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参議院選挙無効訴訟

竹中治堅政策研究大学院大学教授

全都道府県で選挙無効訴訟

7月22日参議院選挙の余韻がまだ残る中、升永英俊弁護士を中心とするグループが参議院選挙の47都道府県全選挙区の選挙無効を求める違憲訴訟を各地の高等裁判所及び高等裁判所支部で始めた(『毎日新聞』7月22日配信記事)。47都道府県毎に47件の訴訟を提起するという徹底ぶりである。

21日に行われた選挙で山梨選挙区では14万2529票を獲得した候補者が当選。一方、東京選挙区では54万7569票を獲得した鈴木寛氏が落選している。こうした現象が起きるのは選挙区の間で議員定数の配分が不均衡だからである。

現在、最大格差は北海道と鳥取県の間に存在している。約457万人の有権者がいる北海道には4議席が割り当てられる一方、約48万人の鳥取県には2議席が保障されている。北海道では約144万人に1議席、鳥取県では約24万人に1議席が割り振られていることになる。現在、一票の価値の格差は4.77票となっている。

2012年最高裁「違憲状態」判決

この状態は日本国憲法の定める平等原則と多数決主義に反している。憲法14条は「すべて国民は、法の下に平等であって、人種、信条、性別、社会的身分又は門地により、政治的、経済的又は社会的関係において、差別されない」と規定している。居住地によって自らが投ず票の価値に格差があるのは14条の定める平等原則に違背している。

また、代表制民主主義のもとでは、政治家は選出された地域の有権者にかわって議会で一票を行使していると考えることができる。政治家によって代表する有権者の数が違うと、議会においては多数派となっている議員の代表している有権者の数を合算すると全有権者の中では少数派である場合も考えられる。この場合、政治家が有権者に代理して議会で投票していると考えると、少数派で政策を決定していると考えることができる。これはいわば少数決であり、民主主義の定める多数決原理に反している。

一部の参議院議員は参議院議員を都道府県という地域を代表する存在として理解しているのかもしれない。だが、日本国憲法は参議院議員を地域代表とする考えを採っておらず、このような考えを認める条文をみつけることはできない。

すでに2010年の参議院選挙では神奈川県と鳥取県の間に最大で5倍の定数格差が存在し、選挙無効を求める違憲訴訟が提起された。最高裁は2012年10月17日に判決を下した。判決の中で、最高裁は選挙自体を無効とはしなかったものの2010年時点での選挙区間の定数配分は違憲状態にあると判断した。すなわち、最高裁は「投票価値の不均衡は、投票価値の平等の重要性に照らしてもはや看過し得ない程度に達しており、これを正当化すべき特別の理由も見いだせない以上、違憲の問題が生じる程度の著しい不平等状態に至っていたというほかはない」と断じたのである。

4増4減=改革の先送り

現在、参議院の選挙区は都道府県毎に設けられている。このため人口の多い都道府県と少ない県の間では定数格差が生まれやすいことになっている。これまでは人口が相対的に少ない県から定数を削減し、その分を相対的に多い都道府県にまわすという形で定数是正が行われてきた。しかしながら、参議院は3年毎に半数を改選することになっている。このため、人口少数県にも最低2議席を割り振らざるを得ない。選挙区の定数は146であり、この定数を維持する限り、47都道府県毎に選挙区を設ける現行の制度の下では、格差是正には限界がある。すなわち各都道府県に2議席を割り振るとするとこれだけで94議席分が埋まり、残りの54議席分だけで不均衡分を調整しなくてはならないからである。

最高裁もこの限界を認識しており、上述の判決の中で「単に一部の選挙区の定数を増減するにとどまらず、都道府県を単位として各選挙区の定数を設定する現行の方式をしかるべき形で改めるなど、現行の選挙制度の仕組み自体の見直しを内容とする立法的措置を講じ」ることで違憲状態を解消することを求めていた。

この判決に国会はどう対応したか。結局、これまでと同じ方式で定数是正を行ったに過ぎない。すなわち、2012年11月に選挙区定数の配分を見直すために公職選挙法を改正し、福島県と岐阜県の定数を2つ削減し、2議席とする一方、神奈川県と大阪府の定数を増加させて、8議席としたのである(いわゆる「4増4減」)。効果は限定的で定数格差は5倍から4.77倍に縮小するに留まった。

肝心の抜本的制度改革については、2016年の参議院選挙までに結論を出すと定め、先送りにした。

抜本改革を求める判決を

定数是正問題についての裁判所の姿勢は以前に比べ厳しいものとなっている。例えば、昨年の総選挙について提起された違憲訴訟に対し、今年3月に広島高裁は選挙無効の判決を史上初めて下している。

繰り返しになるが、国会は最高裁判決にもかかわらず、抜本改革を先送りにし、十分な不均衡是正を行わなかったのである。これを踏まえて、高等裁判所や最高裁判所には参議院選挙区の定数配分の不均衡の解消を求める判決を期待したい。

と同時に国会には早急に抜本的選挙制度改革を行うことを求めたい。衆議院と異なる選挙制度にすることが望ましいこと、都道府県毎に選挙区を求める方式には無理があることを踏まえると、筆者として地域ブロック毎に大選挙区を設ける方式を提案したい。

選挙制度改革は個々の国会議員の地位を直接左右するので、利害関係が錯綜し、議論はなかなか進まない傾向にある。選挙制度を抜本的に改革するとすればなおさらである。ただ、先送りしたにせよ、3年後までに結論を出すことを法律で決めたわけであり、これを遵守してくれることを期待している。参議院で議論が進まない場合には、極論になるが、いよいよとなれば、衆議院議員が超党派で議論を主導し、憲法で認められている再議決権を行使してでも改革を進めてくれることを願っている。

政策研究大学院大学教授

日本政治の研究、教育をしています。関心は首相の指導力、参議院の役割、一票の格差問題など。【略歴】東京大学法学部卒。スタンフォード大学政治学部博士課程修了(Ph.D.)。大蔵省、政策研究大学院大学助教授、准教授を経て現職。【著作】『コロナ危機の政治:安倍政権vs.知事』(中公新書 2020年)、『参議院とは何か』(中央公論新社 2010年)、『首相支配』(中公新書 2006年)、『戦前日本における民主化の挫折』(木鐸社 2002年)など。

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