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IPCC第1作業部会第6次評価報告書のポイント

竹村俊彦九州大学応用力学研究所 主幹教授
(写真:アフロ)

2021年8月9日に、IPCC第1作業部会の第6次評価報告書が公開されました。私は、前回の第5次評価報告書では執筆者の1人として携わりましたが、今回は少し外から報告書作成の過程を見ていました。膨大な分量の報告書なので、専門家以外の方にとっては、どの部分が特に重要なのかが把握しづらいと思います。この新しい報告書に基づいて、皆さんが強く認識しておくべきポイントをしぼって解説します。

IPCC評価報告書の役割

気候変動に関する政府間パネル(IPCC)は、気候変動に関する科学的知見について、気候変動の専門家による研究成果の文献をとりまとめて、広く一般に周知する役割を担っています。公表する文書の最終的な承認には各国政府代表者の合意が必要であるため、政府間パネルという形態ですが、実質的には専門家によって執筆された査読論文に書かれた内容を集約する組織です。したがって、そのIPCCが作成する評価報告書は、気候変動に関する国際的に最大の科学的根拠資料となるのです。

気候変動の現象そのものの解明は、ゴリゴリのサイエンスです。専門家が研究をして、その成果を記す論文を執筆し、審査を経て公表されるという過程の積み重ねです。どの分野のサイエンスでも同じですが、この過程を経ないと科学的知見とは認められません。

人命や財産を脅かす気象災害の頻度を下げたい

ほぼすべての国・地域が参画している気候変動の国際協定「パリ協定」が掲げている目標は、石炭や石油を使い始める前の産業革命以前に比べて、世界平均気温の上昇を摂氏2度よりも十分低く保つとともに、摂氏1.5度に抑える努力を追求するというものです。しかし、2度とか1.5度の気温上昇と言われても、ピンとこない方がほとんどでしょう。1日の昼夜間の温度差で10度ぐらいあるので、無理もありません。

しかし、熱波や豪雨などの気象災害の頻度や強さが増加していることは観測事実であり、その原因が人類が引き起こした気候変動であるという科学的知見が積み重ねられてきました(逆に、人類が引き起こしていないという科学的知見は、査読論文による積み重ねがありません)。例えば、現在の若年層のほとんどは、日本の夏は猛暑日(日最高気温が35度以上)になるのが当たり前と思っているようなのですが、50年以上前までは、猛暑日は1年間に数えるほどしかなかったのが事実です(「日本の気候変動2020」より)。また、集中豪雨が増加しているのも事実です。人命や家などの財産を脅かす気象災害は、誰もが減少させたいところです。猛暑や豪雨が少ない方が、間違いなく快適に暮らせます。

パリ協定の努力目標の達成はすでに厳しそう

気温上昇を1.5度に抑えるという「パリ協定」の野心的な方の目標の達成はすでに難しそうだということが、IPCC第6次評価報告書で示されています。今後、気候変動の緩和策を非常に強力に行う場合から、あまり行わない場合まで、5つのパターンを想定した将来予測を科学的に実施したところ、いずれのパターンでも、2021〜2040年の間に、気温上昇は1.5度以上になる可能性が高いという研究結果です。10〜20年後の気候変動は、すでに排出されてしまった温室効果ガスの量でほぼ決まってしまっているので、仕方がありません。今回の報告書に関するIPCCの記者発表でも述べられていましたが、約30年前から、気候変動の専門家は科学的知見に基づいて警鐘を鳴らしてきましたが、社会の大半がそれを認識することなく過ぎてしまい、対策がどんどん遅れてしまいました。

20年後以降の状況は今からの対策で大きな差

しかし、これ以上対策を遅らせるよりも、今すぐに強力な気候変動緩和策を進めれば、20年後以降には大きな違いが出てくることも、今回の報告書で示されています。5つの将来予測のパターンのうち、最も対策を行う場合には1.6度の気温上昇で抑えられて、対策が緩いと4.4度も昇温すると科学的に予測されています。例えば、「日本の気候変動2020」には、全国平均の猛暑日の日数が、4度昇温のパターンになってしまうと、100年間で約16倍にもなってしまうことが予測されている一方、2度昇温で抑えられると約3倍にとどまることが示されています。この数値を見ると、選択の余地はないですよね。

厳しい将来にしないために、企業や国・自治体は一層強力な対応をすぐに実施することが重要なのは当然ですが、1人1人の生活でもできることはあります。例えば、暮らしの中で長期的に使うもの(住宅・自動車・家電など)は、価格やデザインだけで選択するのではなく、エネルギー効率が良いものを選択することです。購入時の価格だけを考えるのではなく、購入後のランニングコストを含めた合計のコストで考えれば選択しやすくなりますし、その結果、猛暑日が16倍になることも避けることができます。

九州大学応用力学研究所 主幹教授

1974年生まれ。2001年に東京大学大学院理学系研究科博士課程修了。博士(理学)。九州大学応用力学研究所助手・准教授を経て、2014年から同研究所教授。専門は大気中の微粒子(エアロゾル)により引き起こされる気候変動・大気汚染を計算する気候モデルの開発。国連気候変動に関する政府間パネル(IPCC)第5次評価報告書主執筆者。自ら開発したシステムSPRINTARSによりPM2.5・黄砂予測を運用。世界で影響力のある科学者を選出するHighly Cited Researcher(高被引用論文著者)に7年連続選出。2018年度日本学士院学術奨励賞など受賞多数。気象予報士。

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