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次期日銀総裁人事と「参議院の壁」

竹中治堅政策研究大学院大学教授

日銀総裁人事に高まる不透明感

「次期総裁、副総裁は出身母体は問わず、デフレ脱却に向け、金融政策に関する私の考え方を理解し、確固たる決意と能力で課題に取り組む人を選ぶ」

次期日銀総裁人事について、こう安倍晋三首相は2月6日参議院本会議で発言した(『朝日新聞』13年2月7日。)。

白川方明日銀総裁は2月5日に4月8日の任期満了を待たずに3月19日に退任する意向を示した。3月19日には二人の日銀副総裁の任期が満了するので「総裁、副総裁の新体制が同時にスタートできる」(『朝日新聞』13年2月6日)ようにするためというのが理由であった。

新しい日銀総裁の任命時期が早まったわけである。安倍首相は金融緩和政策を進める人物を新総裁に起用することを望んでいる。しかし、首相が意中の人を総裁に起用できるのか不透明感が増している。理由は「参議院の壁」にある。

日銀総裁人事については前回の寄稿「安倍内閣の経済政策」でも簡単に論じた。本稿ではその後の展開もふまえてさらに詳述したい。日銀総裁人事の重要性に触れた上で、総裁人事の不確定要因について解説する。その上で、首相が最も確実に自らの希望する人物を日銀総裁に起用できる方法について述べたい。

日銀総裁人事の重要性

安倍首相は「大胆な金融政策、機動的な財政政策、民間投資を喚起する成長戦略」を経済政策の柱として掲げている。

三つの政策のうち恐らく現在最も注目を集めているのが金融政策であろう。近年、日本銀行はあきらかに金融緩和に消極的であり、これがデフレが持続した大きな要因であった。一層の金融緩和を安倍内閣が日銀に求めるのは妥当である。

内閣発足後、安倍首相は、政府と日本銀行の連携を強化する仕組みを作ることを指示、財務省と日銀の間で折衝が行われ、1月22日に安倍内閣と日本銀行は共同声明を発表した。この中に、「日銀は、物価安定の目標を消費者物価の前年比上昇率で2%とする。」ことが盛り込まれた。

2012年2月の金融政策決定会合以降、日本銀行は「中長期的な物価安定のめど」を1%としていた。従って、以前よりは物価を上昇させることについて積極的な姿勢を見せたと言える。しかし、22日の金融政策決定会合で決まった金融政策の内容は「無期限緩和」とは言うものの、従来より大幅な緩和に踏み込むものではなかった。

だが、その後も円安と株高は進んできた。背景に次期日銀総裁人事への期待があることは間違いない。安倍首相が金融緩和に積極的な人物を起用することを先取りしているということである。

今後の金融政策は次期総裁に委ねられる。日本経済を回復させるのみならず、市場の期待に応える上でも総裁人事はとても重要である。景気回復が政権浮揚に繋がることを考えれば、総裁人事は安倍政権の行方を左右すると言っても過言ではない。

すでに、新聞紙上などでは数多くの人物が次期日銀総裁候補として挙げられている。武藤敏郎大和総研理事長、勝栄二郎前財務事務次官、丹呉泰建元財務事務次官、黒田東彦アジア銀行総裁、渡辺博史国際協力銀行副総裁、岩田一政日本経済研究センター理事長、伊藤隆敏東大教授、竹中平蔵慶応大教授、岩田規久男学習院大教授などである。

政権内部でも人事についてはいろいろな意見があるだろう。安倍首相は次期総裁の出身母体にはこだわらない考えを示す一方「国際社会に発信できる能力も重要」(『毎日新聞』13年2月8日)と述べている。麻生太郎副総理・財務大臣は次期総裁の条件として英語力、国際金融の知識を挙げた上、「組織を知らない学者はどうか」と発言している(『FACTA』2月号。)。安倍内閣が本当に以上の条件に依ると考えた場合、有力候補を絞り込むことは可能となろう。ここでは政権内の考えについてはこれ以上詮索しない。ただ、ひとつだけ注意書きを加えておこう。竹中平蔵氏は学者として見なされがちである。だが、竹中氏は小泉内閣時代に経済財政担当大臣として内閣府を動かし、組織運営能力を十二分に示したということである。

「参議院の壁」

ここで問題なのは、首相が政権内で人事案をとりまとめたとしても、それだけで一件落着とはならないということである。「参議院の壁」が首相の前に立ちはだかる。

日本銀行法第23条は次のように定めている。

「総裁及び副総裁は、両議院の同意を得て、内閣が任命する。」

安倍首相が日銀総裁、副総裁を任命する際には衆議院と参議院のそれぞれから同意を得なくてはならないのである。

現在、自民、公明両党は衆議院では過半数議席を保持しているもの参議院では102議席に留まっている、過半数議席の118に16議席不足している。このため野党が反対する人物を首相は日銀総裁に起用できないのである。

これまで参議院第1党である民主党代表の海江田万里氏は「出身よりも能力だ」(『読売新聞』13年1月29日)、桜井充政調会長も「反対のための反対はしたいわけではない」(『朝日新聞』13年1月16日)と発言、首相に協力することもあり得ることを示唆してきた。

しかしながら、最近、民主党は安倍内閣に対し、より対決的な姿勢を示し始めている。

自民党や公明党は、日銀総裁人事のように内閣などが人事を行う際に国会の同意を得なくてはならないもの(いわゆる「国会同意人事」)に関して、野党に対し「事前報道ルール」廃止を求めてきた。

