。

講演で、小泉氏は日本は原発利用を直ちに断念すべきであると主張した。最大の理由は放射性廃棄物=原発のゴミを処理するメドがたたないからであるだという。そのかわりに再生可能エネルギーを利用する技術開発に注力するべきであると語った。小泉氏は再三再四、安倍首相に原発ゼロの決断を求め、国民が一丸となって自然エネルギーの活用に邁進するよう首相の権力を用いることを促した(2013年11月13日付『毎日新聞』が昨日の講演の詳細を掲載している)。

最近の小泉氏の言動は安倍首相にとり政権運営の撹乱要因、リスクとなりつつある。

「小泉劇場」再開

簡単なたとえ話から始めよう。

2012年12月の総選挙で自民党を大勝に導き就任した安倍晋三首相。安倍首相率いる「安倍劇場」。こけら落としに「アベノミクス・シリーズ」を掲げ、順調な滑り出しを見せた。第1演目「大胆な金融政策」、第2演目「機動的な財政政策」などで観客を引きつけたからである。ただ、最近の演目「第三の矢」は必ずしも来場者の多くを満足させるものではなかった。

政治家の劇場と言えば、言わずと知れた「小泉劇場」。2001年4月に開場し、数多くの聴衆を集めた。この劇場は、2006年9月に永久休演したはずであった・・・。ところが、座頭の小泉純一郎氏は劇場を再開し、人知れず「原発ゼロ」という独演会を開いていた。この8月、1人の新聞記者がこれを察知、全国紙で報じたため、座頭の動きが広く知られることになる。独演会への関心は次第に高まる。昨日、小泉氏は日本記者クラブに巡回興行に赴き、満員御礼となった。

安倍首相にとっての問題は「原発ゼロ」という「安倍劇場」が用意していない演目を出すよう小泉氏が要求していることである。応じない場合、小泉氏がこの演目を続ける可能性が高い。小泉劇場は集客力抜群。観客を奪われてしまうかもしれない。また、出演を希望する他の役者も現れている・・・。

「原発ゼロ」が関心を集めた経緯

それでは、本題に入ろう。本稿では小泉氏が「原発ゼロ」講演を記者クラブで行うことになったきっかけについて簡単に紹介する。その上で、小泉氏の言動が安倍首相の政権運営をどのような意味で不安定にする恐れがあるのか論じたい。

小泉氏は突然、「原発ゼロ」言い出したわけではない。以前から原発をゼロにすべきという発言を繰り返していた。「脱原発」「原発ゼロ」の発言が急に注目を集めるきっかけとなったのは毎日新聞専門編集委員の山田孝男氏が8月26日付『毎日新聞』朝刊で執筆したコラムがきっかけである。

この中で山田氏は小泉氏が「原発ゼロしかないよ」「『原発を失ったら経済成長できない』と経済界は言うけど、そんなことないね。昔も『満州は日本の生命線』と言ったけど、満州を失ったって日本は発展したじゃないか」と発言したと紹介する(山田氏が小泉氏にインタビューした経緯については『文藝春秋』12月号、山田孝男「小泉純一郎 私に語った『脱原発宣言』」が詳しい。)。

その後も小泉氏は「原発ゼロ」の発信を続け、関心はさらに高まり、記者クラブでの講演に至った。350人以上もの記者が集まったという。

他の政治家も小泉氏の発言に注目している。これまで明らかになっているところでは小泉氏は細川護煕元首相、渡辺喜美みんなの党代表、吉田忠智社民党党首と会談、脱原発で意見が一致したと報じられている(『朝日新聞』2013年10月30日、『読売新聞』2013年10月30日、『東京新聞』2013年11月12日)。

小泉氏は「原発ゼロ」の理由として、放射性廃棄物の処理の問題を挙げる。政治的配慮があるためか、福島原発事故そのものや事故への対応にはほとんど触れていない。ただ、改めて言う必要もないが、小泉氏の言動が注目される背景には福島原発事故がある。いまだに14万2000人もの人が原発事故のために避難を余儀される一方(『東京新聞』2013年11月13日)、汚染水問題に象徴されるように福島原発事故が収束する見込みはない。多くの人が「原発はもうこりごり」と感じたとしても不思議はない。多数の人々が自分たちの気持ちを代弁してくれていると考えるからこそ、小泉氏の動きが支持されていることは間違いない。

政権運営にとってのリスク

ところで、小泉氏の言動は二つの意味で、安倍首相の政権運営を不安定にする恐れがある。

第一に、安倍首相は政権の外から政策課題を設定されつつあるということである。政権を運営する上で重要なのは取り組む政策課題を首相が自律的に決められることである。これを失うと政権運営の幅が制約されることになる。

これまで、安倍政権は最大の政策課題として日本経済の回復に取り組んできた。いわゆるアベノミクスの効果もあってか日本の経済状況は以前に比べれば好転した。こうした経済情勢も踏まえて、最近、安倍政権は次なる課題として徐々に安全保障問題にも本格的に取り組みつつある。日本版NSC(国家安全保障会議)の創設や集団自衛権の見直しが具体例である。