「事前報道ルール」とは政府の案が事前に報道された場合には、その案を国会は受け付けないという決まりである。2007年に与野党が合意した。

本来は参議院で与党が過半数割れしている場合、事前に野党の感触を探ることが必要不可欠である。しかし、事前報道ルールのため、国会から同意を得るためのハードルは高くなってしまった。事前折衝をしなければ、野党の感触は不明となる。そのまま人事案を国会に提示するのは内閣にとっては博打のようなものとなった。避けるために事前折衝をするとどうなるか。野党執行部が賛成で党内を取りまとめようとしても反対派が意図的にリークすることで、党全体として人事案に賛成することを困難にすることが可能となってしまったのである。

一時は民主党は与党に歩み寄り、廃止を受け入れる姿勢を示していた。細野豪志幹事長は「与党時代、本当に苦しんだ。仕返ししても仕方ない」(『読売新聞』13年1月28日。)とまで発言、民主党はいったん廃止に同意した。しかし、民主党は結局、同意を撤回、事前報道ルールは存続することになった。

現在、安倍内閣は日銀総裁人事に先立って公正取引委員会委員長人事を行おうとしている。これもやはり国会同意人事である。民主党は人事案が事前に報道されたことを理由に反対する意向である。

現状には既視感がある。民主党の対応を見ると日銀総裁人事が迷走した08年3月が思い起こされるのである。08年3月に当時の福井俊彦総裁の任期が満了するので、福田康夫首相は新総裁を選ぶ必要があった。福田首相の意中の人は武藤敏郎日銀副総裁であった。当初、野党民主党は首相に歩み寄る姿勢も見せることもあった。しかしながら、最終的に対決路線に転じ、福田内閣が武藤総裁案を提示するとこれを否決した。

安倍首相は民主党以外のみんなの党や日本維新の会などから賛同を得ることができれば、参議院の過半数から人事案に同意を獲得できる。参議院で野党第二党のみんなの党は財務省OBや日銀OBを起用することに反対する考えを再三再四示し、具体的な候補者名まで挙げている。しかし、そのほとんどに麻生副総理・財務相はすでに疑問を呈しており、安倍内閣と折り合えるかどうか不明である。

結局、現段階では、首相が提示する案に野党が同意するかはあまりにも不透明であるということである。

日銀法改正を準備せよ

それでは、首相はどうすれば良いのか。首相が確実に自らの望む人物を総裁に起用できる方法が一つだけある。

首相は日銀法改正を準備するべきである。準備する内容は、内閣が提案する総裁人事案について衆議院と参議院の判断が異なった場合には衆議院の判断が優先するという衆議院の優越規定を新たに盛り込むことである。優越規定を盛り込むことによって、参議院が反対した場合でも内閣は衆議院で与党から支持を得ることによって人事を行えることになる。

首相指名選挙の場合には衆議院の議決が優先する。この一方で、行政権の一部を担う日銀総裁や公正取引委員会委員長などの国会同意人事で衆議院の判断が優越しないのはバランスを欠いている。衆議院の優越規定は決して極端な考えではない。以前は人事院の人事官や会計検査院の検査官などの国会同意人事には衆議院の優越が認められていたからである。

現在、自民・公明両党は衆議院で三分の二以上の議席を確保しており、野党が改正に反対した場合でも再議決により改正を実現することは可能である。首相は人事案が反対された場合でもできるだけ早く総裁人事を行えるよう速やかに法案を国会に提出すべきである。

法案提出後、次の審議日程が考えられる。3月上旬までには法案を提出したと想定する。法案審議を進め、総裁人事が否決された場合には、3月末くらいまでに衆議院を通過させる。野党が徹底抗戦し、参議院で法案審議を行わない場合、参議院が否決したとみなして衆議院が再議決を行うためには60日間必要なので、5月末までには改正法案を成立させられるのではないか。

日銀法改正には二つ問題がある。野党が総裁人事に反対した場合に、法改正で対応すると3月19日以降、総裁は空席になる恐れがあるということである。ただ、これは総裁代行を置くことで対応可能である。首相が意中の人を起用できることの方が、総裁がしばらく空席になるより重要である。空席になると経済情勢が混乱し、株式市場や外国為替市場に悪影響を及ぼすという反論が予想される。それは杞憂である。首相が衆議院の優越規定を盛り込む姿勢を見せれば、日本銀行の金融緩和政策は確実なものとなり、マーケットの現在の趨勢は続くであろう。

もう一つの問題は、日銀法改正を準備する場合、与野党対立が激化する上、法案の審議に首相や副総理・財務相が参加しなくてはならないので、平成24年度補正予算や平成25年度予算の成立が遅れる可能性もあるということである。だが、金融緩和政策の実現の重要性を考えればやむを得ない。

安倍首相、勝負の時である。

政策研究大学院大学教授

日本政治の研究、教育をしています。関心は首相の指導力、参議院の役割、一票の格差問題など。【略歴】東京大学法学部卒。スタンフォード大学政治学部博士課程修了(Ph.D.)。大蔵省、政策研究大学院大学助教授、准教授を経て現職。【著作】『コロナ危機の政治:安倍政権vs.知事』(中公新書 2020年)、『参議院とは何か』(中央公論新社 2010年)、『首相支配』(中公新書 2006年)、『戦前日本における民主化の挫折』(木鐸社 2002年)など。

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