安倍政権は次のようなシナリオを描いていたのではないか。まず経済政策では年度末に向けて、消費税導入に備えた経済対策をとりまとめるとともに、来年度予算編成を行う。税制改正では復興のための法人税の臨時増税を今年度で廃止することを決着させるとともに、TPP交渉が大詰めを迎える場合には、農産物を含む関税引き下げに英断を下す。来年に入れば、法人税の引き下げに向けて議論を本格化させる。安保政策については日本版NSC法案の今国会での成立を待って、国家安全保障局を立ち上げる一方、防衛大綱の見直しの議論を進める。さらに、来年に入り集団自衛権のあり方を見直す作業を進展させる。

原発問題についてはもちろん福島原発の収束に取り組む一方、いくつかの原発の再稼働を目指すことが当面の方針であったはずである。だが、今後の原発利用の根本的にとらえ直すことや自然再生エネルギーの活用ということは意識しつつも本格的に取り組む課題ではなかったと想像できる。

小泉氏の言動が呼び水となり原発問題に関心が高まる場合、今後、首相は政策課題の見直しを迫られる可能性がある。首相をはじめとして閣僚、そして与党執行部が一時期に取り組める政策課題には限りがある。原発問題に取り組む場合には多くの時間とエネルギーを割かなくてはならず、その分、経済政策や安全保障政策への取り組みが弱まることになる。

短期的にも、小泉氏の動きが政権にとっては政策実現のリスクとなることは十分ありうる。簡単な可能性を指摘しておこう。現在、野党は小泉氏の発言に驚いている状況なのか、まだ具体的行動を取り始めてはいない。しかしながら、例えば、現在開会中の臨時国会で原発問題と自然エネルギー再生の利用の在り方について予算委員会での集中審議を求めることも考えられる。与党が応じた場合、他の法案に割ける審議時間が減ることになり、経済や安保関連を含め、一部の法案の成立が危うくなることも考えられる。

判断を迫られる安倍首相

2つは、首相はリスクをともなう判断を迫られているということである。

すでに、安倍首相は10月24日に放送されたテレビ朝日の番組で小泉氏の発言について「小泉さんの一つの勘なのだろうが、1年間で4兆円近い国の富が海外に出ていっている。ずっと続いていくと大変だ。今の段階で(原発)ゼロを約束することは無責任だと思う」と批判している(『朝日新聞』2013年10月25日)。首相が今後もこの立場を堅持した場合、これは政権の今後のリスクとなる。

朝日新聞社の世論調査によれば、小泉氏の原発ゼロの考えを支持すると答えた人は回答者の60%にのぼり、支持しないと答えた人の25%を大幅に上回っている。例えば、汚染水問題が一向に収束せず、原発問題について世論の関心が今後さらに高まることは十分考えられる。その際、政権の基本的方針と世論の方向がずれている場合、中長期的には政権の基盤を揺るがす恐れがある。

もちろん、この問題について反論しない、あるいは意見を表明しないという選択肢もある。すでに報じられている通り、現在のところ、自民党執行部は小泉氏に反論せず、自民党と小泉氏は同じ方向性であると取り繕おうとしている(『朝日新聞』13年11月13日、『毎日新聞』13年11月13日。)だが、再稼働を目指す政権の方針と小泉氏の考えには明らかな違いがある。また、意見を表明しないということもこの問題への関心の高まりを踏まえれば難しい。本日の朝刊で『朝日新聞』『毎日新聞』『東京新聞』で小泉氏の講演は1面で扱われている。

取り繕うことも、無視することも政権基盤にはマイナスであろう。

もっとも、昨日の講演は非常に練られたものであった。小泉氏は首相に決断を迫る一方、首相が短期的に苦境に陥らないための提案もきちんとしているからである。小泉氏は首相に石破茂幹事長に党内で原発のあり方についての議論を進めさせることを求め、それを踏まえて判断することを提案した。すなわち首相が一定の時間をかけることも勧めているのである。

原発の今後についての判断はやはり難しい。とするならば、安倍首相にとってベストの行動はやはり自民党内に原発のあり方について検討する委員会を設置することであろう。

小泉元首相の街頭演説再び?

昨日の講演は一回きりの興行なのか。それとも、次に続く序幕に過ぎないのか。小泉氏の今後の行動は首相次第であろう。氏が繰り返し述べているように新党結成、政界復帰は考えられない選択肢である。ただ、世論に働きかけることは続けるのではないか。昨日は報道関係者に向けて直接発信した。

世論への働きかけということで思い起こされるのは「自民党をぶっつぶす」と街頭で絶叫した小泉氏の姿である。渋谷ハチ公前で「原発即時ゼロ」と氏が叫ぶ日がくることはあり得るのだろうか。

政策研究大学院大学教授

日本政治の研究、教育をしています。関心は首相の指導力、参議院の役割、一票の格差問題など。【略歴】東京大学法学部卒。スタンフォード大学政治学部博士課程修了(Ph.D.)。大蔵省、政策研究大学院大学助教授、准教授を経て現職。【著作】『コロナ危機の政治:安倍政権vs.知事』(中公新書 2020年)、『参議院とは何か』(中央公論新社 2010年)、『首相支配』(中公新書 2006年)、『戦前日本における民主化の挫折』(木鐸社 2002年)など。

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